第27話

 『EAUへお帰りなさい、Uユニット-25のみなさん。―――貴隊の認証確認が取れました。』


軽装甲車『ラクレナイ』の車内で不意に聞こえた機械音声、ミリア達が聞いたその声はなめらかで自然な声だけれど、『ナビゲートAI』による自動応答となんとなくわかる。

『EAU本部』の基幹システムへ受け入れられて、既に車のシステムがちゃんとスムーズにアクセスして、必要ないくつかの権限や承認が受け渡されたということだ。


そして、目の前の隔壁かくへきが開き始める、動き出すフロントガラスの光景を、ミリアは運転席の隣でながめているその間も、目端に動く車両システムが動作するのにともなう光を、ミリアはちょっと目で追ったりもしていた。


『これから指定位置へ貴隊の車両を誘導します。途中で下車する場合や他の問題がある場合は私、『コルネ』に声をかけるか、一時停止ボタンを押して『FA-DSファッズ(自動運転システム)』をお切りください。』


車内のスピーカーから聞こえるその声は、とても丁寧で聞き取りやすく、形式的な対応なので、人間の声じゃない合成音声だとなんとなくはわかる。


軽装甲車『ラクレナイ』がゆっくり移動する間にも、車内のシステムモニタではいつも通りの手続きに進んでいるようなので、特に問題は無さそうだ。

車内に備え付けられているコンソール上の表示には、既にこのガレージ車庫・スペース用のシステム画面へと切り替わっていて、そこに『一時停止ボタン』なども現れているわけで。

それらを確認しつつ、ミリアは手に持ってる粉砂糖のドーナッツを少し小さな口でかじった。


美味しい甘さを、もぐもぐしつつ、一定の速度で進んでいる軽装甲車は、今は補助メンテナンス用のサイドスペースがある照明が明るい通路を移動していて、他の車両も見かけず、人影もたまに見かける程度だ。

そんなチームの軽装甲車の運転席、の隣の助手席で、ミリアはドーナッツの大きな箱を抱えながら、フロントの向こうをながめていた。


『自己紹介をさせていただきます。今回の格納手続きは、私、『コルネ』が担当させていただきます。』


と、車内の彼女、ついさっき参加してきたAIの彼女の方から自己紹介してくるのは、珍しいけれど。


『貴隊へのお知らせです。


貴隊には任務活動後に提出する書類が3つう求められています。


只今の時刻は『18:41』です。貴隊は間もなく今日の退勤猶予ゆうよ時刻を超過しますので、プラスワークタイムの申告しんこく書を作成し送付します。

後ほど必要事項を記入し、退勤たいきん時に所定しょていの方法で申告しんこくしてください。


お知らせは以上です。後ほどご確認ください。


ふむ。

事務連絡だった。

まあ、こういう風に手厚くAIらがサポートしてくれるのは、なんとなく助かるし、うれしいけど。

「ありがと。お疲れ様、『コルネ』?」

ミリアが声をかけてみれば。

『お疲れ様です。今回の任務は大変でしたね。』

ちゃんと返事をしてくれた。

「わかるの?」

『はい。ニュースにもなっており、当該事件の影響力が推測されます。』

こういう所は、なかなか難しい言い回しをしてくる、AIっぽいけど。

「ちゃんとニュース読んでんのか?」

ケイジも驚きみたいだ。

「へぇ、」

「今度、世間話でもゆっくりするか」

「はい、是非しましょう。」

なんか、ガイがAIの女の子を誘っているみたいだけど。

「声変わってねぇか?」

って。

「ん?」

振り返るミリアが見つける、ケイジが後ろの座席で、あんまり興味なさそうに寝転がっているけれど。

「いつもと違うAIだな、」

ちょっと外を見たようなガイも、気になったみたいだ。

「『コルネ』、だって。」

ガイの視線につられて、ミリアも車外を窓越しにのぞいてみれば、ちょうどゆっくりと停止した車両がそのスペースに収まった所で。

Uユニット-25のみなさん、初めまして、『コルネ』です。お話しするのは初めてですね。』

彼女も会話を聞いていたようだ。


微妙に動き出す重力や加速する力の動きを感じるのは、横移動もするそのエレベーターに車が運ばれているからだ。

私たちの車が入った部屋ごと移動している中で、フロントに映っている光景は、さっきからあまり変わらないけれど。


なんとなく、ミリアが目の端に気が付く、車内の後部座席の方でリースは、背もたれに倒れてるように寝てて。

タオルを顔に掛けているまま、まったく動く気はないみたいだ。


「なにか話題あるか?」

って、ガイが聞いてた。

『話題と言いますと、やはり『リリー・スピアーズ』の『コール・フリート・アベニュー』付近で起きた例の街中の事件が今のホットな話題です。ニュースからの引用になります。本日、午後未明・・・』

まあ、大体知っている話だな、とミリアも思いつつ。

「それはいいよ。他には?」

って、ガイも彼女の話を止めてた。

『他の話題ですと、私事わたくしごとですが、現在、EAUではナビゲートAIの運用試験が行われています。』

「へぇ?」

なるほど、道理で仕様がちょっと違う気がした。

「以前のAIたちは誰だっけ?」

『記録によれば、貴隊へは『サクナ』、『ホポカ』、『キツル』などが担当した記録があります。』

そう、確かその名前だ。

変わった名前だな、って思ったのはちょっと覚えてる。

「それで君が交代したのか?」

って、ガイも。


『はい。私が前任の『サクナ』へ交代を申し入れました。

このガレージエリアでは常時、複数のAIが案内をつとめられるように準備しています。

今回は私『コルネ』が貴隊の案内をしています。

ご希望があれば、前任ぜんにんの『サクナ』へいつでも交代できます。』

そういえば、断りもなく担当AIが交代したのは初めてかもしれない。

問題無ければ固まっていくって聞いたけど、相性とかの関係で。

『現在、いくつかのAIの使用優先順位の設定が変更されています。

特別期間がもうけられているためです。』

「取り合ってるのか?」

「テストのためでしょ?ていうか、AIなら同時に存在できるんじゃ?」

『はい。同一AIが別の場所で同時に対応する事は可能です。

今回は特別期間として試験運用の側面も兼ねており、私『コルネ』がランダムな順番で担当を受け持っています。』

「あ。『コルネ』は新しく作られたの?」

『はい。最近、新しく『エイダ』が私のプロフィールを作成しました。

私が作られた目的は、利用者の皆様により受け入れられやすいキャラクターが必要だと判断されたからです。

後ほど、みなさまにアンケートを取る予定ですので是非ご参加ください。』

「なんでそんなめんどいことしてんだ?」

ケイジの質問は。

「要望が多いんだってよ。」

ガイが答えてたけど。

「なんの?」

「AIのキャラクターが、こういうのがいいって、要望が」

「あー・・なるほど、」

なんとなく納得だ。

好みのキャラクターにナビゲート案内されたいって思うのは普通だろうし。

「特別期間では何するの?」

「フロントの画面に映してみるか、」

って、ミリアが聞いてみた横で、ガイが車のコンソールを操作し始めてる。

『個別AIによる利用者へのご紹介と、『印象調査インプレッション・チェック』です。』

「コルネ、姿を見せてくれ」

ガイが簡単に設定を終えて、目の前のフロントの奥が適度な明かりしか見えない狭い空間だったのが、いくつかの数値や計器が現れ表示された中で、その正面に彼女、『コルネ』の姿が現れた。

ちょっとアニメ調という感じの絵柄の、落ち着いたお姉さんという雰囲気の女性で、腰辺りから上が映っている姿に『EAU』のオペレーターが着ているような制服を身にまとい、おだやかそうな物腰に微笑をたたえている。

実際、EAUで見かける事務職の人たちは私服の人が多いんだけれど、正式な礼服を着ている彼女は、よりパリっとしている印象だ。



目が合った気がして。

「こんにちは」

『こんにちは。』

ミリアが声を掛ければ、微笑みで返す彼女は、やっぱりおだやかな印象だ。



というか、『印象調査インプレッション・チェック』の話だったっけ。

「えっと、調査チェック?」

『はい。つまり、各AIのキャラクターにより、利用した人たちがどのような反応を得るのかを調べ・・、』

彼女は自然な表情で話し始めてて。

「ああ。複数キャラクター人格のテストをしてるのね」

『―――はい、それも事実です。』


つまり、彼らにとっては人格や声、話し方によって、利用者である私たちがどれをより好むか、好まないかの反応を見ているということだろう。

もちろん、働く場所で適材適所てきざいてきしょに、より良い影響を与えられるAI人格キャラクターが担当するのが一番良いわけだし。

「投票とかすんのか?」

って、ケイジが。

「そういうイベントも結構好きだよな、うちEAUは。」

って、ガイが納得してた。

まあ、半分くらいは開発の人たちの趣味が入っている、って聞いた気もするけども。


「なんか俺の声が聞こえてねぇみたいな対応なんだけどよ、」

って、ちょっと不満そうなケイジに。

「コルネに言ってたの?」

ミリアがちょっと眉を上げてたけど。


『はい、なんでしょうか?』

「ああ、こっちの話、」

『はい、わかりました。』


すんなり引き下がるAIのコルネだけど。


と、フロントガラスの向こうで、閉ざされていた隔壁が開いていく、2重3重の厳重な構造が静かな駆動音と共に開いていく先が見えてきた。


そこは見渡すほど、とても広くて大きなガレージ(車庫)で、EAUで用いられる他の車両などが何台も停車している。

そして、そういった車両・機械などを横を通って、私たちの乗った軽装甲車も進んでいく。


この場所で見かけるのは、他にもメンテナンス整備・保守するための機械・設備があったり、それを扱うスタッフの人たちもいて。

また、他のフロアや通路などで、開発課など別のエリアとも繋がっているので、厳重なセキュリティにシステム化された、EAUのコアスペース中核の場所でもあって、規模に対応したスタッフたちが行き交う巨大なメンテナンス - フロアだ。


「『コルネ』を作ったのって『エイダ』なの?」

フロントガラス越しにそんな光景を眺めつつ、ミリアが車内にいる『コルネ』にたずねてみる。

『はい、私『コルネ』と『エイダ』は『サブプライム - AI』と『プライム - AI』の関係です。わかりやすく人間のように言い換えると、子と親の関係に近いです。』

「『エイダ』の『子供』は他にどれくらいいるの?」

『たくさんいます。しかし、詳細は機密情報も含まれます。部分的にしかお話しできません。申し訳ありません。

また、開発者たちは『AI』に限らず『エイダ』が開発した『プログラム』なども『子供』と呼んでいるようです。』

「そっか、ふぅん。」


『エイダ』は何でもできるらしくて、例えば、口頭でこういうものを作ってと伝えれば、複雑なプログラムなども自在に作ってくれる、ということも簡単にやってのけるらしい。

まあ、じかにアクセスするには権限が必要で、主要な開発者チームぐらいじゃないとダメらしいけど。

そもそも、『エイダ』はEAUのオリジナルAI人工知能で、製作した人たちもここに所属しているらしい。

アミョさんたちが言うには、『エイダ』はすごいらしい。


「そういや俺、『エイダ』には会った事ないな?」

って、ガイが。

「私も。」

『それはできません。貴隊にその権限は無いからです。それに、呼び出しても『エイダ』はナビゲートを仕事としていません。』

「呼び出しても案内してくれないんだって、」

「そいつは残念だ、」

肩を軽く竦めるガイみたいだけど。

まあ、そりゃそうか。

「AIつながりで何とかなるかと思ったんだが、」

「開発部のコア中核でしょ?EAU全体にも関わってるらしいし、」

「アクセスしたらしたで、姿を見なくなるって?」

『その質問はお答えしかねます。申し訳ありません。』

まあ、そう言われて笑うようなガイの、そんな冗談のような『コルネ』みたいで。

まあ、そういうものらいしい、とミリアは外へ視線を向けていた。


入り口から見える景色は大体が、EAUのメンバーが扱う軽装甲車が保管してあったり、メンテナンスを受けている。


中には大きなロボットアーム、マニピュレーターというのか、そんな装置を使った換装作業を受けている軽装甲車もあった。

軽装甲車が開く内装コンテナがむき出しになっている様子も見えていて、他のチームもここへ戻って来たばかりなのだろう。



そんな作業場所を抜けて行けば、ずっと自動的に移動してる私たちの『ラクレナイ』は、車内のコンソールモニタに映っている通りに、指定されていた駐車スペースへとちゃんと誘導されていってた。

『どうでしょうか?私は皆様に良い印象を与えられましたか?』

って、急にナビゲートAIの『コルネ』から聞かれて、ちょっとまたたくミリアだったけど。

その質問も必要なアンケートの一環なのかもしれない、ってちょっと思った。

まあ、これまでの会話なども、今後の研究・開発のために全てデータとして記録されて活用されるんだろうけど。

「話しやすかったよ、」

「ばっちりだ、」

ガイにも良い感じみたいだ。

『それはとても嬉しいです。』

落ち着いた笑顔のコルネの向こうに、透過しているフロントの光景では、メカニック(機械工)の人たちが作業をしていたり、その傍でEAUの隊員の人と話しているようだ。


そんな数人かは、こちらに気が付くような様子も見えた。

外からはこっちの事は見えていないと思うけれど。

こんな所にいるのは、メンテナンスのスタッフか実働の同僚くらいで、中には見知った顔もいた。


『メンテナンスフロアに到着いたしました。』

言われて気が付いたミリアは、手に持ってたドーナッツの最後のひとかけらを見たわけで。

移動していた間も、ちょっとずつかじっていたから。


「おっし、着いたか・・」

ガイが運転席で背筋を伸ばしたりしてて。

「くぁ・・っ・・」

後ろの座席で、あくびをしているようなケイジ達も。

「リースを起こして、」

そう言ったミリアが、ちょっと思いついた。

「『サクナ』にも会えるかな?」

『はい、可能です。私の隣に呼びますね。』

と、黄色い髪の『コルネ』の横に、窓の外からちょっと急ぎ足に、自然に出てきて。

ちょっとリアル寄りのアニメ調の少女、淡い桃色の髪留めをした黒髪の女の子がすっと。

くりっとした瞳で周りをちょっと見回したように、『コルネ』と比べるとちょっと背の低い彼女は、瞳をまたたかせたかと思うと、次の瞬間には快活な笑顔をこっちに見せた。


『呼ばれました。『サクナ』です。なにか御用ごようでしょうか?』

「お、こいつだ。」

ケイジも顔を見て思い出したようだ。

『はい、『サクナ』です。』

そんな反応が可愛らしい女の子で。

確かに、『コルネ』とは全く違う性格だ。

「2人同時に呼べるんだな?」

って、ガイが感心してる。

「用は無いの。顔を見たかっただけ。」

『そうですか。また会えてうれしいです。』

って、笑顔を見せてくれる彼女を気に留めつつ。

ミリアは少ない荷物と、大きなドーナッツの箱を抱えて、ドアの外へ足をかける。

「それじゃ、ありがとう。」

ガイも自分の荷物を持って、開けたドアの外へ出て行く。

『はい。お疲れさまでした。Uユニット - 25のみなさま。ゆっくり疲れを取ってください』

ケイジも、起こされたリースも寝ぼけまなこに、外へ出て行って。

『私の妹や弟である『コルネ』たちの印象チェック・アンケートへの参加もお待ちしています。』

って。

『ほら、コルネ。』

『ええ、サクナ。U - 25のみなさん、お疲れさまでした。良い夜を。』

そんな2人の会話を見てたミリアは、ちょっとまたたいたけれど。


というか、コルネが妹みたいなものらしいけど、どちらかというと、大人びたコルネよりもサクナの方が妹に見えるけれど。

でも、サクナもお姉さんらしいような言い方もしてた。

「ありがと、」

ドアに手をかけて。

ミリアが言った言葉には返事は無いようだった。


車両のシステムはまだ起動していて、こちらを見送っている彼女たちを、ちょっと反応を待ってしまってたミリアは。

「箱、持つか?」

って、ガイが運転席の開けっ放しのドアの向こうからのぞいて言ってきたから。

ミリアはドーナッツの最後の一口を、口へ放り込んで、粉砂糖の付いた包み紙はそこのゴミポケットに放って、ドアの外へ降りて行った。


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