「お客さん……あまり可愛くないヌイグルミいかがっスか?」ヌイグルミ魔法師

楠本恵士

第1章・モフモフの【ヌクヌク島】

第1話・「あっしは誰の挑戦でも受けるっス……なまらパネェ」

──異界漁師の噂話──

「あの島にだけは近づくな、生きて帰ってこれねぇ……魔女が住むモフモフの『ヌクヌク島』だけには近づくな」


 異界大陸国レザリムスの大海に浮かぶ島『ヌクヌク島』近海の岬漁港。

 西方地域の影響が強い、漁港の漁師たちは水揚げされた魚介類を眺めて渋い顔をしていた。

 木箱の中でピチピチ跳ねている、魚介類は海水を吸ったヌイグルミだった。

 漁師の一人が言った。

「あの島に居座っている魔法師女のせいで、普通の漁ができねぇ」

「この辺りの海の魚介は、ヌイグルミだ」

「これじゃあ、捕った魚は海に捨てるしかねぇ」


 空腹に耐えかねた若い漁師が、一匹のヌイグルミ魚をつかんで噛みついた。

 ヌイグルミの頭を喰い千切って、ムシャムシャ食べている男に仲間が忠告する。

「おまえ、腹こわすぞ!」

 コットンが飛び出ているヌイグルミを、食べながら男が呟いた。


「うまい……魚肉の味がして甘い……おまえたち、食べてみろ」

「本当か?」

「食べても大丈夫なのか?」

 漁師たちは恐る恐る、ヌイグルミを口にして驚愕した。

「おっ! 結構、カニのヌイグルミいけるな……ちゃんと甘いカニの味がコットンに染み付いている」

「貝類も普通に美味いぞ、巻き貝は中のコットンをほじくり出して……と」

「これは、ヌイグルミも煮込めば、美味しい名物料理になるな……新発見だ」

 ヌイグルミを食べながら漁師の男たちは、離れた海上の波間に見え隠れしている、モフモフの【ヌクヌク島】を眺めた。


【ヌクヌク島】の砂浜は、ヌイグルミ生地だった。コットンが詰まったコットン浜と、ビーズが詰まった柔らかいビーズ浜が混在している。

 ヌクヌク島はヌイグルミの島だった──そんな島の、フェルトの波が押し寄せる浜を、手提げカゴを持って歩く人物の姿があった。


 尖った魔女帽子。

 ヘソ出しルックで、丈が短いフリルスカート。

 グラディーターロングブーツを履いた少女だった。


 片方の人差し指に、猛禽類もうきんるいの爪を連想させる、鋭い金属キャップみたいな指甲套しこうとうがハメられている。


指甲套しこうとう』──中国清朝時代の後宮で、皇后などが指にハメていたアレ。


 さらに、少女の片目はボタンで、髪の一部が毛糸の髪になっていた。

 奇妙な容姿の少女は、浜にうち上げられたヌイグルミの魚を次々とカゴに放り込んでいく。

「大漁っス、昨夜のリアルな嵐で沈んだ、リアル難破船の残骸も流れついているっスね」

 カゴいっぱいになるほど、ヌイグルミの魚介を拾い集めた少女は、ビーズの浜にうち上げられていた物体を目にする。

 

「なまらパネェ……漂流者っスか?」

 浜にはリアルな船の漂流物と一緒に、うつ伏せで倒れる少年の姿があった。

 少年は、下半身にパンツ一枚しか穿いていなかった。

「面倒っスね……水死体だったら、海の方に押して外海に流すっス」

 とんがり帽子をかぶった少女は、少し大きな魚のヌイグルミで浜に横たわる少年を叩く。

 少年の口から呻き声の反応がある。


「う、うぅ~ん」

「生きているっスか、しかたがないっスね……放っておくわけにもいかないから、家まで引きずって運んでいくっス……なまらパネェ」

 少女は、意識を失ったままの漂流者の少年を、ズルズルと引っ張って家に持ち帰った。

 ヌイグルミの柔らかい道に、引きずられて脱げた少年のパンツが残っていた。


 ちなみに少女が頻繁頻繁ひんぱんに口にする『なまらパネェ』という言葉は、少女の口癖で。

なまらすごく パネェハンパない」という意味らしい。

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