ホラーの住人になりまして

条地 江芽郎

第1話 恐怖!異世界への旅!

 「やったぞ!ついに俺はホラーの住人になれたんだ!!」


 相田靖男は天に両手を突き上げて、大きな声で叫んだ。ただ、ひたすら続く平野の真っ只中で。

 なんでこんな事になったのか、話は二時間ほど前にさかのぼる。


 相田靖男は工場勤めの29歳、家庭環境が良くなかったため辛い幼少期と青年期ではあったが、ホラー映画に出会い心救われ、それ以来のホラー映画ファンであった。

 その日は夜勤明けで、松屋で朝定食のソーセージエッグW定食を食べ(靖男の好きな食べ方は米の入った丼に目玉焼き、ソーセージ、野菜、牛小鉢などすべてをぶち込んで食べるスタイルで、靖男はそれを松屋のロコモコ丼と呼んでいた)、すっかり満腹になったのだが帰り路で急激な眠気に襲われ、自転車がふらついた所で記憶が途切れたのだった。

 

 「相田靖男君、29歳ね」


 「ああ、はい」


 靖男はぼんやりしたまま返事をした。医者かな?これは事故を起こしてしまったのか?と靖男は思った。


 「私は医者ではないよ靖男君、事故を起こしたのはあっているけどね」


 では、いったいここはどこなんだろう?まったく予想がつかないぞ、と靖男は思った。


 「予想がつかなくて当然だよ靖男君。ここは死後の場所なのだから」


 「え?私は死んだんですか?」


 ここに来て口に出していない事にも相手が答えてくれていた事実に気づくが、それを凌駕する事実に思わず声に出してしまう靖男。


 「そうだよ。しかし靖男君には謝罪しないといけない事があるんだよ」

 

 靖男は先ほどから自分に話しかけてくれている人を認識しようと目を凝らすのだが、どういう訳かその人の姿は白くぼやけてしまい焦点を結ばない。

 

 「ああ、私をはっきりと認識しようとしてはいけないよ、次の身体に支障が出てしまうからね」



 「次の身体ですか?」


 「そう、次の身体。順番に話をしようか、まずは謝罪からだね。ごめんね靖男君」


 「え?なにがですか?僕を轢いたのはあなたなんですか?」


 靖男は彼が自分をはねた車の運転手で、自分は頭でも強く打ったもんだから、こんなにも実感のないぼやけた感覚なのだろうとひとり納得をした。


 「早合点してはいけないよ靖男君。先ほども伝えたが君は死んでここは死後の場所なのだよ、そして私は、そうだね、人言う所の神のような存在だよ」


 「神ですか?」


 靖男は少し嫌な気持ちになった。


 「いやいや、神みたいなモノだよ。それに、君の親が信じているものは神みたいなものですらない、そうだね、靖男君の好きな映画のキャラクターなどと変わらないものだよ。おっと話が横道にそれたね、それで、謝罪した理由なんだけどね」


 自称、神のような存在が靖男に言った内容、それは、靖男の運のバランスを間違えてしまったという事だった。


 「いやね、ホントに申し訳ないんだけどね。全ての人には基本的に釣り合いの取れるように運を与えてるんだよ。まあ、ほとんどの人はそれをつかもうとしなかったり、間違ったものをつかもうとしたりで擦り減っていくんだけれども、靖男君に関しては目が届かなかったのかな、親も友人も恋人も学問も仕事も全てハズレになってしまっていたんだよ。言い訳に聞こえてしまうかもしれないが、これがもっと極端なハズレなら目が届いたんだよ、それが、こう言ってはなんだけど、地味にハズレ続きというね。靖男君も靖男君で早いうちに人生ってのはこんなもので多くの人はもっと苦労してるんだって悟ってしまったでしょう?もう、そう悟られてしまうと運とか不運とか感じなくなってしまうからね、それで結局、死ななくても良い時期にこうして死んでしまったわけでね。それで、まずは謝罪を」


 「いや、謝罪なんて大丈夫です。世の中、もっと悲惨な人はいますから」


 「それなんだよねえ靖男君、君のそう言う所ね。今どき珍しいよ?もっとみんな人を妬んで恨んで自分を正当化するもんだよ?まあ、君のそう言う所に我々みたいな存在は心を動かされるんだけどね。そこで、これからが本題ですよ相田靖男君」


 「本題と申しますと?」


 「君にはこれから別次元に移ってもらい第二の人生を全うして貰います」


 「別次元ですか?」


 「うん、別次元でもパラレルワールドでも異世界でも、好きな呼び方をしてもらって構わないよ。剣と魔法の世界だよ、みんな好きでしょ?」

 

 「確かに大変流行ってましたし、私も好きですが」


 靖男は思った、お話として読む分には楽しいが、いざ自分が生活するとなったら厳しいんじゃないか、と。自分は、腕っぷしも強くないし頭が切れるわけでもない、そんな自分に何ができるのだろうか?すぐに魔物に襲われて死んでしまうのではないか?同じ死ぬのでも食べられて死ぬってのは、かなり嫌だなあ、と。


 「うんうん、靖男君の気持ちは良くわかるよ、そこでひとつプレゼントだ。君の望む能力を授けようってやつだ、好きでしょみんなこういうの」


 「私の望む能力ですか」


 「そうだよ、本当に心から望む能力ね。本当に心から望んでみなさい。そうしたら私がそれを君に授けて、第二の人生へ送り出そうではないか。そうそう、第二の人生と言っても赤子からって訳にはいかないよ?君は君のまま29歳の相田靖男として旅立ってもらいますから」


 そうして話は冒頭に戻る。

 

 「こんな事があるだなんてなあ、生きてて良かったよ」


 相田靖男は清々しい気持ちでそう言うが、実際は一回死んでいるのだった。

 彼が心から望んだ事、それは彼が心から愛したホラー映画のキャラクターを呼び出せる事だった。呼び出されたキャラクターはそのストーリー内での能力をそのまま発揮し、更には靖男の指示に従うと言う事だった。

 靖男は満たされた気持ちになった。今までに味わった事のない気持ちだった。自分にはそれができるという、確固たる自信もあった。

 

 「とりあえずやっぱり、試してみたくなっちゃうよなー。でも、ただ何もない所で出すのもなあ、是非、なにか悪者と戦って、その雄姿を見せて頂きたい!!」


 靖男は嬉しい気持ちがあふれ出し弾むようにそう言った。

 しかし、そんなに物事は上手く運ぶ事も無く、周囲には変わらぬ風景、見渡す限りの平原があるのみだった。

 靖男はぐるっと回って周囲を見渡すが360度すべてが見渡す限りの平原という景色。


 「うーん、このままここにいても、なにも起きなさそうだな。まずは移動だな。しかし、歩いて行くんじゃ厳しそうだな」


 靖男は見渡すばかりの平原を見て独り言ちた。

 

 「こんな時こそ彼らの出番!!我が愛しきホラー映画の住人よ!私もそこの住人になりましたよ!」


 靖男は神らしき存在に教わったように意識を集中して見ると、視界の隅に画面のようなものが発生する。

 そこには検索と書かれた文字が浮かび上がっているので、靖男は検索したい言葉を発する。


 「ジーパーズ・クリーパーズ!」


 ヒット検索結果ありの文字が浮かぶ。


 「よろしくお願いしまーっす!!」


 神らしき存在の説明では言葉に出さなくても良いのだが、やはり浮かれていたのだろう、靖男は意気揚々と言葉にした。すると、靖男の目の前に黒いトレンチコートに黒帽子、身の丈2メートルはあろうかという大男が現れた。それは、ただの大男ではない、真っ黒く不気味な光沢を放つ肌、ランランと光る大きな目、大きく裂けた口には獰猛な牙が並び、まるで悪魔のような風貌であった。

 

 「おおお!おおおおお!なんと素晴らしいっ!!よくぞ、よくぞ来て下さった!!」


 靖男は目の前に現れた恐ろしい風貌の怪人に詰め寄り、手を取って感謝の言葉を発した。

 この恐ろしい怪人こそが、映画ジーパーズ・クリーパーズに登場する怪物クリーパーその人である。

 クリーパーは手を持ち感謝する靖男に、恐れ多いとばかりに恐縮し後ろずさった。

 

 「いやいやクリーパーさん!そんな恐縮なさらずに!会いたかった!本当に!」


 感激のあまり熱烈なラブコールを送る靖男だった。

 神らしき存在の説明では、呼び出したキャラクターは靖男の指示に従い、キャラによっては意思の疎通が取れるし、そうでなくても、キャラの感情は読み取れるようになっているのだと言う。


 「いや、クリーパーさん、すいません。感激のあまりつい。実はお願いがありまして」

 

 これも、呼び出したキャラとの意思疎通に言葉は必要なく心に思うだけで良い、と説明を受けたのだが、やはり靖男は浮かれていたのだった。

 靖男は怪人クリーパーにお願いした。一緒に空を飛んで欲しいと。怪人クリーパーはお安い御用と頷くと背中から大きな翼を生やした。鳥のような翼ではない、蝙蝠の羽のような形状の翼だ。

 怪人クリーパーは靖男の心に、トラックもご用意できますが飛ぶという事でよろしいですね?と問いかけた。


 「うわぁー、あのトラックも心惹かれるけど、ここはせっかくなので空の移動でお願いします!」


 靖男がお願いすると怪人クリーパーは頷きフワッと舞い上がった。ほとんど翼は動いておらず、地上三メートルほどの高さで浮かんでいるのは、やはり悪魔じみた動きだった。

 宙に浮いた怪人クリーパーの両足のズボンの裾から繋がった鎖が出てきて靖男の前に垂れ下がる。

 

 「これに乗れというのだね、ありがとうクリーパーさん」


 靖男は怪人クリーパーの心遣いに感動する。

 そうして、靖男はカラスで空を移動する鬼太郎のように空を飛ぶのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る