ブラジャーがブカブカになるほどの恋~デブスの私が、好きな人に色々サレちゃう話~
井伊琴 乃(いいことない)
第1話 『恋に落ちる音』
「どうしてここを選んだんですか?」
面接官が問いかける。
面接官と言っても看護服を着た看護師だ。
看護師が、テーブル越しに2人並んで私が言葉を発するのを待っている。
「はいっ。私は現在看護学校に通う看護学生1年です。将来看護師として働く時に、いい経験になると思いアルバイトを――」
それっぽいことをダラダラと続ける。
私だってこんな薄汚い病院でバイトなんて嫌だったわよ。
でも家から近いし、ちょっと給料が良いから受けただけ。それ以上の理由なんてない。
カフェのバイトもしていたが、周りが無能すぎて話にならずに辞めた。
ミスしてた先輩を叱ったら何故か私が叱られた。意味が分からない。
ミスした奴は怒られて当然でしょ。
先輩後輩関係ないし。
そのまま人間関係がダルくなって辞めた。
それでこんなしょーもない病院の面接を受けているに至る。
私が質問に答え終わると、看護師2人は話し合い始めた。
「いいわよね?今人手足りてないし」
「あそこの病棟よね」
ほら、もう合格の流れ。
いいわね、この人達、ちゃんと見る目があるわ。
私がバイトの面接で落ちるわけないじゃない。
そこら辺のキョドっちゃう陰キャ達と一緒にしないで欲しいわ。
「春日野さん、バイトいつから出れる?」
「はいっ、いつからでも出れます」
私は最大限にこやかに答える。
第一印象が大事なのよ、こういうのは。
「じゃあ良かったら今日出れない?」
「はい、大丈夫です」
「よかったあ、助かるわ」
看護師が安堵の表情を浮かべた。
はい、もう+10ポイント。
出だしは好調。
すると、その隣の看護師がちゃちゃを入れて来た。
「春日野さん、力持ちそうよね」
私の笑顔が引きつった。
は、なにコイツ。
遠回しに私に「デブ」って言ってるよね?は?初対面なんだが。
確かに90kgあるよ??服着たら100行くかも知れないけど、でも90kg台よ?
まだセーフでしょ。
私が優しいからって調子にノリすぎ。
しかし私は優秀だ。
こんなので怒りは表に出さない。
「ははは。いや〜どうでしょう〜。意外とか弱いかもです〜」
笑顔で答える。なめんなよ。
すると看護師が少し驚いた表情になる。
「でもこのバイト、力仕事よ?」
え??
看護師の手伝いって言ったら注射とか診断とか点滴とか、そういうのするんだよね??
看護師が書類をめくって確認する。
「入院してる患者さんたちの介護」
私の記憶はそこで途切れた。
✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱
「宜しくお願いします〜」
結局、私は夕方またこの病院を訪れた。
もう辞めたいのだが。
しかし初日でバックれるのは不名誉。さすがに辞めるとしても数日は働かなければ。
「はい、宜しくね」
一緒に働く看護師、「天野さん」が優しく返事をしてくれる。
ちょっと歳はいっちゃってるが、その分か優しさが目尻のシワから伺える。
一方その隣の人間は――
メガネに伸びきったモサモサの髪。
伏せ目がちで猫背で汚れ防止のために付けているエプロンも破れているのに気付いていない。
そんな男が突っ立っていた。
なんだ、このザ・陰キャ。
「、、、、す 、、、」
「はい??」
その男が何か呟いたが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「、、、、、します、、、」
コイツ、もしかして「お願いします」って言ってる??
声ちっせえええええええ!!!
男なら腹から声出せよ!!
私は笑顔を保ったまま天野さんに耳打ちする。
「あの男性、名前なんて言うんですか」
天野さんは色々察したように、私に耳打ちを返す。
「あの子は倉岡くん。物静かだし仕事も遅いけど、優しい人なの」
いや優しいとかどうでもいいーーー!!
陰キャに優しくされても何も嬉しくねぇぇぇぇ!!!!
私は倉岡という男に会釈すると、患者の介護に取り掛かった。
するのは寝たきりの患者の下の世話。
ざっと50人は超えるらしい。
これを3人で1時間半以内に終わらせなければならない。
「はぁ、もう辞めたい。」
私は時計を眺めながら呟いた。
✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱
「ふぅ〜〜」
着替え終わり、大きなため息が出た。
結局あの陰キャ、ただの陰キャではなかった。
言ってることは分からない上にテンパってばかりで仕事もミスばかりする低脳陰キャだった。
ベテラン天野さんのお陰で何とか時間内に仕事は終わったものの、新人の私ですらアイツとは二度と働きたくないと思った。
「マジでダルすぎ。もう次のシフト入れないで貰おうなぁ」
更衣室のドアを開ける。
「――――――――・・・!!」
そこには――――
鼻筋の通った顔。瞳は色素が薄く、茶色。
髪はサラサラとして綺麗に分けられている。
骨格の良さを、シンプルな白Tが際立たせる。
足の長さも言わずもがな、黒いロングパンツが映えていた。
そう、イケメンがそこに立っていた。
イケメンと思わず目が合う。
「あっ、、、、、わえっ、、、、?」
こ、言葉が出ない、、!!
するとイケメンが先に口を開いた。
「、、、、、す、、、」
その時私の脳天にイナズマが走った。
はっ?!
まさかコイツ、、、、!!
「倉岡?!」
口に出した後に思わず私は口を抑える。が、時過ぎてに遅し。
倉岡はキッと私を睨み返すと、ズンズンこちらに近寄ってきた。
うっ!!イケメンが近寄ってくる!!
私は後ずさりするが、背に壁が当たり、下がれなくなってしまった。
倉岡はそのまま止まることなく、最後には私のことを壁まで追い込んだ。
「、、、、な、なによ!!」
真顔の倉岡。
なんでこんな陰キャに、、、、―――!!
「黙れ」
「は???」
初めて倉岡がハッキリと言葉を口にしたかと思えば、何だって?
「おめぇみたいなデブスと口なんかきく訳ねぇだろ。失せろ。」
倉岡はそう言い残すと、私を自由にし、階段を降りていった。
残された私は突然の出来事に唖然としていた。
しかしハッキリと、私の心臓は高鳴っていた。
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