第6話 『2人きり』
「おはようございます~」
職場に顔を出した私を見つけ、天野さんが笑顔になる。
「春日野さん、おはよう。今日もよろしくね」
「はいの
私も笑顔で返す。
私の職場での評価は上々だった。
常に笑顔で気が利き、覚えも早い上に美人。
完璧だ。私は完璧な女なのだ。
職場の消毒の臭いを肺いっぱいに満たす。
あぁ、素晴らしい。
その時、背後から声が聞こえた。
「・・・・まーす・・・」
――――!!!!!!!!!!!!
この声は―――!!!!
振り返ると嫌味な目をした倉岡がそこに立っていた。
相変わらずもさもさの髪に、だらになく着た制服、いけ好かない丸メガネを掛けている。
挨拶をされたからには常識人として挨拶を返さなければ・・・・!!!!!
「お、おはよう・・・・・ご・・・ざいます」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!
学校で会った分職場でなんて対応したらいいか分かんねえええええええ!!!!!
敬語でいいのかタメでいいのかすら分からん!!!!!!!!!
そんな私の心境を倉岡は知る由もなく、私の脇をのそのそと通り過ぎていく。
コイツ、学校やプライベートではあんなにハキハキと毒舌なのにここではどうしちゃうのよ!!!!!!?????
ムカつく野郎ね!!!!!!!仕事くらいしゃきっとしなさいよ!!!!!!
私の気持ちは困惑から怒りへと推移していく。
私は倉岡を追い抜き、天野さんに笑顔で話しかける。
「今日はいつもの患者さんのオムツを見ればいいですか?」
倉岡とは違う。私は仕事が出来るんだから。
毒舌が利いたって隠れイケメンだって仕事が出来なきゃ社会のゴミなのよ。
「そうね。あっ、そうだ、春日野さんも仕事に慣れて来たみたいだし、そろそろ重症患者さんのところもみてもらおうかしら。倉岡くん?」
天野さんが私の後ろにいる倉岡を呼ぶ。
勤務を始めて早2週間。
基本的な仕事は軽傷患者さんのナースコールに応えたり、オムツを替えたりと簡単な仕事を任されていた。
そろそろ責任の伴う仕事を任されてもおかしくないなとは思っていたが、予想より早かった。
私は横目に倉岡を見る。
ま、コイツが仕事できないから早く即戦力が欲しいんでしょうね。
私は深いため息を吐いた。
私が居ないと、この病院も回らないのね。
倉岡が私の一歩前に出ると、天野さんが新たな仕事を倉岡に告げた。
「倉岡くん、今日は春日野さんに仕事教えてくれない?」
「んん?????」
私は天野さんを二度見した。
「ほら、倉岡くんも1年働いてる訳だし、そろそろ後輩たちに仕事を教える立場になっても良いと思うの。春日野さんも歳が近い方が話やすいでしょうし――」
「ま、待ってください!」
天野さんの言葉を遮る。
「私、天野さんに教えてもらう方が分かりやすくて的確なので、このまま天野さんに仕事は教えてもらいたいなぁって思っているんですけど・・・・」
倉岡に仕事を教えてもらうだなんて私のプライドが許さない。
ましてや倉岡がまた何を仕掛けてくるか分からない。
出会った初日を思い出す。
壁に押し付けられ、顔を近づけられた。
『おめぇみたいなデブスと口なんかきく訳ねぇだろ』
ううっ//////////////////////////////////////
思い出してしまった私は恥ずかしさで顔が熱くなってしまった。
あんな目に遭うのはもうまっぴらごめんよ!
天野さんは困った顔をする。
「でもねえ。倉岡くんにももう少し成長してほしいのよねえ。ごめんなさい春日野さん、2人の為だと思って、頑張って☆」
最後にウインクを付ける天野さん。
50代のウインクはキツイってええ・・・・・
「倉岡くんも、大丈夫?」
「・・・・・はい・・・・」
相変わらずぼそぼそとしか喋らない倉岡。
コイツ今どんな顔して・・・・―――
死
倉岡の長い前髪の隙間から覗く目は、まさしく死んだ魚の目をしていた。
なんならオーラも出ている。
言葉からは感じられなかったが、明らかに『嫌です』というオーラを全身から醸し出していた。
お前も嫌なんかい!!!!!!!!!!!
私は盛大に心の底からツッコむが、天野さんには届かない。
相変わらずニコニコと倉岡に「お願いね」と言って笑顔を見せている。
あぁ、この人は鈍感なのだ・・・・
私は頭を抱えた。
「さ、さっそく今日は2人で重症患者さんみてもらってもいい?春日野さんは分からない事があったら倉岡くんに聞くのよ。それでも分からなかったら私に声を掛けてね。じゃ、あっちよ」
天野さんが渡り廊下を指さす。
倉岡は天野さんに無言で頷くと、こちらには見向きもせず渡り廊下へと歩いていく。
相変わらずコイツ愛想がないな!!!!!!!!!!!!
今にも口から飛び出してきそうな不満を押し殺し、倉岡の背に着いていった。
その時から私には嫌な予感がしていたのだ・・・・・・
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