にやにや魔女と雲上の使い魔
大石壮図
1 落ちこぼれの魔女
人里離れた森の奥、木々の間から少女の歌声が朗らかに響く。日当たりのよい開けた場所で鮮やかな水色の長髪が揺れていた。
無邪気に笑う彼女は先端に大きな青い石のついた立派な杖を用いて地面に線を残している。
それは魔女が使い魔を使役する為の魔法陣に違いない。
少女は手を止めると長い杖に顎を乗せ今度は難しい顔で何事かを考え始めた。物憂げな表情をすると途端に印象が変わる。
綺麗に揃った前髪、長いまつ毛に大きな切れ長の瞳。高い鼻とみずみずしい唇。全ての配置が名匠が仕上げた彫刻のように整っている。
こんな辺鄙な場所には相応しくない、気品さえ漂うその容姿はどこかやんごとない身分の令嬢のようにも見えた。
彼女は一度目を閉じると一呼吸おいて──思い切り見開いた。
「──圧倒的に!
『可愛さ』が!
足りない!」
地面に描いた丸い奇怪な模様に対してそう宣言すると、そのまま円の空白部分に幼児がお人形遊びで使うような、点と棒で表情が作られた棒人間の女の子を付け足した。
「となるとこっちの線も繋げて……よし! 動物にしちゃおう!」
全身を使って力みながら地面をガリガリと力強く削り、仕上げに入る。魔法陣の中でうねる細長いつぶらな瞳の持ち主は、翼の生えた蛇か鰻の類に見えた。
最後に彼女は縁の外にリリナ・フィリーナと自らの名前を
一仕事終えたリリナの頬を爽やかな春の風が撫でる。今ここに稀代の名作が誕生した、とリリナは確信した。
──魔法陣とは本来芸術性を求めるものではないことを指摘する者は、この場にはいない──
「使い魔かぁ〜、私も欲しいなぁ……」
豊かに生い茂る枝の先に留まる小鳥を見上げ、リリナは唇を尖らせた。ついさっきまで意気揚々と魔法陣を描いていたはずなのにその声には諦めが混じっている。
彼女が使い魔を使役するような、高度な魔法の儀式を成功させる確率はゼロに等しい。
要するに彼女は落ちこぼれなのだ。
リリナは生まれながらその身に魔力を宿した『魔女』と呼ばれる選ばれた存在ではあるが、一方でいつまでも見習いのままだった。
何を隠そう、リリナは自分自身の魔力がコントロールできない。
つまりリリナによって唱えられた魔法は常に最大出力なのである。有り体に言えば彼女の手からは災害しか生み出せないと言っても過言ではない。
幼少時、リリナは母であるシアの手伝いで洗濯物を乾かそうと初めて風の魔法を唱えた。
結果、慣れ親しんだ我が家の屋根は無残に吹き飛んだ。
その光景をリリナは鮮明に覚えている。同じく魔女であるシアは引きつった笑みを浮かべていたが、笑うしかなかったのであろうことは幼いリリナでも察した。
シアは魔法に関しては厳しかった。母親ではなく魔女の先達としてリリナに接し、魔力を自在に操れる本当の意味での魔女になることを求め続けた。
しかし、いついつまでもリリナの才能は芽が出なかった。
一向に魔法の実力が上達しないまま時間だけが過ぎ、現在リリナは母親と離れエルツの森の奥深くで一人で暮らしている。
森の奥深くに母が残してくれた家と、安全を確保する周囲を取り巻く魔法の結界によりリリナは何一つ不自由していなかった。
しかし、外界と断絶された魔法の修行には申し分のない環境に置かれても、今日に至るまでリリナは魔力の制御ができないまま、一人前の魔女にはなれていない。
リリナは一人の寂しさに耐えられない性分ではなかったし、楽観的でもあったので現状に焦りは感じていなかった。
それがまずかった。
母の目がなくとも毎日欠かさずに魔法の練習は続けられてはいたが今や日に日にその内容はおざなりになりつつある。彼女は救いようのない怠け者ではないが、手本になるほどの働き者でもない。
エルツの森での代り映えのしない日々を過ごす中でリリナはいつからか自分の側に使い魔がいてくれたらなぁ、と妄想し始めた。自分の言葉を理解してくれる存在に話し相手になってもらいたかったし、その姿がふわふわした体毛に包まれている愛くるしい動物ならば、頭を撫でたり抱きかかえてベッドで一緒に寝たいとも思っていた。
ろくに魔法を使えない見習い魔女のリリナが術の詳細もわからない魔法陣を見よう見まねで描くことを日課にしていたのはつまりその為なのだ。
──そもそも彼女が欲しているのはただのペットなのでは? と指摘する者はこの場にはいない──
「さて、それじゃあ少し早いけど夕飯の支度でもしますか。野草も調達して帰ろっと」
子供染みた淡い期待を恥ずかしがるようにリリナが独り言を呟いた瞬間、突然彼女の描いた魔法陣が眩い光に包まれる。リリナは思わず身を
「え!? ちょっと、ちょっと! 嘘でしょ!? なんで!?」
目の前の光景が一番信じられないのはリリナ本人だった。リリナの描いた魔法陣が効力を発揮したことなど今まで一度もない。最近は使い魔を呼び出す魔法の詠唱の代わりにお気に入りの歌を唄っていたくらいだったのに……。
大きな目を見開いたリリナの動揺を打ち消すかのように光は勢いを増し────弾けた。
「ふぎゃああああ!」
尻尾を踏まれた猫のような叫び声が森に響く。あまりの眩しさに彼女は顔を逸らしてその場でうずくまるしかなかった。
何が起きたのかわからないまま、恐る恐る目を開けたリリナの前に現れたのは、
───唖然としたまま地面に座り込む一人の子供の姿だった。
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