第5話 『ちょっとずつ』

「どうして誰もいないのよ・・・」


真っ白い大きい机の真ん中に、冷えて固くなった定食がポツンと取り残されている。

立つ鳥跡を濁さず。

私の周りに居たはずのさやかやうらら、美里に明日香の席は、まるで最初から誰も座っていなかったかのように綺麗にされていた。


「・・・・・何よ・・・・先に行くんだったら置手紙置くなり連絡するなりしなさいよ・・・・・全く非常識な人たち・・・・・!――あぁ、きっとそういう脳がないのね。後で私が教えてあげなくちゃ」


私は一人で納得すると、一人きりの席に座りなおした。


豚の生姜焼きを箸でつまみ、口に運ぶ。


あーーーあ。まっずい。

倉岡のせいで冷えちゃってるじゃない。あーーーあ、最悪、ほんと最悪。


生姜焼きもチキン南蛮も白ご飯も、冷えているせいか全く喉を通らなかった。

そう、冷えて不味いせいよ。


しかし何だか目が熱い。ご飯が喉を通らないだけじゃない。

また私泣こうとしてるの??


私は箸を置いた。馬鹿馬鹿しい。私ってこんな涙もろい女じゃないのに。


その時、正面から倉岡が歩いて食堂に入って来るのが目に留まった。


まずい!!!!

こいつにだけは一人で居るところを見られたくない!!!!!


私は慌てて定食2つを抱え、席を立ちあがる。


私に気付いた倉岡が、睨みを利かせながらこちらを見てくる。

倉岡の目は私の両手に載せられた定食と、何と私が座っていた後ろの席もちらちらと見ている・・・・・!!


ば、バレてる?!?!

私が友達に取り残されて一人寂しくご飯を食べていた事に気付かれてしまってる?!


いや、勘付かれる前に先手だ!!!


私は胸を張り、堂々と倉岡へ近づいた。

倉岡は立ち止まり、私のことを上から下までまじまじと眺めだした。

何か企んでいるのに気付かれているかもしれない。


「な、なによ倉岡。私に見惚れちゃって。さては、こういう大きい胸がタイプ??この変態!」


敢えて喧嘩を売り、視野を狭くさせる作戦!!!!!!


倉岡は私の顔をジー―――ッと見て目を離さない。


「お前、あいつら友達じゃなかったのかよ」


ガビ―――――――――――――――――――――ン


ば、ばれてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ(泣)


ショックを受ける私を見て、倉岡が悪魔の笑みを浮かべる。

コイツ、性格終わってんなぁ!


何とも不気味な笑顔を顔面に貼り付けて、倉岡は更に追い打ちを掛けてくる。


「あっれれえ~。春日野さあ~ん、あなた、一人ぼっちで飯食う奴は可哀想とかなんとか言ってませんでしたっけぇ~???これじゃあなたも、『同類』じゃないんですかぁ~???僕が友達になってあげましょうかぁぁぁぁ?」


耳から火か出そうなほどの怒りが込み上げてくる。


コイツ・・・!つい30分前に人を泣かせておいてなんてメンタルしてんだ?!


「け、結構です。さやかたちは早めに行って講義の準備してるだけだから。私が先に行っててって言ったの、そう、あの子たち、成績悪いから私が鼓舞してるの」


めっっっっっっっちゃ嘘ついちゃったぁぁぁぁぁぁ・・・・!!

つい頭に来てつよがっちゃったぁぁぁぁぁ!

どうしよう!!今めっちゃダサい!!めっちゃダサいぞ、私!!!


冷や汗がダラダラと垂れる。


倉岡がまじまじと私の様子を伺う。


負けじと私も倉岡の目を睨み返す。


ジ―――――――――――――ッ

ジ―――――――――――――ッ

ジ―――――――――――――――――ッ

ジ―――――――――――――――――ッ

ジ――――――――—————————―――――――――ッ


「も、もういいわよ!!!!!!そうよ!私はあの人たちに置いて行かれたわよ!!だから何?!ほっといてくれる?!あんたのその目、嫌いなのよ!!そのきったないメガネ越しにそんなに見ないでくれる???ほら、そこどいて!これ捨てに行くんだから!」


先に折れたのは私だった。


倉岡に見られると全て見透かされているようで落ち着かない。

もうコイツにバレてもいい。

どうせ倉岡はボッチなのだ。そもそも『春日野がボッチになってたwwww』と噂をするような友達は居なさそうだし。


「お前、それ食わないのかよ」


倉岡が私の両手に載せられた食べ掛けの定食を指さす。


「え?あ、あぁ。もう捨てるつもりだけど・・・・」

「いつもそんなことしてんのか?」


倉岡が冷たく鋭い視線でこちらを睨む。


私は言葉に詰まり、固まってしまった。


今回はいつもの倉岡とは違う。これは――――怒っている・・・・!!


「そ、そんなことしないのよ、いつもは!!そう、何なら食べるの大好きだし、この豚生姜定食だってショウガがよく効いててタレもご飯と相性バッチリだったし、チキン南蛮だって衣に味が良く滲み込んでててタルタルソースも味凝ってたし・・・・・・ただ今日は何故か喉通らなくて・・・・」


言葉が尻すぼみになっていく。

こんな言い訳したところで食材を大量に捨てるのに変わりはないのだ。


「じゃあそれ、寄越せよ」

「え?」

「捨てるの勿体ないだろ。俺がそれ食うから」

「えっ、で、でもこんな、私が食べかけたヤツだけど?」

「人が食い残したもん食ったら死ぬのかよ」


倉岡は私の手から半分奪うように定食を取り上げると、はっと気付いたように私を見た。


「あ、もしかしてお前が嫌だったか?」


純粋な顔で聞いてくる。

いつもの嫌味な顔ではなく、屈託なく、私が嫌じゃないか、気にしている。


倉岡に気遣われたのは今回が初めてではないか・・・??


「い、いや、全然。むしろ食べてもらっていいの?」

「本当だったら出来立てのご飯がいいけどな」


倉岡は元の少し嫌な顔に戻った。


「お前、食べるの好きなんだろ?食べるのが好きな奴に、好きで食べ物を粗末にする奴なんていねえだろ。俺、次休講だからお前は早く授業に行ってろ。もう3分しかねえぞ」


倉岡に言われ、慌てて時計を見る。


「わ、本当だ!!!私行かなきゃ!!!倉岡、ありがとう!!!」


自分の言葉にハッと息を吞んだ。


今私、倉岡に『ありがとう』って言った??


途端に顔が赤くなっていく。


しかし私だけじゃない。


倉岡も不意を突かれたのか、顔を少し赤らめている。


「お、おう・・・・」


ズッキュ―――――――ンッ♡!


私のハートが何かに貫かれた。


わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、そんな顔しないでえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!

ちょっとかわいいと思っちゃったじゃないいいいいいいいい!!!


「い、いいから早く行けよ」

「う、うん!!!」


私は倉岡の言葉に、逃げるように駆けだした。


「あっ、それと――」


倉岡が私を呼び止める。―――が、振り向けない・・・・・。

だって、今、私、顔真っ赤なんだもん・・・・。


「俺、巨乳より貧乳の方がタイプなんだからちょっとは痩せろよな」


食堂に残ったわずかな生徒たちがざわつく。

なんだよコイツ。そんなに堂々と・・・・。


しかし私は思わず笑顔になっていた。

倉岡の嫌味のはずなのに。冗談だと分かっているからだろうか。


私は振り向いた。


「そんなの言われなくてもするわよ!さっさと失せなさい、この底辺陰キャ!」

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