第26話

 ――――――ミリアは、軽装甲車『ラクレナイ』の助手席で、そのフロントガラスが映す街の景色が流れていくのを眺めていた。


移動するその中層道の景色には車の姿もほぼ見えず、真っ直ぐに伸びた車道の先が遠くでカーブを描くのが見えている。

この車は現在、自動運転モードなので、特に揺れもせずに一定の速度で安全に運転されている。

さっき地上の第1層から上がってきて、夜の真っ暗な景色に浮かび上がる車道を照らす街灯が連なるように、一定で流れて過ぎて行く中で、いくつかの高い建物が後ろへ流れていくのを繰り返していた。


ミリアはそんな景色をその目に移しつつ、・・唇をぺろっと舌で舐めると、残ってた砂糖の甘さがちょっと感じられた。

ちょっと甘いレモンの香りもするのは、その膝の上に大きなドーナッツの箱があるからで。

『DOHoney DonDon(ドーニー ダンダン)』のロゴ入りの、ポップにデザインされた、見るからに美味しそうなものが入っているその箱を、ミリアはしっかり目の届くところに持っているのだ。


「やっぱもう一個くれ、ドーナッツ、」

って、足を伸ばしてだらけているケイジが、後部座席からそう言ってくるのも理由の1つかもしれない。

「夕飯食うんだろ、食えなくなるぞ」

隣の運転席のガイがちゃんと注意するけど、それも何回か聞いた。

「ガキかよ、」

だからケイジは不満そうな、ちょっとイラついたみたいだけど。

EAUに戻ったら、オフィスでアミョさんと一緒に食べようか、って話もしてたんだけれど。


車両は静かで、そんなケイジの隣のリースは、今度こそ心置きなく安穏あんのんの睡眠をとっている。

やっぱり、さっきから仮眠じゃなくて、本気で眠りたかったみたいだ。


子供ガキでも2個は食うわな、」

って、ガイがケイジへ軽く返すような。

「腹減ったんだよ・・・」

まあ、やっぱり機嫌悪そうなケイジみたいだ。

ミリアは肩越しに後ろを振り返りかけて、隣のガイと目が合ったけど。

こっちを見るガイへ、ミリアが肩を竦めて見せたら、ガイも軽く同じようにしたから。

「じゃあ、1個、」

「お、」

ケイジへ、ミリアが膝の上に抱えるように持っていた、その大きなドーナッツの箱を開けてあげてみせるのだった。


そこには色とりどりの、いろんな形のドーナッツがいっぱいに詰まっていて、所々ところどころに4個分の隙間が空いてるけれど。

なぜなら、買ったばかりの温かいものを1個ずつって、もうさっきみんなで食べたからだ。

「消毒シートいる?」

「いや、」

手を伸ばしたケイジはその内の1つをつまんで、大きな口を開けていた。

まあ、1個目の時に手をいたし大丈夫だろう。


ケイジはドーナッツ1個くらいで夕飯食べられなくなるほど少食じゃないと思うし。

別にそこまで心配してあげる理由も無いし。

まあ、私はリーダーなので、仕事に支障をきたすくらいなら、しっかり栄養を取らないケイジの口の中に夕飯を無理やり詰め込んであげなくもない。

もしそんな事を本当にしたら、ケイジは怒るだろうけど。

まあ、ケイジはたくさん食べるから、そんな心配はないと思うけど。

それより、ちょっとケイジが大人しくドーナッツを夢中で食べているのを見ていたら。

妙に甘くて温かいドーナッツたちの香りが余計に気になってきた。


「・・私ももう1個食べようかな?」

「ん、大丈夫か?」

「あとでトレーニングに行くつもりだし、」

「マジか。マジメだな。疲れてないのか?」

「あんまり動いてないからね、今日は。待機たいきの時間が多かったけど、」

そう言いつつ、ドーナッツを箱から1つ選んで取ったミリアだ。

「まあ、俺もどちらかというと精神的に疲れてんのかもな。普段より身体は疲れてないけど仮眠を取りたい気分だ。」

って、ガイが言ってるけれど。

「『食べたい時が食べ時だ』、って昔のえらい人が言っていたらしいしね、」

怪しい知識を口にしてミリアがその目の前の、白い砂糖がまぶされた、もちっ、と柔らかい甘いドーナッツを一齧ひとかじりした。

「んだ、」

後ろで、もしゃもしゃ食べてるケイジもミリアに賛成らしい。

「ぁ、美味しい、」

ミリアもちょっと、口に手を添えて堪能たんのうする、食感がもちっと、油分とミルクとそれに、バニラか甘い香りがふわっと香る。

「いつものドーニーと違う気がするよな?」

「出来立てだからかな?」


「お前ら、こういう時は結託けったくするよな、」

って、ガイは笑ってるけど。


まあ、ドーナッツは美味しい。

でも、もしかしたら、ピザとか、ファストフードでオフィスで食べれる夕食でも良かったかもしれないな、ともちょっと思った。

もちろん、栄養バランスが良いお店の商品のヤツで。


―――――と、ミリアが思いついて、手を伸ばして車両そなえ付けのボックスを開いて取り出した、手乗りサイズの緑色のやわらかの。

それを、フロントのダッシュボードの台になってる所の上に立たせて、置いてみた。

『やわらかサボテン』の赤色の花咲きVer.『きらびやレッドフラワー・バージョン』だ。


「ん、また買ったのか?」

気が付いたガイが、『いつの間にそこに?』とでも言いたそうだったけど。

「おまけでもらった、」

ドーナッツを持ってない方の片手で、ちゃんと立たせてみて、角度に納得したところでミリアは手を離す。

「どうしようかなって、忘れてた。」

このサボテン君、彼、彼女かな、はフロントの流れる景色を背に、小さくても絶妙なポーズで満足そうな華麗かれいな姿だ。

『サボテンには、目も鼻も無いけれど。』

どっかで見た、この子のそのフレーズがその姿そのままで、なんだかしっくり来た気がする。



 フロントボードの上で、マスコットのサボテンが鎮座ちんざしているのを。

ドーナッツをかじって、もぐもぐしてるミリアは改めてそれをちゃんと見てた。

顔が無いのに太々ふてぶてしくもあるそれは、微妙な振動にちょっと揺れてる。

吸着タイプの、簡単に貼れてがせるものだ。

でも、勝手に貼るとあとでスタッフに何か言われそうなので、ちゃんとくっ付けはしない。

今は、鉢植はちうえの部分が立てるようになってるので、そうしてる。

ちなみに、レッドフラワーバージョンは、こうして見てると、華麗かれいと言うより、なんか陽気ようきな感じに見えてきた。


でも、なんとなく、目で追っちゃうような、つい見ちゃうヤツだ。



「到着するぞ、」

「ふむ?」

ガイの声に、はっと我に返った様なミリアが。

顔を上げると、フロントガラスの景色にはEAU本部のある建物が明かりに照らされているのが見えてる。

そして、ミリアはその手のドーナッツを包み紙と一緒に、はむっと口に挟んでた。

口に入ったのに気が付いて、指で包み紙をちょっと、引っ張ったけど。


「前で走ってたのはお仲間か?」

遠目に見えていた前方の1台の、ヘッドライトを点けて走っていた軽装甲車は、同じ目的のビルへと進入していったみたいで、たぶん自分たちと同じシルエットの車両だ。

「むん、」

普通に頷いたらちょっと変な返事になったけど。

私たちの軽装甲車も自動的に、そのまま速度を落として道を曲がって行き、放っておいてもEAU本部へ戻って行く。


「お、・・あいつも現場にいたんだな、」

って、後ろでケイジが携帯を見ているようだったけど。

こっちに軽く見せる画面を。

「ああ、『ハごペンが』か、」

ガイが、サムネイルでも見てわかったみたいだ。

確か、ケイジが今朝から言っていた配信者ストリーマーか。

まだ名前を覚えてないみたいだけど。


ミリアは、甘いドーナッツを咀嚼そしゃくしながら、その目の前でちょっと揺れた『やわらかサボテン』の優雅ゆうがかもしれないその姿が目に入って。

それから、自分が抱えてるドーナッツの箱を見下ろしてた。


結局、1人につき4個ほど買ったのだが、栄養管理を考えるとその程度が良い、ということで。

2個目のドーナッツを食べ終わったケイジは、携帯をいじっていて、大人しい。

・・車内を見回せば、ガイもたまに携帯を見ていたり、寝ているリースも相変わらずだ。


・・ミリアはポケットから取り出した携帯の画面を見た。

・・・見つめて、上がってくる情報の続きを指で操作しつつ、いくつかピックアップするタブはあの事件の概要だ。


ニュースなどにまとめられ始めている文字や動画、写真の情報を見ていると、さっきまでの警備部の人たちが事態を収拾していた光景が、頭のどこかで重なっていく。

無線の情報が飛び交うあの時の事と、・・静かな、携帯端末の文字の情報とで、1つとなるような。

・・少しずつ記憶が開いていくような。


――――――今回の事件は、市街地の中心部に近いショッピングモールで銃器を保持した集団が確認された事。

・・これは間違っていない。


彼らは警報を振り切って逃走していたとの事。


人が多い場所なだけに、繊細な対応が求められていたようで。


その上で、特能力者が確かに混じっていた事。


盛り上がるやじ馬の人たちの対応に、私たちが四苦八苦していた・・・のも思い出したけど、それは仕方がない。


『危険で凶暴な特能力者が街で暴れた』という事実が・・、携帯端末の中に文字として、、大きく存在している。


それは、目の前でEPFが大立ち回りをしたのだから。

無数のカメラによって映像が撮られている。


まあ、EPFとしては、映像に残されるのは不本意だろうけれど。

制圧時の状況では、手際てぎわは良かったし、大した問題は無かったと思う。


でも、ニュースサイトに並ぶ文字は、刺激しげき感じだ。

『凶悪な特能力者が突然暴れた、負傷者数名』、『EPF出動!テロリストが市民の命を狙ったか?』、『人質への暴行や犯行声明がデマの可能性』とか。

初耳の事案も混ざっているし、本当じゃないらしいんだけど。

・・どっちなのかは、ちょっと気になる。


でもまあ、急いでアミョさんとかに通信して確かめるとか、そんな事をする必要はない。


全てが終わった事だからだ。


事件は、警備部を中心に、『リリー・スピアーズ』の治安維持機関が制圧したのは間違いない。


『――――――無事に事件は解決に向かっている。EPF、および特務協戦の助力に感謝する。』


―――――あの時、耳元をくすぐった本部からの落ち着いた声。

無線に乗ってその声が耳元へ届いた、あの時を思い出した。


それは、定型文の様な響きもあったけれど。

その声は、なんだか、印象に残っている気がする。



「ドニ―のポイントってどれくらい溜まってるんだ?」

って、ガイに聞かれて、ミリアは携帯の画面から顔を上げていた。

「さあ?」

「数えてないのか?」

「すぐ使っちゃうし、」

ドーニーのお店では、10ポイント溜まるとドーナッツが一個もらえるけど。

その上まで貯めれば、オリジナルのお皿としても使えるドーナッツケースとかがもらえるらしい。

「つい最近も食べただろ?貯まってると思ったんだ、」

って、ガイに言われて。

「1個多くもらった方が良くない?」

「まあな、」

それにはガイも賛成のようだ。


甘い香りは、少し気持ちも元気になるというか、食べたくなるけれど。

後ろのケイジ達に持たせていたらきっと無くなるような気がする、魅惑みわくかたまりだ。

あんまり多く食べ過ぎちゃいけないけれど。


ちなみに、ガイが言った事にも心当たりはあるミリアだ。

オフィスで差し入れなり、でよくあるし。

そのドーナッツの箱、膝の上で抱えてる『DOHoney DonDon(ドーニー ダンダン)』のお店のロゴがデザインされた大きめの箱は見慣れてきている。


「でも、装甲車でドーナッツ屋に買い付けるって、初めてだったな」

って、ガイは思い出したのか笑ってる。

ちょうど帰り道に、車道ターミナル内にお店があったので。

「ちょっと見られてたけどな、」

って、ケイジがだらだらしたまま言ってくる。

確かに、あの時は周りの視線が集まったみたいだったけど。

そのお陰でドーナッツを頬張れるんだから、もう忘れてもいい事だ。

それに、眠そうなリースも付いてきたので、みんな一緒にドーナッツを買いに行ったわけで。


まあ、目当ての『ジキティキズ キッチン』の『ラズベリーソース・ハルモニア・ドーナッツ』は売り切れていたのは残念で。

それでも、ケイジもだけど、みんなが『ドーナッツ喰う、食べたい』って固い意思を持ってたので、近くにあった『ドーニー ダンダン』のお店にしておいた。

みんながケーキを食べたいという感じでも無かったし、ドーナッツの種類も多かったからで。

まだ温かいドーナッツの箱を膝の上に抱えていると、甘い良い香りが、やっぱり今もお腹をじわりじわりとかせようとしてくる。


まあ、欲しかったドーナッツ、『ラズベリーソース・ハルモニア・ドーナッツ』は、『ミシニェの苺タルトにドーナッツ ~ラズベリーを添えて~』、みたいな名前の。

ラズベリー味の酸味と生クリームに、と繊細な味が楽しめる、まるで高級

ケーキのような味わいのドーナッツらしい、ってことなので。

オフィスに戻って紅茶と一緒に食べればもっと美味しかったかもしれない。


まあ、いいんだけど、また今度で。

今は、『ドーニー ダンダン』で買った宝物のドーナッツもちゃんと抱えて、気分はお姫様を守る騎士みたいな気持ちだ、たぶん。

とにかく、オフィスまで我慢する事に決めた、まあ、自分の分は既に2個食べたので、残り半分の2個だけど。


「ドーニー ダンダン・・ドーニー ダンダン・・・♪・・・」

って、静かな中で聞こえた、ケイジがお店の歌を呟くように口ずさんでいたみたいだけれど。

後部座席で、どっかりとくつろいでいるケイジは、もうドーナッツを食べ終わったみたいで、ちょっと満足してるみたいだった。


「ワッツ ラヴィニ ・・ヘッ、クぅー・・・・・♬」

って、ノリの良いガイも、どこかで聞いた『ドーニーダンダン』の歌の続きをちょっとすべり込ませてた。


ふむ。


まあ。


 ・・・ふと、顔を上げたミリアが、フロントガラス越しの光景を見れば。

その道路から既に右折していた夜の景色が流れて行く。

街中の景色とはだいぶ変わって、白を基調とした綺麗で新しい道路や建物が見えていた。


自分たちの乗った車が自動的に速度を落として、そのビル内に進入した後は、無人のゲートなどのいくつかのセキュリティシステムが自動的に開いていき、とどこおることなく車道を抜けていく。


車両内のシステムのモニタも動いていて、問題なくオールクリアの表示だ。


それらが続いて、ある屋内までへ車道の誘導灯ゆうどうとうみちびかれるように辿たどり着いたら、その先には頑丈がんじょう隔壁かくへきの入口が見えてきた。


『―――――EAUへお帰りなさい、Uユニット-25のみなさん。』


機械音声というか、不意に車内で、なめらかで自然な声の。


『―――――貴隊の認証、確認が取れました。』


軽装甲車『ラクレナイ』の車内のシステムが、ナビゲートAIによる応答おうとうを始めていた。


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