第2章 - Sec 2

Sec 2 - 第1話

 ――――――羽ばたく鳥がビルの群れの上を飛んだ。


その向こうの青い空にはにじ色の欠片が混ざり、ビルのふもとの路上から見上げるここからでは、せまい空が切り取られている。


鳥の影に目を留めていた彼が、あるいは今日の空模様そらもようでも確かめたような。

ビルの群れと中層道路の陰の下でくっきりと切り取られた、その小さな空へ、ため息を吐くように。

「早く来いよー」

聞こえた呼ぶ声へ目をやると。

向こうで待っている彼らの元へ、足先を向けて高架下こうかしたのその日陰へ歩いて入っていった。


周囲には人がいないその高架下でも、ゴミなんてほとんど落ちていない整備された道路が続くが。

歩く彼はその横っ腹を突っ切って、長くは続かない日陰の、小さい日向をまたいで行く。

手には、さっき食ったランチのハンバーガーの包みやらのゴミ袋を持っていて、適当に軽く手元で振り回してみたりするものだ。

それが、近づく頃には、その日陰から出るギリギリの場所で待つ仲間の彼らが立ち止まっていて、こっちを振り返って待っていた。


その内の1人は、ドリンクを片手に、ストローを口に咥えながら向こうへ顔を向けていた。


彼らが向かうその先には、白を基調とした建物の足元がある。

近くで見れば実は少しベージュがかった色で、真っ白というわけでもないが日光に当たれば眩しいほどに白くもなる、その建物の広い入り口が既にここから見えている。

そして、大きめのバスのような車両が数台、敷地内の入り口近くに停車していて、この道路から真っ直ぐ入ればそのまま到着するわけだ。

その周りにはたむろしている連中が数人、いや十数人はいるのも見えている。


そんなような、その場所へ用がある彼はチラッと目をやりつつ近づいているのだ。

もっとも、辿り着くその前には待っていた仲間たちの前で足を止めるのだが。

すぐに歩き出すそいつらに付いて、またぶらりと歩き出す。


「それ炭酸?」

「ぁ?『ヌチャ・コーク』、」

「どっかで聞いたことあるな・・?」

「コラボしてた、」

「ああ、アニメとか?道理でテンション上がってたのな、」

「いや、普通に売ってるんだよ」

「こんな味なのか?マジか?ってなった」

「期待外れ?」

「いんやけっこう美味い、」

「お前、運動前に炭酸飲むと動けなくなるんだぞ、」

「ホントか?やったことあんの?」

「いや、無い」

「んじゃあ、体張って確かめてやんよ、俺が気持ち悪くなったそのときには、」

「仮病使う気か?」

「吐いて後片付け・・な、何をいってんだ?ひっひはっは、おれはただ・・、」


そんな奴らの会話を耳の端に入れながら、彼は向こうをまた眺めていた。

あのバスたちの周りでたむろしている連中は、そろいのズボンとTシャツを着ている奴らもいる。

それらは見慣れた支給品で、私服のままこっちへ来たヤツもいるみたいだ。

バッグを持って来ている奴らもいるし、運動用のウェアをそのまま着てやって来たヤツもいるようで、時間まで適当におしゃべりしているらしい。

中型の車両が準備を待っている、まるで観光バスの発着場のようだ。


そして、自分たちが誰からともなく足を止めていたのは。

そう、誰からともなく立ち止まったわけじゃないが、いつの間にかゆっくりになった歩くペースというか。

・・・その辺のスペースに用があったというか、敷地内に入ってすぐのこの辺りだ。


「なぁ、着いちまったぞ、」

そう、声を掛ける彼はさっきまで続いてた会話に参加していなかったが。

いちまった・・、」

顔を見回せば、呟くように言うそいつも同調している。

目の前に広がる光景へ、いま到着した彼らは、ため息を吐いてるみたいだった。

「あー着いたなー・・」

「ていうかメチャクチャいるな?」

そんな光景を眺める彼らも、同じ感想のようで。


「見た事ある奴らもいるな、」

「そりゃそうだろ、この辺にいるのはたぶん・・」


「参加者か?お前ら、」

って、声を掛けられた。

「あ、」

つい探して完全に目が合った、まだ少し離れている車両の傍で待機していたスタッフたちの内のおじさんか。

へらっと笑って、彼は手を上げておいた。

「用があるならこっちへ来い、乗り込んで行っていいぞ。」

バスのようなその中型車両の傍に立っていたスタッフが、大きな低い声で周りにも聞こえるように言う・・・。

いや、あの強面こわもてのおじさんは、いつも会うスタッフのような優しそうな人には見えない。

「やっぱ本格的なのかな・・?」

それに気づいている及び腰の彼もいるが。

「そりゃぁ、ヤベェだろ・・」

「来るなんて間違えたかなぁ・・」


「言っとくが部外者は乗せられないぞ。カードのチェックをする。規則だ、」

って、仲間たちがヒソヒソと話している姿を横に、そのおじさんが傍まで来ていたので、また声を掛けられた。

彼はそのおじさんに愛想あいそ笑いを浮かべつつ、さっと振り返って、仲間と秘密の円陣えんじんを組むことにした。


「おっし、・・ぉう・・、・・来ちまったわけだが、」

「なんだよ、気色悪いな・・ガーニィ、もしかしてじ気づいたのか?」

「・・正直、迷ってる。」

「え。」

「お、俺も別に、このまま帰ってもまぁ、いいんじゃねぇかと正直思っている。」

「俺だって別に、それでいいんだけどよ。・・なんて言い訳するんだ?コーチに、」

「・・仮病がセオリーだろうな?」

「4、5人そろって仮病?」

「俺はさっき炭酸飲んで、吐いた、」

「それはネぇよ、」

「ぁ、じゃあ俺はそれの付き添いで、」

「あはは・・」

「あとでホイザさんにバレたらむっちゃ怒られるぞ」

「んじゃどうすんだよ。」

「はぁ~、なんで推薦すいせんが来ちゃったんだろうな・・・?大して目立ってなかったはずなのに、」

「す、推薦じゃない・・」

「ただの参加のお知らせだろ・・お前ずっとそれ言ってっけど」

「お前が調子に乗って『全員OK』って言ったんだろ。全員分、どうしてくれんだよ」

「いや、まさか全員普通にOKになるとは・・」

「ホイザさんもノリが軽いんだから、」

「反省してるか?」

「それは、反省している。」

「遅ぇんだよ、」

「ちゃんと反省したのに、」

「今からでも棄権きけんの連絡するとか・・」

「そんな勇気があったらここには来てないだろ。」

「そこは勇気出しちゃいけないところじゃねぇの?」

「どういう意味だ?」

「別に、俺も、『Class - A』に行きたいなんて思っちゃいねぇしなぁ、」

「あのおっちゃん。怖そうだろ?怒りそうじゃねぇか?」

「いや、怒りはしないんじゃ・・?」

「じゃあお前行けよ、」

「いやだよ」

「なんでだよ、怖くないんだろ・・・―――――――」


そんな、コソコソしている連中に。

案内係のおじさんが、横目に不審がっているまま離れようとしているのを彼らは気づいていないが。

「もう乗っていいんすよねー?」

そのスタッフ・・、案内係のおじさんに声がかかって。

「ああ、カード身分証を見せろ」

近寄ってきていた青年たち、少し目を向けてみた彼らの面子は、決して見慣れた顔ぶれじゃあない、が・・・。


「ぉ、『C』の奴らだ・・、」

「ん?」

気が付いた仲間へ、ヒソヒソ話の円陣にいるガーニィが軽くあごで示すのは。

すぐそこで、車両の傍で自分のポケットをまさぐって慌てている青年だ。


「あっれ?どこやったかな?」

「IDだよ、ID。さすがに証明書カードが無い奴は乗せられないぞ?」

「えぇちょ、まってくだっさいよぉおー」

「・・先乗っていいか?」

「ちょ、まてよっ・・」

そろってないとあねさんに怒られるぞ」

チェック係の彼と、めてる青年3人組のそんな様子が。


「・・どっかで見た?」

「あれだろ、合同トレーニングにも来てた。あの『セイガ』、大人しそうなヤツ、ロアジュと競ってた。」

「ぁー、スコアが1位の?」

「まあ当然来るか」

「友達同士で気楽にってか、」

「いや、あいつらはもうチームを組んでるらしい。あとはリヴェルって女リーダーが入って、4人で完成らしい。」

「もうチーム組んでんのか。というかよく知ってんな、さすが。」

「そういう奴らって、よくシゴかれてるらしいよな、」

「へっへ。」

「この前は、いろんなチームがバラバラでやってたみたいだから、単独ソロで動いている奴が多かったんだよな?」

「今回はチームメンバーが全員揃ってるのが見れるってことは・・・、」

「お前そういうのホント好きなのな、ガーニィ、」


気が付けば、その『セイガ』ってヤツが、こちらをジッっと見ていた。

「・・・なんか、こっち見てない?」

コソコソ話していたので会話は聞こえちゃいないと思っていたが。

さすがのガーニィも、『み、見過ぎてたか?』と少し内心であせった・・・。

・・くいっと、仲間たちに顔を向けて合図をする『セイガの仲間』が、こちらへ声を掛けてきた。

「あ、俺ら、そこの・・、」

「あれ?待ってます?」

って、ガーニィをさえぎるように言ってきたその『セイガの仲間』は。

どうやら、自分たちが乗り込む順番待ちと思われたようだ。

「先行ってください、なんかこっちあれなんで、」


「あ、あぁ、ど、どうもぉー、」

うながされるままに、愛想あいそ笑いのそのガーニィたちは。

「いやぁ、便所行こうかどうかって話しててぇ、」

そんな事を言っている間にも、案内係のデバイス端末機へカードをスキャンさせてた。

「おう、間違いないな。お前らはそっちのバスだ、自由に座ってろ。」

「こ、これっすか、へぇえ、」

愛想笑いを浮かべるガーニィは、そのバスのステップへ足を掛ける。

「足元気を付けろよ、」

「はいっス、あざっス」

「案外良いヤツらじゃんか、」

「結局乗ってんじゃんか、」

ガーニィがステップを上がる、後ろから文句の1つも聞こえてきたが。


ステップを上がり切って顔を上げた所で。

「ぉ、ぉぅ、」

思わず声がれていた。


そのバスに先に乗っていた人数はけっこう多く、20人から30人はいた。

座席に座る彼らでバスの中はほぼまっているようだ。



彼らもきょろきょろと辺りを見回しながら、席を探すふりをしながら顔を盗み見ていたが。

適当に空いている席へ着いて、隣並んで座って行く間にも。

「『C』は『C』でも、優秀者ばっかだな・・、」

ガーニィは小さく呟いていた。

「なぁ、有名人ばっかりじゃねぇか?」

隣に座ってくる仲間も、周りの顔ぶれを見て少し緊張し始めたようだ。

さっきから委縮いしゅくしているのは変わらないのだが。

「そりゃそうだろ、」

「だから来たくなかったんだよ、」

って、コソコソやっている。

「お、あそこにいるのがクロだ、『C』の優秀者。」

「え、どこ?」

「右後ろ、女の子で固まってるけどな、『C』は他にも粒ぞろいらしいよな、」

「そこ、真後ろにロアジュとキングがいる。『B』の優秀者。ラッドとニールも、あいつらいつも一緒にいるけど、」

「そりゃまあ、そうだけどさ、」

「マシュテッドもいるじゃんか、あいつ最近現場に出まくっているって『A』に行くって噂だぞ。あそこに、ヴィドリオもいる。あとあの辺のガラの悪そうなのは元軍人って奴らじゃなかったっけ?」

「ネリコとカオル、他のメンバーもいる・・」

「ん?ネリコ?」

「『キャネリコ・アノ・ブロゥザムン』。仲間内じゃあ『リコ』って呼ばれてるみたいだけどな。あとチュクリもいんな、あそこらへん、『Cの最終兵器』って呼ばれてる奴らだ、」

「なんでフルネームを知ってるんだよ。」

「お前よく知ってんのな。」

「情報収集が好きなんだろ、」

「だって今まで名前も知らなかったような奴らがゴロゴロ出てくるんだぞ、ワクワクするじゃんか、」

「そりゃそうだけどさ、」

「ってか『最終兵器』ってなんだよ。ダサくね?」

「前回で大体顔チェックできたし情報と合致してる。あいつは、話しかけてみたら、ボソボソ話して暗いヤツだった。隣の奴はいいヤツ。」

「ガーニィ、お前はよくそういうのイケるよな。」

「他にもいっぱいいるぞ、さすがに『C』のチビっ子どもはいないみたいだけどな、」

「そういやそうだな。」

「年齢制限くらいあるだろ、」

「お前の解説聞いてると、みんなすごそうに見えてくる、」

「俺、ここまで来て、もう腹をくくれてきた」

「マーシャルアーツの訓練ってマジで殴り合うらしい」

「やっぱウソだ、帰りたい」

「とうとう言いやがった、」

「ウソウソウソ、」


「俺ら世代だけじゃねぇし、これ、実動に出ている連中入れても俺らより・・・」

「『Class - A』を狙うような奴らばっかってことか。」

「マジかー・・うひょー」

「なんで俺らこんな所にいるんだ・・?」


「やっぱうわさの通り、目ぼしい奴らに声かけて、選抜せんばつやりました、ってことか。前の大規模にやった合同トレーニングが選考会だったって話、」


「じゃあ、だからなんで、ますます俺らがここにいるんだろうな・・?」

「知るか。」

「お前が参加にしたんだろ、」

「コーチに言えよ、即OK出したんだぞ」

教官コーチこういうの好きそうだしな・・」

「あー、腹痛くなってきた・・、このまま乗ってたら酔うかも・・・」

「仮病がバレたらもっとヤバそうだよな、」

「け、仮病じゃねぇよ、ほんとだよっ、」


「お前ら、ちょっと静かにしてくれないか?」


って、前の席の髭が濃いおじさんに真顔で言われた。

「ぁ、はい。」

・・・素直に静かになる、彼らは。


口を閉じたまま、きょろ、っと車内から窓の外まで見ていたが。


「あとここにいないのは『A』の人ら、」

コソっと、またガーニィが声を小さくして話し始めてた。

「実動に出ている連中っつうか、有名人以外はちょっと見かけるけど・・・、」


「『セイガ』たちは向こうへ行くみたいだよ、」

そう言う彼の視線の先、窓の外から見えていた彼らが、向こうのもう1台のバスへ歩いて行く姿が見えていた。


「・・そういや、見てない奴らもいるな?向こうのバスか?」

「誰だ?」

「例の、話題の尽きないあいつら、とか。つっうか、またお騒がせしているらしい、」

「あぁ、あいつら。最年少で『Class - A』になったっていう、」

ルーキー新人で、問題児・・なんだっけ?」

「ふっふ、そう噂している奴らもけっこういるみたいだが。俺の情報網からすると真実は・・」


『あ、『ルーキー』だ、』

車内がそういえば、さわさわっとしている。

『ミリアたちだってよ、』

誰かがそう言って、窓の向こうを見ていた。

その言葉に反応したのは、車内で様々だが、伝わっていく雰囲気は感じていた。

「お、今回も遅刻か?」

ガーニィたちも窓の外をつられて見ると。

・・・どこにいるのかわからないが。


・・いや、見つけた。


――――遠目に建物の自動ドアが開いて出てきたばかりの、少し特徴のある姿が見えていた――――――――


『ケイジの奴ら、また呼び出されたって聞いた―――――――




 ロビー正面から出て、大きな自動ドアから出てきた時、小走りに少女は少し跳ねるような瞬間を飛び出して。


私服のTシャツにズボン、シンプルな出で立ちの少女は小走りの勢いを落としながら、プリズム色の日光を浴びて微かにきらめいた、その瞳で辺りを見回した。


「みんな集まってる、」

ちょっとの安堵あんどと嬉しさが混じった声で、少女が遅めていたを止めていた。


少女の背後から来ている仲間たちへ、聞こえる声に彼らは顔を上げて、まばゆ外景がいけいへ目を細めたようだった。

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