第24話

 ベンチから離れれば、だいぶ軽い身体と。

ミリアは頭の上まで伸ばした両手で伸びをして、ぐぐぐ・・っと身体を反っていけば、ん-・・って、ちょっと声が漏れる。

身体を伸ばすのは、背筋がぐぐぅ・・ってするような、どこかのなにかが気持ちいい。

小さく、ぽきっと、どこかの関節が鳴るけれど。

ちょっと込み上げるあくびを、押し込むように息を大きく吸いながら、・・高く上げた手のカップは、こぼさないように気を付けていた。


「むげっ、」

って、ガイの首ロックから解放されたケイジらしいのと、ミリアが肩を下ろしたのは、ほぼ同時で。

今までじゃれ合ってたガイは、素知らぬ顔で軽く肩を回してほぐしてて、

捕まってたケイジはストレッチというか、ちょっとだるそうに首の調子を確かめてた。

ミリアがちょっと片脚立ちで体重をかけつつ、かかとを上げてひざを軽く曲げてみて、を交互にしている間にも。

口を真横に開けるような、まるで、かーっと威嚇するような顔で口を開け閉めしてて、歯が見えてて。

「ちっくしょ・・、」

不満そうなケイジがぼやいてたけど。


横目にそんなケイジ達を見ながら、ちょっと歩き始めるミリアは、カップの中の残りの紅茶を飲もうとふたを開けつつ・・・―――――急に、足元の何かにつまづいて―――――って、『ぉわっ』と転びそうになった、足をバタタっと、なんとか踏ん張ったミリアだ。

ぴちゃん、と紅茶の中身がこぼれて、手も、道の上もちょっと濡らしてたけど。

・・あー、って道の上に染みる色を見てたけど――――――


――――――ベンチの上のリースがまぶたを開いて、なにかに気が付いたのは、ちょうどミリアが振り返った姿かもしれない。


それは夕暮れに染まる景色の中にあって、ベンチから少し離れた歩道にいる3人の――――――


「なにやってんだよ、」

「・・・・」

って、言ってくるケイジと目が合えばニヤっとしていた。

ミリアが眉を寄せたまんま、ちょっと濡れた手を振って水気を飛ばしながら、ちょっと不満げにケイジを見たけれど。

「ちゃんと前見て歩けよ」

「うるさい、」

って、ぴしゃりと強めのミリアに、またたくケイジが振り返ってた。

「なんで怒ってんだ?」

「さあな、」

ガイはちょっと歯を見せて笑ってたけど、ケイジはちょっと不思議そうな顔だった。


「ぁーぅ・・」

ミリアが珍しくうなりつつ、手にれた甘さのある紅茶を、ちょっと、ズボンのすそで拭いてしまおうか迷ってるけど。

「入れ物捨てるか、まとめるぞ?」

ガイにそう言われたので。

ミリアは少なくなったカップに口を付け傾けて、残りをごっくんと一気に飲み干した。


手を差し出すガイへカップを渡すついでにミリアが、振り返って声を掛けるのは後ろのリースへだ。

「げほ、けほっ」

き込んでたけど。

「落ち着け、」

ガイがミリアの背中へ手の平を置いて、言ってやってた。

「けほん、リース、こっちだよ、けほっ、」

変に気管に入ったのか、ちょっとせきを残して言うミリアに、ケイジやガイも振り返れば、リースがまだ少し離れたベンチの所で休んでいたのも、今更ながら見つけたわけで。


「大丈夫か?」

「うん。けほ。」

ガイが声をかけてミリアが手を小さく上げて見せる中で、ケイジは暢気のんきに向こうへあくびをしていたけれど。

まあ、ミリアのダメージも本当にちょっとだけで、すぐ落ち着いてきたようだ。

「行くよ。・・ゴミ箱ある?けほ・・っ」

周りを見回しつつのミリアも。

「向こうにあるかもな。ケータリングの場所にゴミ箱があったような。回収用だったかな?まあ、このまま持ち帰るか、リサイクルできるだろ。」

「うん。・・・ぁあ、手を洗いたい、」

「へっへ、ぼうっとしてるからだ、」

って、さっきあくびしてたケイジが意地悪そうに笑うから、・・・またちょっと自然ににらんでる目になってるミリアだけども。

「なんだよ、ぼうっとしてたんだろ?」

「ケイジには後でちゃんと報告書を書いてもらうからね、」

って、んっ・・、って、まだちょっと残ってる喉の奥の違和感に、のどを慣らしたミリアだけど。

「え、なんのだ?」

「・・勝手に動いた方の件・・・っ」

ついミリアの声もちょっと大きくなったけど。

というか、ケイジは本当に例の件を忘れてるのか・・?

「あーあれかー・・、」

ケイジは、すごい思い出したように頷いていた。

たぶん、完全に忘れてたな。

「1人でね。ちゃんとアミョさんにも言っておくから、手伝わないようにしてくださいって」

「ちょっと待て」

「ケイジも1人でそういうの書けるようにならないとね。当然でしょ?それくらい。」

「書けるっつうの・・っ」

って、ケイジが向こうのリースの方をじっと見ているのに気が付いたので、ミリアは言っておく。

「リースにも頼まない、」

制限を足しといた。

明らかに不満そうな顔のケイジがミリアを見ているけど。

「・・・あいつにも書かせろよ、」

「2人とも書かせるから、安心して」

「・・・」

ちょっと声も軽く言うミリアに、不満そうなケイジが無言でこっちを見てるけど、ミリアは気にしない。

まあ実際は、報告書が2枚もるのかわからないけど、まあ2枚あっても困る事は無いでしょう、と思ってるのはだまっておく。

それに、ケイジが今にもため息でも吐きそうな、すごい嫌そうな顔をしているので、ミリアはちょっと、ふむん・・と笑ってしまったけども。

「・・なんだよ、」

「ん、別に。」

ちょっと目を逸らしたミリアだけども。

「私もまだ詳しく聞いてないし。2人の視点から聞かないとね。まあ、リースの方がちゃんと上手に書けるんだろうけど、」

つい意地悪っぽくなったかもしれないけど、ミリアが肩をすくめつつ、横目にちらっと見れば、ケイジがもうちょっと引きつるような笑みで嫌そうだった。

だから、もうちょっとだけ、ミリアの口元がむぃっと動いたけれど。

「お前もちょっとは感謝しろよ。フォローしてやってたんだからな。」

って、横からガイもケイジへ、ちょっと恩着せがましい言い方、かもしれない。

「ぁん?フォローってなんだよ?」

「適当に言い訳でもしてたかなぁ・・、体裁ていさいが良いだろ?」

ガイも今日は悪ノリみたいで。

体裁ていさい?なにをだ?」

「お前らが行った後の説明とかだよ。知ってるか?言い訳はすごく頭を使うんだ」

「んなの知るか、」

まあ、あの時の前提として、私の指示が発端でケイジ達が別れて動いていた、という話になっているからだけど。

それより。

「リース、大丈夫ー?」

ミリアが声を掛ける後ろの、なんとかベンチから立ち上がったようなリースが、もう遠い―――――――夕闇が濃くなってきた頃の、寝ぼけ眼のリースは染まりかけた影と・・・混ざり合うような――――――あの位置から全然動いてないみたいだ。


――――――ミリアは目をぎゅっと、強めに閉じたり、まばたきしながら、色濃い光景の中で、ゆっくりだった足を止めてた。

「お前らもやってみろよ、りゃあわかる、」

「あー、そんなチャンス無さそうだな、俺は。」

そばのガイとケイジはなんか、ちょっと言い合いのような。

「報告書があるだろ」

「ん?」

「報告書は、似たようなもんだろ?」

「・・・あぁ・・、」

言われてテンションが下がったケイジみたいだけど、わかりやすい。

まあ、ガイが言ってたのは確かに、報告書はありのままに報告するのが前提ではあるけど。

いろいろ考えて書いてる内容と、実際起きた事のつじつま合わせとかが言い訳じみてくる、かもしれない。

って事を、ガイは言ってるのかも。

まあ、ちゃんとやってくれれば、それで良いんだけど。

「ケイジ、リースをまたゲームに遅くまで付き合わせたの?」

「昨日はしてねぇよ、」

「ふぅん・・、」

「・・本当だぞ。」

「ん?疑ってないって、たぶん。」

「たぶんってなんだよ」

よくそういう事やってるみたいだし、リースがいつも寝不足気味なのはケイジが半分は理由なのかもしれない、ってちょっと思ってるミリアだけれども。

「それより、今日の事は反省してよ」

「何をだよ?」

「何を?」

って言われて、ミリアはケイジをちょっとまたたくように。

ちょっと上を見て、考えるみたいだけど。

「あん?」

「なんか、いロイろ、」

ちょっと待ったら、ミリアから適当な片言かたことっぽい返事が戻ってきた。

「なんだそれ、」

ケイジはまゆを片っぽ上げてたけど。

「そいういや、『いろいろ助かった』とかの声を聞いて無いぞ?」

って、ガイが言ってた。

「誰が?」

「お前が」

「ぜってぇ言わね、」

って、生意気なまいきなケイジはそんな宣言をしてた。

「お、」

そしたら横から首へガイが腕を伸ばしてて、巻かれる前にケイジが逃げてた。


素早い動きで、なんだかさっき見たような2人のやり取りだけど。

軽いステップに同じ攻撃は通じないらしいケイジと、構わないらしいガイたちが、また距離を取ってじり・・っと間合いで遊んでる。

まるで子供みたい。

だから、1人で肩をすくめるミリアは、またリースのいる方へ振り返って――――――


――――――それが夕暮れの景色で、リースがまだベンチのそばで空を見上げているようなままだった。


・・・・リースが顔を上げたまま動いてない・・のを見ていると、立ったまま寝てるのかもしれない、って思えてきたけど。

イヤイヤ・・・―――――――


「おい!リース行くぞ!」

って、ケイジが、大きめの声で呼びかけたら、リースはぴくっと、ちょっと反応したようだった。

ケイジはまだガイから距離を取って逃げてるけど。


ミリアが、耳元の無線機へ手を当てるようにして、その口を開くのも。

「戻るよ。ここでの仕事はもう終わり。」

無線機を通したその声は、チームのみんなの耳元へ通じる。

遊んでたガイもケイジも、こっちを見て。

リースにも、ちゃんと届いたはずだ。



―――――薄目を開けたリースが気が付いたように。

・・ベンチの傍で立ったまま、あくびを交えながら・・みんながいる方へ、ゆっくり歩き出していた。

かなり、のんびりしてるけど。


―――――――・・それを見てて、ちょっと待ってたミリアも。

両手をちょっと開いて、くくっと。

その小さな反動をつけて、きびすを返して、くるっと回るような。


ゆっくり足を投げ出すのは気ままに、片足のつま先は、舗装ほそうされた地面を、こんこん、と小さく蹴ったりしてみたけれど。


足元に伸びる影も動くのも見ていたけれど。


「あ、ドーナッツ食うか?」

って唐突に、そんな事を言うケイジも、ニヤっと笑みを見せて。

「ん?」

そんなミリアの背中を追って歩くガイも。

「ドーナッツ?」

ぴくっと反応して横顔を見せるミリアも。


ミリアの大きめの歩幅ほはばが一歩、片足からぴょんと、前へ歩き出す。


―――――――みんなを追っていたリースも、夕闇の長い影の中を歩いていた。

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