第18話
ミリアがちょっと、その小石や舗装された敷石の目を狙って、靴の固いつま先を下ろしたり。
そういう、少しの遊びを見出し始めていたかもしれない。
別に、暇だからというわけじゃないけども。
路上を歩くままに、遠くを見ているよりも、息抜きに近くの石ころとか、足元にあるものへ視線を落とすのは自然な事だと思う。
・・遠くばかり見ていれば目が疲れるし。
・・・ただでさえ人が多く賑わしている事件現場が、ずっと何時間もいる場所になるのなら。
そう、退屈そうといえば。
やや後ろで歩くケイジやリース達がたまに足を止めて、オフィスビルの入り口前とか、お店の前、サンドイッチやドーナツのお店の前とかで見上げていたりするような様子は、完全に
『―――――なんかEPFの話題ばっかりニュースになってるけど、『発現者』がいましたよね。・・やっぱり、あのまま彼らは拘置所に連れて行かれるんですかね?』
それから顔を上げるミリアの、その耳元に入った無線通信の話題に、自然と目が左に寄せられたのは、ちょっと興味を惹かれたからだった。
『だろうな?それがどうした?』
『怪我していそうだったんで。軍部が回収となるとどうなるのかなぁ、って思いまして、』
―――――そういえば、街の至る所にあった、ビルの上で動いていたムーヴィングの広告などが、静止画にすべて切り替わっている。
この辺りが警戒域に指定されからの配慮なんだと思う。
『まあ、『ザレッド』に押しつぶされてたしな、』
『正規の手続きを踏むとなれば一度病院へ行って、そこから再逮捕だろうな。』
それから、路上でケイジやリース、それから右隣でガイも一緒に歩いているけど、既にぶらぶらしている感じなのが、ちょっとさっきから気になるけど。
まあ、不真面目そうなケイジ達がよほど変な事をしてなければ、別にいいか。
市民の目もある中で、変な事を・・・例えば、ジャケットを羽織ったまま変な物を買い食いとか、ケンカとか?
EAUの品位が疑われるような、なんか、ふわっとしたものしか思いつかないけど、とりあえず、そういう目立つ事をしなければ問題ないだろう。
オペレーターの方で、アミョさんがモニタリングしているだろうし。
私が叱られるのは、嫌だし。
それに、急にケイジがまたどっかに飛び出していくなんて言い出したら、『今回は絶対にダメ』、って言って。
それでも行こうとするなら羽交い絞めにしよう、とも思っているのはガイにもまだ言ってない。
『今回の『発現者』の場合だと?逮捕の手続きは変わらないんですかね?』
『基本的には変わらないはずだが、』
『ああ、それな。』
――――――そんな無線通信からの声は、ミリアがまた街の景色を見回す中で、ちょっと砂が混じるような風があるから、少し耳を
『あいつ、発現に
『それです、治療受け入れも向こうでやるんですかね?』
『本人が訴えるなりすれば、適正な治療を受けられる。病院は選べないだろうがな。』
『法律上は、人権に配慮ってやつだ。』
『リプクマにも来るかなってちょっと思ったんですけど』
『まず無いだろ』
『軍部が連れて行くだろうよ』
『でも、変な『発現』の仕方もしてましたよ。ありゃ『自分が痛そう』だった、』
『だな、』
『そういや、みんなあんまり言わないけど、発現効果の影響量なら規格外クラスだったんじゃないですか?』
『さっきちょっと話題に出てたぞ、』
『規格外は言い過ぎだな。あんま見ないレベルだったんじゃねぇか?って感じか?』
『珍しいのは違いないがな』
――――――彼らが言っている『痛そう』というのは、単純にそう見ええた、という感想だと思う。
私も見ていた、事件のあの時、ビル内から飛び出してきた徒党の中にいた『発現者』、彼は身体にまとわりつくような紅い結晶を発現したように見えた。
その生成量も多く、過程が強く激しく見えたのは、私も同意見で。
あれが全体的に紅く見えたからとか、血の色に見えたとかも理由にあるかもしれない。
でも、一瞬でも、まるで、彼自身が、能力で自身を傷つけていたように見えた。
もしかしたら、彼の発現
それなら、日常生活を送る上で支障がある状態、『発現による
『『あいつ』にも同情するぜ、今日の主役になれそうだってのに、もう忘れられそうだ、』
『口が良くないぞ』
『冗談だよ、これもダメか?』
『ダメに決まってんだろ』
―――――もし彼に、『発現による
いくつかのケースが考えられるとしても、『出血したり、肉体的に無理な圧力がかかる、変形などを擁する場合』は『過度な自傷状態』である。
それは、リプクマが独自設定している『発現による弊害分類』上では、『状態危険評価4』より上になって。
ドーム群での発現医療の、一応の共通基準とされている目安でも、『
つまりは、どちらの基準でも彼は要入院、『馴化治療』が必要なレベルになる。
まあ、しっかり『
でも実際、『重度な障害』までの影響を発現効果で出せる人は少なくて、
・・でも、稀だからこそ。
こんな所に彼がいたという事や。
大きな事件があったとか、・・なにか特殊な状況が起きているのかなって、思う・・・。
なんか、自分でもよくわからないんだけれど。
・・なんか、なんていうか、予感みたいなものが――――――
『あれは『特能力者』だったのか?』
『どうなんでしょうね?後で聞いてみるかな、EAUで記録とってあるでしょ?』
『特能力者ねぇ・・、まだ訓練が必要そうだったが、』
――――――まあ、嫌な印象だったとしても、ただの見間違いの可能性もある。
逆に、そういった強い発現効果を持っている人でも、それでうまくいっているという人もいるから。
誰かが言っていた、『人は、常識的な想像の中よりも、強いものらしい』から。
『そんな感じもしたし、暴走してたのかもって感じでしたね、』
『実は『走査系』って、見るだけでわかる奴もいるらしいな、』
『マジすか?』
『あぁ、でも聞いたことあるな。『発現』の何かがわかるとか、感覚みたいなヤツで』
『すげぇよな』
『あいつがどんな構造を生成したのかも気になるなぁ』
『研究者の意見がプロフェッショナルすぎる』
『自分で発現したやつが自分の身体に刺さりそうだなぁとか、見てるだけでちょっと痛そうでしたね』
『やめろよ、鳥肌が立ってきた、』
―――――ふむ。
たぶん、私と同じような考えの人も多いみたいだ。
『自傷』状態か・・。
・・・ミリアが、息を大きめに吸い込んで胸を広くして。
・・ちょっと、ぷるぷるしてきて・・・あくびが出かけたのを、我慢したけれど。
ちょっと、むず痒い感じが過ぎて。
ほっと息を吐きつつ。
・・・振り返れば・・後ろの、ケイジとリースが、また道の上での、距離が離れていた。
「あいつら、大丈夫か・・?」
って、ガイが、肩越しに同じ方を見て言ってた。
ケイジとリースは、暇そうというか。
ケイジとリースは、元気が無いのかもしれない。
それは、さっきなにかあったから疲れたのか、とか、わからないけれど。
とりあえず、立ち止まって。
ミリアは、ちょっと胸の前で腕を組んで。
ガイも気が付いて、足を止めたようだ。
それから、その街の光景の中にいるケイジとリースの様子を、ミリアとガイはその道の上で待つことにした。
―――――『ザレッド』、ってあのEPFの?』
『ああ、『インフロント4』の隊長、』
『顔が見えたんですか?』
『ちらっと見えたが、よくわからんかった』
『オペレーター連中で噂してたみたいだ、』
『あぁ、向こうで分析してますもんね、』
『EPFは機動系が多いらしいからな。素人相手にはうってつけだ』
『てことは、『ヴァルソグン』も来てたのか?』
『同じチームだっけ?』
『『ヴァルソグン』?それもコードネームなのか?』
『知らねぇのか?美人だってよく出てるだろ?』
『名前のインパクトがすごい、』
『女か、』
『ありゃ美人だ、』
『ほらよ、こいつだ、』
『お、美人だ、』
『みんな詳しすぎですよ、」
『そりゃぁ、お前、周りにオタクがたくさんいるからな。名前くらいは勝手に入ってくる、』
『研究者をオタク呼ばわりしないでください、』
『ははは、EAUなら大体そうだ』
『間違ってねぇだろ?』
『だいぶ違いますよ。それに、興味があって話を聞いてるなら、あなたもその仲間ですよ、』
『お、名言だ』
『なんでこんな美人なのにEPFやってんだ?』
『広報部隊なんだろ?』
『まぁ、美人の方がいいよな、』
『『特能力者は変わり者、EPFになろうって奴はさらに変わり者』、って言うだろ?』
『美人が軍隊入りってぇ経緯は気になるよな、』
『それハラスメントに当たるかもですよ、』
『え、これも名言じゃねぇのか?』
『いや、どっかで聞いた、スラングだろ』
『『特能力者は変わってる』ってとこは、あながち間違っちゃいねぇけどな。』
『お~い、』
『おーい、』
『あぁー、』
『やっぱ今のなし、』
『はっは、』
『何人いるんだよ、ここに、特能力者が、――――――』
・・なんか、他の人たちは遊んでるみたいだけど。
ミリアは、またちょっと、たくさん息を吸い込んで、あくびが込み上げそうなのを、ちょっと堪えていて。
さっき話に出ていた――――――『ザレッド』というのは、あの時、彼を取り押さえたEPFの人らしい。
EPFにとって、社会的に公開している『コードネーム』があって、『ザレッド』もそうなんだろう、聞いたことがある。
それらは
まあ、ネットで見たような
その『ザレッド』という彼、部隊の隊長らしい彼は、あの時に暴れた容疑者をスタンで気絶させた。
広場の前で、衆目の中で、容疑者を地面に倒してスタンさせた。
それは見事な手際だったし、その処置は適切であった可能性は高い、と思う。
なぜなら、情報のない『発現者』である暴徒を追いかけていて、その彼の意識がある限り、次の瞬間には何が起きるのかわからないから。
また、もし彼が『発現による
『ザレッド』という人が、彼の状態を見てすぐに理解した上で・・なのかは、わからないけど。
取り押さえた相手への容赦ない攻撃に見えても、容疑者自身の安全のためにも、拘束したEPFの彼の安全のためにも、あれは
―――――よお、おつかれ」
不意に低い太い声がした。
ミリアが、呼びかけられたのに気が付いて振り返ったら、知らない男の人たち、かな・・?
いや、EAUのジャケットを着ている人たちが、こっちに近寄ってきていた。
「おつかれさんです」
向き直ったガイが率先して挨拶してた。
だからミリアも、EAUのジャケットの
「どうも。」
よく見れば彼らの顔にも見覚えがある、かも。
EAUの本部内で見た気がする、・・名前は出てこない、というか、知らないと思う。
『彼、リプクマに運び込まれたら研究者連中がちょっと集まりそうですね。』「お疲れ様っす。」
って、耳元の無線通信からの声とシンクロするような、途中で切り替えたらしい、後ろのちょっと声の調子が軽い感じの彼は、無線通信でのお喋りに今も参加している人みたいだ。
たぶん、他の人も共通チャンネルでの会話に参加しているのかもしれない。
『―――――研究者は珍しいサンプルが大好物だからな、』
それに、一番に話しかけてきた彼、スキンヘッドでジャケットの上からでも体格が良いとわかる彼はこっちを少し、見て来ていたのは、ちょっとじろじろした視線に感じられたけど。
たぶん、彼がリーダーだろう、そんな感じがするというか、やっぱり姿を前も見たような気がするし。
そんな事を考えながら見上げてたら、目が合った彼は肩を竦めたように言ってきた。
「お前らも放浪中か?」
って。
えっと・・・。
「ええ、まあ、」
って、ガイが
放浪、っていうか、警戒中なんだけれど、たぶん、彼の冗談で。
まあそれはいいか。
――――――そんな事を考えつつミリアが、とりあえず、アイウェアの耳元を指で触れたのは、ただの癖だったわけで。
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