第19話

 ミリアが、とりあえず、アイウェアの耳元を指で触れたのは、ただの癖だったわけで。

目の前に来て話しかけてきた彼らはチームのような、『EAU』のジャケットも着ているし、装備もそれっぽいので、自分たちと同じ『EAU』の所属だと思う。


ちらりと確認してミリアが視線を戻すと、近づいてきた目の前の彼の背が高いので、見上げる格好になる。

最初に声を掛けてきたリーダーっぽい、体格の良いスキンヘッドの彼は

風格があるというか、いかめしさのある顔つきの男の人で。

強面こわもてというか、目が合っても片眉を上げたくらいで、表情を大きく動かすことは無い、という感じみたいだ。

彼の後ろにいる他のメンバーは男の人だけらしく、体格の良い人たち、4人か。

その内の1人が鼻と口をほおまで覆うマスクは派手な明るい緑色で、『EAU』が支給するそれを着用している人や、彼らの中で比べて若そうな人もいて、年齢などもバラバラのようだ。

彼らは別に、こちらを目指して歩いてきたというより、たまたまこちらを見つけたような、ちょっとのんびりしているような様子で。

こちらへ目を留めたのも、リーダーっぽい彼が声を掛けたから、辺りを眺めてたついでに目に入った、という感じだった。


要は、暇そうな、という印象をちょっと持ったミリアだけど。

まるで、自分の後ろのケイジとリースみたいな、って。

さすがに彼らは、わかりやすい欠伸あくびはしてないけども。


そんなミリアが耳元へ上げた指先が触れる、アイウェアを通した視界ヴィジョンに動く光と、文字とで混じり合う彼らは、識別表示もちゃんと仲間だと反映されているし、問題が無さそうなのはわかっている。


『EAU』であるという識別表示が無いのはちょっと気になったけれど。

それはたぶん、現在が警備部主導の3IOスリーアイオーシステム(作戦情報処理システム)、を用いて私たちが繋がっているからだと思う。

そのシステムのベースに使われてるIISトゥーアイズ(連統合システム)は、速やかに編隊する時や作戦行動時などでの情報共有に便利なものだけれど。

今は許可が一部で無い状態、私たちチームがお互いの情報を見る権限が無いようだ。

それはたぶん、セキュリティの観点だと思えば、今の状況では納得できる。


他のいくつかの組織、警備部や『EPF』などを含めて、更に外部の組織が加わって特務協戦、私たち『EAU』も加わる状況だ。

共に情報で繋がる組織が多く、つ不特定多数になるので、情報漏洩ろうえいにも気を配ってるんだろう。

今回の事件の対策本部の方で、ワンタッチで強い制限をかけられるはずだし。


同じEAUのチーム同士でも、他のEAUチームの情報が見れないような、そんな強い設定は、ちょっと気を使い過ぎというか、厳しいような気はするけれど。

それよりも諸々の情報漏洩ろうえいとか、人為的なミスの方が怖いし、って感じだろうか。

さっきのケイジとリースが抜けた時みたいに、オペレーターのアミョさんたちの方である程度は自由に許可をもらえるみたいだし。


ちなみに、私たちが見たり収集した事件に関係する情報も、場合によっては軍部などの権限で没収するくらいはやるらしい、って聞いたことがある。


「お前らも呼ばれたのか?」

って、リーダーらしい彼が私を、それからガイへ目を移した。

ミリアは、どう答えようか、ちょっと迷ったけど。

同じEAUでも、仕事の内容は気軽に口にしない方が良いだろうし。

ガイが、ちらっと私を見たような、そんな気がして顔を上げたら、ちょっと目が合った。

だから、私は小さく、こくこくと頷いてみた。

それを見て、ガイが顔を上げた。

「ええ、別件に関わっていて、それから緊急招集がかかったって感じですね」

ガイが彼へ、そう答えてくれてた。

「そうか、」

まあ、ガイの言う通りで、おおむねそんな感じだ。



「みなさんはEAU本部から出てきたんですか?」

ガイはそれからも、彼らへたずね返してた。

「・・いや。ちょうど近くに来てたところをな。そしたら緊急招集、参ったね。」

大きな肩をすくめるような彼で。

案外、彼も欠伸あくびを我慢しているのかもしれない、ってちょっと思った。

「ですね、こんな事になるとは・・思ってなかったですよ、」

「・・お前らはこの辺で動いてたのか?――――――」


彼とガイが話す横で、ミリアはちょっと彼らを見てたけど。

こっちを見つけて、声を掛けてきたEAUの同僚の彼らは、きっとたぶん、こちらの顔を知っていたみたいだ。


もう一度、ちょっと彼の顔を見上げつつ考えてみたミリアは。

ちょっと、2、3度瞬いた後に、彼と目が合ってたのに気が付いて、ミリアはちょっと頷くような風にしてた。

だから、彼はちょっとだけ肩をすくめたみたいだ。


・・・うん、会った事あったかな?って。

たぶん、本当に、1度か2度か、ミーティングかで、たまたま同じ場所にいたのかもしれない。

顔に覚えがあるような、無いような、そんな気がちょっとしてきた。


ミリアはちょっと、横目にケイジとリースを見たけれど。


5Mくらいか、少し離れた所でケイジたちが、・・まあ、こっちを見てて、会話にはあんまり興味なさそうで、近づいて来ない。

というか、ケイジが、『めんどくさそうだな』って感じの顔をしてるのがわかる。


リースも、この距離からでも眠そうなのが見て取れる。

私が見てたからじゃないとは思うけど、一応、顔を背けて、見られないようにあくびを手で彼らから隠していたみたいだけど。


『――――――そういや『馴化治療』ならリプクマへ、って感じじゃないんですかね?』

って、ちょっと気になる単語も、耳元の通信から聞こえてきた。


と、あっちのメンバーの人が口を動かしているのと合わせて、無線機での会話が耳元に聞こえている、のにも気が付いた。

『今回はさすがに、軍部の息がかかった病院へ運ばれるだろ』

ここにいる彼らも、EAUの共通チャンネルでの自由で気ままなお喋りに参加していたみたいだ。

『もし俺ならリプクマがいいけどなぁ、一番評判いいんでしょ?』

『俺らはよく知ってるからな』

『そりゃ知り合いもいるし、割引価格で受けられるしで・・、』

『そういうことじゃないっすよ。』

『割引価格なんてあるのか?』

『ジョークだろ、』

『EAUに所属してるならリプクマじゃあ、それなりの優遇があるだろ』

『この前、無料で風邪を診てもらったよ、』

『俺、病院行ったことねぇんだよな』

『え、一度も無いのか?』

『家族割引ってあんの?』

『規約を読めよ』


なんか、変な、ぐだぐだな話に流れてるみたいだけど。

馴化じゅんか治療』は、簡単に言えば、発現した人のその能力を身体に慣れさせるため、馴染ませるような、つまり『馴化じゅんか』をうながすための治療全般のことで。

彼らが話しているのは、どちらかと言うと、発現関連の医療の話だったのかもしれない。


「――――そろそろ帰れそうだってのに、なかなか終わるもんじゃないようだな、」

って、リーダーっぽい彼が、ガイや他の仲間と話しながら周囲の状況を見回すような。

胸の前で太い腕を組んで、ちょっと不満っぽい事を言っていたけど。

「そうですね。さっき『お疲れさん、ありがとう』ってみたいな事を偉い人が無線で言ってたみたいですけど。予定でも変わったんですかね?」

「人が多けりゃ何をやるにものろくなるさ。いる意味が無いのに解放されないのは勘弁してほしいが、」


笑み混じりのガイが、なんか溶け込んでるな、ってちょっと思ったミリアだけど。

ああいう、たぶん初対面の人でも、ガイは色んな人とすぐ普通に仲間みたいによく話してるから。

素直にすごい点だとは思うけど、ガイの、ちょっと変わってるところ、っていうか。


『あんまり市民には周知されてないっていうけどさ。実際はリプクマの発現者への活動が一般的に周知されていないってのが実情だろうな―――――――』

耳元からの声がちょっと気になって。

もう少し、ミリアは無線通信の音量を下げ・・・ようとしたけど。

やっぱり、近くの会話も、無線での会話も、聞こえるようなのが良いので、バランスの良い所を探してみてる。

『そもそも発現者が世の中に受け入れられてないんだよ、まだまだイレギュラー普通じゃないんだ、』

『マジトーン止めようぜ?』

『案外、核心かくしんだけどな』


「―――――――まだ警戒中らしいが、もうそんな雰囲気じゃねぇよなぁ?お前らは?お前らもか?」

「俺らも警戒中です、」

いくつかの会話を耳に入れながらミリアが、ちょっと見ていたのは、向こうのチームの彼らの様子だけれど。

この事件の間、彼らもこの現場にずっといたらしい。

まあ、今は、緊張感のない様子で仲間と話してたりするけど。

警戒中と言ってるし、うちと似たような状況か。


「あのビルの中の後始末、していたらしいが。もう時間をじっくりかけたとしても市民の救出は済んでると思うんだが」

「そうなんですか。」

「他になにかあったのかな?」

「なにって何が?」

「まずい事が起きたとかで、証拠隠滅しょうこいんめつ中だとか、」

陰謀論いんぼうろんは嫌いだ、冗談でもな」

「『あっち』の情報って、全然入って来ないんですよね―――――」


『―――――『リプクマ』は今回の事に関わらないんですかね?』

『ん?なんで関わる必要がある?』

馴化じゅんかしてないとしたら、相当ヤバイんじゃないかと思って』

『確かに、ムチャクチャに見えましたね。あいつ、発現影響、効果が、』

――――やっぱり、思う所がある人がけっこういるみたいだ。

『まあ、リプクマだったなら受け入れるんだろうがな・・』

彼の発現した様子からしても、あれは珍しいケースだと思うし。


「―――――移動しよう。一緒に戻ろうぜ、」


ふと、前を歩く誰かの、また誰からともなく歩き始めていた足にミリアは気が付いて。

「俺たちは戻る方向へ歩いてたんだよな、言われてねぇが、」

向こうのメンバーの人がそう言ってた。

傍のガイも向こうへ足を向ける途中で、でも、こっちをちらっと見たようだ。

目で確認を取ってきたようだけど、特に問題は無いだろう。

ミリアはガイを追うように、一緒に傍を付いて歩き始めた。

加わった彼らが行き先を決めて、とりあえず、決まった行く当てもないような集団に加わったような、そんな感じだったけれど。


『―――――どっちにしろ、特能力があるなら簡単には手放さないだろ』

『どう扱うんだ?ああいうの。』

『牢屋に放り込むのかね』

『『EPF』って機動系に偏重へんちょうしてるっていいますしね、』

『『EAU』とは違うらしいな』

『あいつは機動系じゃないだろ』

『気を付けろよ?警備部の方で繋がってるからな?』

『やっぱマズイか?』

『マズイんだろ』

『この話題が?』

『お前ら、周りに聞こえるくらい大きな声で話してるんじゃないだろうな?』

『そりゃまずい――――――』


「―――――よりによって、でかい事件になっちまったなぁ」

―――――さっきから、さしてにぎわいの変わらないような、街の様子を眺めていたミリアが振り返れば。

ついでに、視界の端に、その彼の後ろで欠伸あくびをしている向こうのメンバーがいたのも見えたけど。


「今日は幸運の日ラッキー・デイって言ってなかったか?」

「お前のラッキー・デイは当てにならねぇな」

「俺が占ってるわけじゃないんすけど。」

「なんだったか?『すいがせ』?」

「そう、いやそうじゃないけど。『水ヶ星の占星術』っていう有名な占いを使ってる由緒正しいやつらしいですよ?」

「聞いたことねぇんだよなぁ・・」

「それちゃんとしてるやつなのか?」

そんな、苦笑いしてるような向こうのチームの彼らみたいだ。

「メドホン占星術っていう・・・」

「さっきも聞いたよ。結局、そいつが自分で改良した占いってことか?」

「たぶん、そうです」

「怪しいじゃねぇか」

「めっちゃ有名なストリーマーなんですけどね。いろんな道具用意して占うのも面白いし。ランプの油が焦げた跡がほんと、ドラゴンに見えるんですよ。んで、太陽の満ち欠けまで聖なる布の燃えた跡が予言して、」

「話聞くと面白いんだがな、」

「ドーナツだろ?」

「そうっす。ドーナツを食えばいいって、結果が出ました」

「なんでドラゴンがドーナツになるんだよ」

「そういうのが良くないんだよなぁ、」

「えぇ・・?」

彼らは笑ってるけど。


変な占いにハマってる人がいるみたいだ。

まあ、話を聞いてたら不可思議すぎて、ちょっと見てみたさが半々、って感じになってきたけど。



『――――――EPFが、特に機動系に偏っているんですよ。わかりやすく崇拝すうはいしてるって感じで、』

『おっとぉ、さすがにそれは良くない』

『いま警備部の方では『参考人』を取り逃がしたって揉めてるらしいってよ』

って、ぴくっと、ミリアは目を、ちょっと、また左に動かしてたけど。

『なんだ?その話』

『マジそうな『噂』を急に投げ込んでくるなよ』

『それ言っていいヤツか?』

『あんまダメなヤツだろ、それは。』

『ビビってんのか?』

『あん?』

『ここだけの話にしとけよ?』

『おう、』

『いや、オペレーターから言わせてもらうと、『後でリビングに集まって仲良くお喋りしな、お前ら』。このチャンネルを閉じる。無駄口が多いって上から注意されたところだ』

『あ、はいっす』

『マジかよ、お喋りくらい良いだろ?』

『緊急時にだけ開くからな、全員大人しくしてろよ』

『なんか面白いキャスト的なのを流してくれりゃ、おとなし―――――――』


って、耳元の声が、途中で途切れたけど。

彼らのなけなしの娯楽ごらくが無理やり遮断しゃだんされた、って感じだった。


「まあ、占う動画が面白いんで見てるだけなんで、内容は気にしちゃないっす、」

「案外ドライだよな、」


―――――ただ、ミリアが肩越しに横目で見ている、ちょっと瞬くように見ている、あそこのケイジは後ろで。

歩いて付いて来てはいるけど、その横顔は向こうの景色を眺めているようで。

たぶん、あの会話は聞いていなかったな、って思う。

そんな素知らぬケイジの顔だから。


不意に思い出していたのは、さっきの事だ。

ケイジはEPFの人と一緒にいた事。

どこかへ飛び出して行ったと思ったら、知らない人たちと一緒にいた事。

別に、それがおかしいってわけじゃないし。

ケイジの交友関係なんて知らないけど。

あの時も不思議に思ったし。

ちょっと引っかかったような気もしてた。


それはなんでかって考えたら、たぶん、珍しいからで。

たぶん、それだけなんだろうけど。



ミリアは、1歩1歩、舗装された道の上を見つめながら、歩きながら。

彼らの会話は傍で、雑踏ざっとうの空気も聞こえてる。


たむろう警備部の人たちが多くなってきた道の上は、こちらが注目されているのか、たまに遠目の誰かと目が合うような気がするけれど。

『EAU』っていうのも、警備部からすれば、協力はしているけれど見慣れない集団だろうし。


ビルに囲まれた街の姿は、サイレンを鳴らさない点滅する光が、車両やビーコンから溢れ出て色が駆け回っている。


道の向こうでは未だに市民の人たちが集まっていて、事件を危険だと思いながらも知りたがっている人たちなのか。

それも、混乱が起きたりはもうしないと思う。


街は穏やかじゃないけれど、周辺の警戒に異常はない。

不審なものの報告も入っていない。


警備部の関係者の人たちがたむろしていたり、誘導に立つ人たちの様子も、緊張感は程よく解けて来ているような気がする。

少しずつ事件が収束に向かっている、っていう気持ちが周りから見えてきている気はする。


同僚とのお喋りに笑みを見せる彼らは、この事件があった場所の光景を眺めては、手に持った飲み物を傾けて飲んだりして。


街を照らすサイレンの光は、まだ駆け回っていて、消えていない。


『―――――チームBブラボー5へ。待機指示に切り替わる。各自の車両へ戻って待っていてくれ、』

不意に、耳元の無線通信から来た指示は、アミョさんの声じゃないみたいだけれど。

『繰り返す、チームBブラボー5へ、指定の場所で待機だ。言っとくが、まだ作戦中だ。連絡は常にできるようにしとけよ、』

「了解、」

応答して、傍のガイを見れば、ガイと目が合って軽く頷いてきた。

ガイも無線の指示はちゃんと聞いたようだ。

ちゃんと、ケイジやリースも同じものを聞いているだろう。

警戒が終わり待機するという事は、たぶん、ここでの私たちの出番も終わりに近いのかもしれない。

「・・ああ、わかった。了解だ。」

と、ミリアの傍の、チームリーダーらしき彼も同じように通信へ応答したようだった。

顔を上げると彼と目が合った。


見つめ返してくる彼は、何も言わないけど。

たぶん、彼も同じような指示を受けたんだと思う。


「ま、今日は、これで仕舞いだろうな、」

そう、彼はやれやれといった風に、独り言のように言っていた。


ちょっと、頷くミリアは。

それから、ポケットから携帯を取り出して、アイウェアの視界ビジョンを操作して設定を切り替えつつ。

「けっきょく、『EPF』だけで事足りてるんだよな、」

向こうのメンバーの誰かが、ちょっと辟易へきえきしてるように言ったのも聞こえてた。

・・まあ、自分たち『EAU』は『特務協戦』として招集されているはずなのに。

重要な制圧の役割などは、『EPF』や警備部のハイセキュリティ・チームがやっているわけで。

戦いの場に立つのが、必ずしも良いというわけじゃないけれど。

私たちが、充分な準備ができているかもわからない状況で。

でも、それに少し不満がある気持ちはあるみたいで。

なんとなく、そんな気持ちが彼らにはあるのかもしれない、って思った。

彼らも、私たちと同じ、周囲の警戒しかしてなかったらしいから。

そういうものだと思う。


「被害が広がらなくて良かったです。」

ミリアがそう言いつつ。

視線を落とした手元の携帯から、・・顔を上げたミリアは、その光や色のガイド交じりに視界ヴィジョンが切り替わって、次に向かうエリアが強調表示されるのを見つけた。

「・・ま、そうだな、」

そう低い声も聞こえた。

ミリアの、ヴィジョン越しに見えた、傍のリーダーの彼は。

何度か軽く頷くような、納得するように、事件のあった中央の広場の方へ顔を向けたみたいだった。


「まだまだ賑やかそうっすね、」

向こうを眺める彼らのチームは、目を細めるような。

「ありゃぁ異様な光景だろう、」

・・・彼らが言う言葉も、なんとなくわかる気がする。


「俺らの仕事は無事に終わりだ。」

――――――そう言ったリーダーらしい彼の低い声も、含めて。


まだ思うようなところが、ちょっとはあっても。

次第に顔を前に向けていく彼らの横顔は、大して気にしていないように見えた。


「もう少しで夕飯食いたい時間か?」

「何食おうっかな。」

「一緒に食いに行くとかしたい人います?」


歩く彼らは、ちょっとばかりの引かれる気持ちはもう、忘れる事にしたみたいだ。


「仲良く飯食いに行くとかやらねぇよ、」

「多い方が楽しいでしょ。そっちは?ガイとかミリアとか、腹減ってるんじゃない?」

って、私も名前を呼ばれたけど。

「あー、こっちもまだ仕事があるかもしれないんで、」

「そうなんか」


ガイが断るのを、ちょっと残念そうな彼みたいだけど。

ミリアが気が付く、周囲に見える人たちの配置がまた少し動き始めているらしくて。

談笑をしていた人達も無線で誰かに呼ばれたように、応答した素振そぶりを見せて移動を始めていた。

そうやって、向こうの車両の群れの方へ道を横切って行ったり。

誰かの指示をもって動き始めているのは、なんとなくわかった。


『――――へい、トリッキーで緊急のお知らせみたいだ、』

って、耳元から急に、無線の声がした。

ぴくっと、ちょっと、ミリアは耳を澄ませて。


『――――――ぉいおい、みんな、警備の方でドリンクとか軽食配ってるぜ、』

って。


耳元の無線機から誰かの、ちょっと楽しそうな声が聞こえてきた。

『警備部のケータリングみたいだ、』

「お、そんな事もしてんのか、」

『そりゃ大変だ、』

・・えっと、自然とミリアの視界に入ってたガイや、他のみんなもちょっと、笑ってたみたいだ。

『DJオフオフールからのお知らせだ、』

『ふざけてんじゃねぇぞ、フォビー』

「長引くとちょっとは楽しめるもんだな、」

「はは、」

向こうのメンバーの彼らも、リーダーもちょっと顔をゆがめるように、ちょっと可笑しそうに笑ってた。


『俺らもいいのか?』

『そうっぽい』

「いい情報どうもっす、」

「あっちの方だ、行こうぜ、」

彼が教えてくれる人差し指の先は、車両が多く集まる方で、警備部を中心に本部が置かれている場所のようだ。

それに、ほぼ同時に、ミリアのアイウェアの視界ヴィジョンにも、わかりやすい目標表示ターゲットマーカーが表示されていて。

つまり、軽食配給の場所が、EAU内での現在の最重要事項になった、という事みたいだった。


みんなに、ちらりとこっちを見て誘われたような、ミリアもガイたちも彼らと同じ方へ足を向けてた。

「俺、こういうの初めてだ、」

「早めの夕飯かね」

『警備部なんて、どうせどっかの安物ジャンクのホットドッグとかだろ?』

『ぱさぱさのパンに?』

『何の肉かわからないようなソーセージ、』

『ケチャップもマスタードも無いぜ、ホットドッグかよこれ?』

『そりゃぁ、めちゃくちゃ刑事っぽいな、へっへ、』

『今時そんなの食ってる刑事いるんですかね?』

『お前らドラマの知識だけで話してんだろ、』


いろいろ言ってるけど。

ちょっと楽しみにしているような彼らみたいで。


『お、『テッチ・フォックス』知ってるか?』

『なに?』

『ドラマ、刑事ものだ、それのセリフだよ』

『有名なのか?』

『少なくともここにマニアがいる、』


隣で一緒に歩いてるガイも、ちょっと笑っていた。


それから、ミリアが振り返る後ろの方では。

少し遅れてるけど、ちゃんとこっちに付いてきてるケイジとリースがいて。

舗装された道の上でぶらりとこっちへ足を向けているのは、相変わらずダルダルそうだった。

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