Sec 2 - 第2話

 ―――――――エントランス出入り口の外からの光を透過とうかする自動ドアが開いて、それを小走りに出て行く少女は、すぐに目に飛び込んできた光景や人たちの姿にその目をとめる。

日の光に混じるプリズムの欠片かけらが、ひとみに入って。

「みんな集まってる、」

安堵あんどを交えた声に、走りを遅めていた。


小柄なその少女はシャツにズボンにシンプルなちであって。

両手を上げて後ろ髪の、少し首に当たっていた短めのワンテールをほどき直して、少し高いポニーテールにしつつ、周囲を見回していた。

そう、その時にそばの、後ろからちょっと勢いで半歩追い抜いて出た彼の。

「思ったよりにぎやかそうだな、っと」

そう言った、彼の大きな背中も目の端に入った。


「ギリギリか?」

彼も携帯をポケットから取り出しつつ、ガラスのドアのそばから周りを見回していた。

「もう出発しそう?」

それら2台の大きな中型車両が停まっているエントランスへの入り口の前の光景は、バス乗り場のように人が乗り込む様子がつながっていて、それらを目の端に少女は振り返る。

「あれ?あとの2人は?ガイ、」


「まだ少し余裕はあるが、本当に少しだけだぞ?」

そんなガイの声を片耳に入れつつ、少女がいま見ているのは後ろから追って来ているはずの、というか、『追って来てはいた』あの姿だ。

すでに、なんというか、ダルそうに歩いているその姿に、少女はまゆをちょっと動かした。

元気が無いわけじゃない、と思うけど、歩いてる姿勢も猫背ねこぜな、黒髪黒瞳の彼が、さっきからそんな調子だったのも知ってはいたが。


だから、少女は大きめの声をかけるわけで。

「ケイジ、シャキっとしなよ、」

一応、待つ姿勢になって腰に手を当てた彼女が、そう注意しておくのも当たり前だ。

さっきからケイジがチンタラと走って付いて来ていたのは肩越かたごしに、横目に見えていたけど、今はもう走るのも止めて歩いているし。

急ぐつもりも消え失せたケイジに、ちょっと少女の鼻がうなるような。

腰に当ててる指をトントンと、その口もちょっとブニっと押し出したのが、ちょっと許容きょようの限界に一歩近付いた表れなのかもしれない。

遠くで聞こえたらしいケイジがちらっとこっちへ顔を上げたら、眉間みけんしわを寄せていて、なんだかむずかしい表情をしているのが見えた。

とてもわかりやすく、ケイジの気分が上がってないってことだ。

その理由もなんとなくわかってるけど、それを見た少女は表情を変えることなく、ちょっとまたたいてた。


ただでさえ乗り気じゃない訓練の出発前に、呼び出しをもらったから、これはわかる。

そして、こっちへケイジの口が少し動いただけで、声が聞こえなくても、何をつぶやいたかは口の動きでなんとなくわかる。

『・・めんどくせぇ・・・、』

とか、そんなことだ、きっと。

「あいつらしごかれる準備は万端ばんたんだな、」

って、隣のガイが冗談を言ってた。

じろりと見上げてくる少女の目には、苦笑いを返すだけだ。

「冗談だ、ミリア」

こっちへ口端を持ち上げたガイへ、小さいため息に。

・・ちょっと肩を落としたミリアは顔を前へ、バスのある景色へ顔を向けていた。


 バスのある景色は、少し背筋を伸ばせばちょっと遠くが見れるミリアだけれど。

今日はいい天気で、晴天に透明なプリズムディバイダのプリズム色の欠片も散っている。

そんな青空の下では、彼らがどこかピクニックに向かうような人達に見えないでもない。


ミリアは、軽く走ってきていて息切れもしていない。

その背丈せたけはおそらく同年代よりも少しばかり低くて特徴的とくちょうてきと言えば特徴的とくちょうてきだ。

ミリアの横に立つ、対照的にしっかりした体躯のガイと比べるから、更に小さく見えるのかもしれないが、ミリアは認めないだろう。

それでも颯爽さっそうと歩いて出たその2人が立ち止まったときから、ガラスドアの前で外気がいき微風びふうを感じていた。

少しまぶしそうに目を細めさせられたその景色が、プリズム色の混じるの光が、バスとそれらにまつわる周囲が動き出しているのを、その瞳に映していた。


それが、そんなミリア達の姿につられるように、2人の様子へ目を向ける周囲の人たちもいた。

仲間へ声を掛けて、次第にその少女たちへ向ける目も増えて行くが。

当の本人たちはそれらに気が付く様子もなく、もう一度建物の中へ、今来た後ろへ振り返っていた――――――。


「『Class - B』、『C』の連中だな、」

ガイがそう、周りを眺めながら言っていたので、ミリアはガイの横顔を見上げたけど。

「知った顔がいる」

「『B』、『C』からも参加・・?・・ってことは・・・」

ミリアも見つけられる彼らの様子、たぶん、チームのメンバーがそろい次第、コーチ役などの人に引率いんそつされてバスへ乗り込んで行くようで。

それを見送る人たちは関係者か、残った見学者か。

とりあえず、自分たちが乗り込むのも、あのバスの周りのスタッフへ言えば良さそうだ。

「なにか起こりそうだな、」

「・・ん?」

ガイが良からなぬことを言った気が。

「滅多に無いパターンってのはな、そう言いたくもなるだろ?」

「・・いや、べつに、」

「え、あるだろ?・・だいたい面倒な事が起きるってのが・・・。俺、ケイジたちと似た様な事を言ってるか?」

口端を持ち上げて見せるガイの。

「なにそれ、」

肩を小さくすくめて見せたミリアだったけど。


「あいつらもいつも面倒くさがって・・、」

微かな音が後ろからして、ようやくケイジが透明な自動ドアを抜けてきたようだ。

「なぁ、ケイジ、」

ミリアが振り返った、ケイジの顔色は外の風に当たっても、全然変わらないようだけど。

「あん?」

のぞき込む角度を変えてみるミリアは、ケイジが、どっちかというと、疲れよりも眠さがもあるみたいだな、って思った。

今ちょうど、大きな口を開けて、あくびしてるし。


「昨日はちゃんと寝たの?」

「眠くなったんだよ、」

言い返してくるようなケイジが眠さで、苦々にがにがしい顔だ。

「なんでこんな日に朝っぱらから、長い話されんだよ・・」

眉根にしわを寄せているケイジは、『EAU』の行動スケジュールにもっぱら不満のようだ。


まあ、気持ちはわかるけど。

これから体力を使う訓練だというのに、その前に余計な精神力メンタルがすり減らされた、ような気がしないでもないのだから。



 私たちはさっきまでアミョさんと一緒に、チームで『EAU』内のあるオフィスに呼び出されていて。

いわゆる上司からの呼び出しだ。

と言っても、直属の上司というわけでもなく、この前担当した事件で対応に当たった警備関係の責任者とかで。

数日前に連絡があった呼び出しが、ずれ込んで今朝になったわけで。

えらい人へ直接会っての聞き取り・報告するっていうのもけっこうアレなんだけれど。

話している内に、いつの間にか内容が自分たちのチームへの、お小言こごとみたいになっていたような感じでもあった。


というか、実際にそう、あれは愚痴ぐちかお説教みたいなものなのかもしれない、っていま細かい所を思い返すと思える。


要約ようやくすると、まあ、あの時は彼らにとっての余計な仕事

が増えたわけだし、状況が曖昧あいまいな部分もあったなかで勝手に突っ走った事もあったようだったし、警備部やEPF側とのやり取りもあったりで、結構てんてこ舞いだったらしい。

私が言い返すなら、『でも『EAUの作戦本部』から許可は出たはずですが』だったわけで。

実際に言ったけど。

そしたら、結果的には話が長くなった。


それで、アミョさんとか周りに居合わせた人たちがフォローしてくれて。

『時間が来たので、この後の予定が・・・』、って言い訳しつつなんとか逃げてこれて、助かった。


ふむ。

まあ、彼らには厳格げんかくな印象があったけれど。

ひやりとした時があったとかで、心配はしていたようだった。


ケイジとリースの現場には、私は直接ちょくせつにはせっしていないんだけれど、その気持ちは何となくわかる。

ああいう状況でケイジとリースだけだと何をしでかすか、私もリアルタイムで見てたらハラハラしそうだから。

見てないから、逆に何も知らずにいられたわけで。

でも、結果だけ言うなら2人とも、ほぼとどこおりなくこちらEAUの権限内での行動・目的を成功させたわけだから、そんなに上から言われなくても良い気はするけれど。

される質問に『現場での判断です』、『そうした方が良いと判断しました』などと答えても、あまり納得していなかったみたいだし。


それらが、作戦本部でオペレーターの人たちや彼らがいろいろサポートしてくれたお陰であるのもわかっている。

うちのチームにも問題が少しあったのはわかっているし、反省していないわけじゃあない。


でも別に、おおむね私たちは間違ったことはしていない気はするし。

あの時、私が何をすれば良かったのかをいま考えれば、いくつかの選べるアイディアは思いつく。

そう、今なら。

例えば、私が、ケイジ達の後をすぐに追うことを提言ていげんする事も出来たし。

最初からケイジ達の情報を自分にできるだけ入れてもらえるようオペレーターのアミョさんたちに伝えておくこともできた。

それらができれば、私が取れる行動も広がるから・・・―――――――


――――――まあ、それらのそういう所は、ここ数日に何回か思い出したり考えていたことだ。

今ここで改めて考える事じゃあないと思う。


そう、それから、しっかりとあの出来事は他言たごんするなともくぎされた。

もちろん基本的には、仕事中に見聞きしたことは機密きみつ情報であって、言いふらしちゃいけないんだけれど。

既に私たちが報告書の内容を知っているのを前提ぜんていに、強めに『他言無用たごんむようだ』と言われた感じだ。


他にも、『EAU』は事件の調査は管轄外かんかつがいであるはずだけど、『発現現象に関しての調査AP調査』は依頼されているようで、そこの部署ぶしょの人がぽろっとこぼしてた。

ちょっと気になったのは、『まだ調査中である』と言ってたことで。

だから、あの事件は解決はしたけれど、現在も事後の捜査そうさが終わってはいないということだろうか。


あと、『彼』の目の色についてもちらっと聞いてたくらいか。

『彼』が発現者だとして、その発現効果の一環として目の色が変わったらしいのはケイジ達の報告書にも書いてあったはずだ。


調査が継続けいぞくされているということが・・ケイジ達も見たっていう重要そうなその参考人さんこうにんには逃げられたようだ、っていうのに関係している・・とか?

現場に居合いあわせたという『彼』は関係者なのか、ただ事件に巻き込まれただけなのか・・。


まぁ、どちらにしろ、『EAUうち』は事件捜査をする警備部とは別物べつものだ。

『EAU』は『発現』に関して興味を持つ組織であるので、発現者である対象のを詳しく調べたがるだろうし、それが『EAU』の調査部AI.Dの人たちの仕事だろう。


とりあえず、例の事件で新しく知った情報はそれくらいか――――――。


「――――どうした?」

って、ガイがこっちを見てた。

「・・べつに、」

そう、少しぼうっとしてたのかもしれない。


「いちいち会ったって細けぇことももう忘れてるっての、何日も前の話だぞ?」

って、ケイジがまだ言ってるけど。


「全員集まる日がちょうど今日だったから、会うのにタイミングが良かったんじゃない?」

ミリアがそう言っておいた。

「俺らがいちいち会いに行かなくても良かったんじゃねぇか、ってことだよ。」

「そうね。主にケイジ達だけが呼ばれればいいんだし、」

「・・ぉお?」

「ぅんん?」

ケイジとミリアが、ちょっと急に、にらみ合うような雰囲気をかもしたけど。

「おいどした?急に。」

って、ガイがさっと止めに入るような口ぶりで。

「カリカリすんなよ。楽しいピクニックだぞ?ワクワクが待ってるぞ?」

ミリアが、ガイを見る横目にはにらみがちょっと残っていて、ガイの最後の方にはニヤニヤとしている、茶化してるような笑顔も見えてたけど。


「ピクニック、っつってサバイバル訓練とかやらされたのはまだ覚えてるけどな、」

ケイジが頭をきつつ、また欠伸あくびしながら前へ歩き出してた。

どうやらケイジの嫌な思い出が刺激しげきされているらしい。

そんな後ろ姿を見てたミリアが、ガイと目が合ったら、肩をすくめつつ向こうへ歩き出してた。

ガイも口端を上げながら言う。

「あんなもんピクニックみたいなもんだ、って話なんだろ。本物はもっとヤバいぞ。」

「・・はぁあ・・・」

それはわかっているだろうけど、ケイジがあきらめたようなため息を吐いたようだった。


なるほど、とケイジの機嫌が悪いのはその所為せいもあるのか、とちょっと思ったミリアでもあった。



「どっちの車だ?あれに乗るんだろ?」

「さあ?聞いてみないと・・・、あれ?リースは、」

はたと気が付いたミリアが、周りをきょろきょろ、それから後ろを振り返ってた。

「ん?」

ケイジも気が付いたようで。

「・・リースー、置いてくぞー」

ケイジが後ろを振り返って声をかける、少し目を細める様な、ミリアもそんな声を聞く前にもリースを見つけてた。


今しがた出てきた建物の中は日陰の暗さでよく見えないけれど、もうけっこう離れた入り口近くのリースが、ケイジ以上に重い足取りでこっちへ歩いてきているのはなんとなく見えた。

その歩く速度は、マイペースだ、と言って笑えない。

「さすがに遅刻はできないよ、」

そう、ミリアが思わず言っていたけど。

リースは、ケイジよりも足取りが重そうな様子で、外の日光が届く場所へようやく現れると、その姿も見えてきた。

まあ、リースが日光に当たって、不機嫌そうな顔をしたみたいだけど。

「貧血?眠いの?」

「ぁん?」

「ちゃんと寝たのかな、って」

「・・まあまあだな。8時間は寝た。」

「・・リースが?」

「それは知らん。」

「・・そんだけ寝て、なんであくび出てるの。」

『8時間』はケイジの睡眠時間みたいだけども。

「リースは説教中も注意されないのが不思議だよな、」

って、ガイも思ってたみたいで。

「そうね、」

ミリアもうなずいていた。

「あいつ気配消すからな。」

ケイジがそう、言ってたけど。

「ずるいよな?」

「な。」

ガイとケイジが同調どうちょうしてたけど。

かしてくるか、」

って、少しうなった様なガイがリースの方へ小走りにかしに行ったようだ。

「もう出ちゃうかも、先行ってる」

「ああ。」

「バスに置いてかれたらどうなるんだ?」

あやまる。」

「なら楽だな、」

「あと罰ゲームじゃない?今回の訓練はきびしそうだし?」

「そういうノリがいやなんだよな・・・、」

「マジメにやればいいんだよ。でももう、遅刻ギリギリの方だけどね。」

「ヤベぇんじゃねぇの?」

「言い訳する、『呼び出されてました』って、」

「んだな、」

ケイジの軽い同意どういを聞きつつミリアは、あのバス乗り場の方へ向かう足取りに、顔を上げてまた周辺の様子をながめていた・・・。


「・・なんか見られてる?」

ふとミリアが、周囲の目線が気になって。

「・・んぁ・・?」

ケイジが適当に周りを見たんだと思ったら、口を大きく開いてあくびしていたけど。


そういえば、以前の合同訓練でもこんな雰囲気があったのを思い出した。



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