特別料理
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特別料理
私の趣味は食べることである。自分で料理するのも悪くないが、やはりレストランで食べるのが良い。
人が一生に食べられる食事の回数は限られる。一日三回、一週間で二十一回、一ヶ月で九十回程度。貴重な食事を下らない店で使う気にはなれない。もっとも、行きつけの店に通っていればそう失敗することはないのだが。
さりとて、同じ店をローテーションするだけでは芸が無い。そんなときに頼りにするのが口コミサイトだ。一人の口コミでは偏りがあっても、それが幾千も集まれば平均化される。その店に気がついたのも、口コミサイトでのことだった。
ある晩のことである。新規開拓を志し、口コミサイトを見ていたところ、とあるレストランが目についた。その名も「アミルスタン」。ほう、なかなか面白い名前じゃないか、と思い口コミを見てみると、
「こんな美味しい料理は食べたことがない!」
「羊料理が最高!」
などと書かれている。「アミルスタン」の羊料理、これはあざとい。一方で微妙な評価の口コミもあったが、それを含めてもとても面白そうではないか。これは行ってみるしかない。
「アミルスタン」は自宅から電車に乗ってしばらく行ったところにあった。日々通うには少々遠い距離である。店構えはごく普通で、「アミルスタン」と書かれた看板が掛けられている。半地下ではないのか……、と少々がっかりしつつ入店した。
「いらっしゃいませ。 お一人様ですか?」
広いとは言えない店内を、二人掛けのテーブル席へ案内された。他の席には女性客や大声で会話している集団がいる。「アミルスタン」という名前に惹き寄せられて来たものの、これでは普通のレストランと変わらないではないか! 模倣への期待をしすぎたかな、と思う。
がっかりだ、遠いしもう来ることはないだろう……。意気消沈してメニューを見ようとするも、見つからない。メニューがないのだが、と店員に声を掛けると、
「当店ではシェフの気まぐれコース料理しか提供していないのですよ」
と言われた。壁に「コース \3,500」と掲示されている。ディナーのコースで三千五百円なら割安だが、食べたいものを選べないのであれば微妙な評価があるのも当然である。
前菜やスープの後に運ばれてきたメインディッシュは、ビーフだった。美味い。美味いのだが、これではない。私は口コミにあった羊料理を食べに来たのである。やはり「特別料理」があるのだろうか。考えてもわかるものではないので、店員を呼んで聞いてみると、
「ええ、『特別料理』と呼ばれるメニューはありますよ」
と言うではないか。
「それは……、羊料理、それもラムだったりする?」
「はい。……よくご存じですね。少々お待ち下さい」
店員はそういうと裏へ引っ込んだ。少しして、コックコートを着た男を連れてくる。
「貴殿が羊料理を所望する方ですかな?」
コックコートの男が言った。
「ええ、そうです。……失礼ですが、貴方は?」
「こちらは当店のオーナーになります」
脇に立つ店員が言う。それを聞いて私は慌てて姿勢を正した。美味しい料理を作れる人には敬意を払わねばならない。
「これは失礼しました」
「いえ、結構。ご所望の羊料理ですな、これは当店でも特に人気のあるメニューですが、何分特殊な羊を使っているもので、なかなか提供できないというのが実情。当店で使っている羊は店名にもあるとおりアミルスタン羊といって、原産地はロシアとアフガニスタンの間にある平原であり、近年は国際情勢の都合からどうしても入荷が困難なのです」
オーナーの説明が終わる。ほう、アミルスタン羊……。「アミルスタン」という店名と羊料理の組み合わせであれば、胡乱というだけで済むが、それをセットにされるとなかなか見過ごせない。いやしかし、こんなオープンな店で「アミルスタン羊」なぞ出せるものなのだろうか。それとも本当にアミルスタンの羊がいるのだろうか。
「なるほど。それは大変興味深い話です。ますます食べてみたくなりました」
ひとまず無難に返した。変なことを言って、藪をつついて蛇を出すような真似をしたくはない。
「そうでしょうそうでしょう。しかし貴殿は運が良い。ここだけの話、実は三日後に特別料理を出す予定なのです」
「ほう……」
心が揺れ動かされる。評判の良い羊料理を食べてみたい。しかし、本当にアミルスタン羊であれば……。
逡巡したが、好奇心には勝てなかった。
「それはそれは。是非ともまた来なくてはなりません」
「ええ。お待ちしております」
三日後。私は再度「アミルスタン」を訪れた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
前回とは異なる店員に、テーブル席へ案内される。
「本日は特別料理になります」
店員の言葉に期待が高まる。
「こちらはウミガメのスープになります」
前菜に続いて出されたスープにはウミガメの肉が入っていた。ウミガメを食べるのは初めてである。こんな味がするのか、と思いながら完食した。
そしてメインディッシュはラム。アミルスタン羊である。さっそくナイフを入れ、口に運んだ。
「おお……」
思わず口から声が漏れ出てしまう。自分の魂を覗き込んだかのような味であった。あと、先ほど食べたウミガメと少し似ている気もする……。とにかく、口コミどおりの美味だった。
「ご満足いただけましたかな?」
オーナーが奥から現れて言った。
「ええ。とても。こんなに美味しい羊料理は初めて食べましたよ」
「それは何より。また機会がありましたら厨房なんかもご覧になりますかな?」
なかなか興味深いお誘いである。
「そうですね……。機会があれば是非」
そろそろ帰ろうかと席を立つ。
「そうですな。それでは、またのお越しを」
私は店を出た。果たして私が食べたのは「ロシアとアフガニスタンの間にある平原に住む羊」だったのか、それとも……。
特別料理 19 @Karium
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