第26話 僕の記憶
これで、黒柳も試験に合格して喜んでいるだろう。武田に抱きつかれたまま、そんな事を考えていると、ホウキに乗って、こちらを見ている黒柳が目に入った。恐らく、初めからずっと見ていたのだろう。
「黒……柳」
恋の魔女は泣いていた。あふれる涙を拭うこともなく、大粒の涙を滝のように流しながら、こちらを見ていた。
「ち、違うの。これは、そうじゃないの」
それは喜びの涙ではなかった。
悲しみの涙。
「ごめん、あーくん」
そう言って、黒柳はホウキに乗ったまま、空の彼方に逃げていった。
「え!? 月子?」
武田も、彼女の存在に気が付いた。
『ごめん、あーくん』
その言葉とあの泣き顔を見たのは、初めてではなかった。
いつ? どこで? 誰と?
あれは小学一年生の頃だろう。僕の家の前で、まだ小さかった彼女の隣には彼女の母親が一緒にいた。
彼女は泣きじゃくっていた。
そして、彼女の母親にも謝られた。
『ごめんね。でも、もう私達のことを思い出すこともないから』
そう言って、黒柳の母親は僕の頭に手を触れた。
フラッシュバックするように、記憶が戻ってきた。
彼女とは、黒柳月子とは、小さい頃、友達だった。いや友達なんてものじゃない。親友だった。
小学一年の時に彼女と同じクラスになった。彼女は可愛く、活発で、男の子からも女の子からも人気だった。男の子のようなさっぱりとしたショートカットに白い肌。中性的だけれど美人な彼女とみんなが遊びたがった。そんな中、僕だけは、幼稚園の頃からと同じように一人でいた。そんな僕に彼女の方から話しかけてきた。
なぜが気が合った。
他の子達は色々と言っていたが、彼女は全く気にせず、いつも一緒だった。
「どういうことだ?」
僕は膝を突いて、急によみがえって来た記憶に、文字通り頭を抱えていた。
「菊池君、大丈夫?」
急に苦しみ始めた僕を心配した武田が、身体を支えてくれた。
「ああ、大丈夫だ。それよりも、つーちゃんを、黒柳さんを探そう」
「どういうこと?」
「詳しいことは僕も分からないけど、彼女は泣いていたんだ。だから、探さないと」
「……分かった」
武田はそれだけの説明で、納得してくれた。
彼女を探して詳しい話を聞かなければいけない。彼女の涙の意味も。
しかし、彼女はどこへ行ってしまったのだろうか?
まず考えられる場所が一つある。
「彼女の家に行ってみよう」
「月子の家を知ってるの?」
「昔と変わってなければね」
僕と武田は走り出した。
息が切れる僕の後ろを悠々と着いてくるのは、流石は陸上部。
そして、僕の記憶を頼りに、昔の黒柳の家へと到着した。
結論から言うと、黒柳の家は昔と変わっていなかった。僕の家から歩いて五分とかからないところにあった。
僕が呼び鈴を押すと、中から40代半ばの女性が出てきた。ぱっちりとした二重まぶたに、青みがかかった瞳は黒柳にそっくりだった。
一目見て、彼女の母親だと分かった。
僕は先手を打って挨拶をした。
「お久しぶりです。おばさん。小学生以来ですね」
「輝君、久しぶりね。小学生以来っていうことは、記憶が戻ったの?」
「ええ、それよりも、つーちゃんは、いますか?」
「月子はまだ帰ってきてないけど……記憶が戻った輝君なら、あの子がどこにいるか分かるでしょう」
おばさんは、本当に僕の記憶が戻っているのか探るように言った。
僕と黒柳の思い出の場所。
それはあそこしかあり得ない。
「分かりました」
僕はそれだけ言うと、黒柳の家を後にした。
一緒に付いて来ていた武田は、先ほどのやりとりの意味が訳が分からず、話しかけた。
「ねえ、菊池君、どういうこと?」
「僕とつーちゃん、黒柳さんは小学生の頃、親友だったんだよ。その記憶をさっきのつーちゃんのお母さんに封印されてたんだよ」
「つーちゃんって月子のこと? え!? 二人は幼馴染み? それに記憶を封印するって? そんな事が出来るの?」
「出来る。彼女が言っていたんだ。恋の魔女は自分に関する事なら記憶を封印することが出来るって」
「魔女?」
「そう、つーちゃんは恋の魔女。そして、さっきのおばさんも同じ魔女だったんだよ」
「魔女って、物語の中だけの話じゃないの?」
「でも、彼女がホウキに乗って飛んで行ったのを、君も見ただろう」
「ええ……でも、なんで、菊池君の記憶を封印していたの?」
「それは、分からない。彼女が泣いていた理由も。だからつーちゃんに直接聞く。僕の記憶を封印した時にも、彼女は泣きながら言っていたんだ『ごめんね』って。だから、彼女は全て知ってるはずなんだ」
「分かった。それで、ボク達はどこに向かってるの?」
ただ付いて来ているだけの武田は、不思議そうに尋ねた。
それもそのはずだろう。黒柳の家に行くというのはごく当たり前の目的地で納得出来ただろう。けれども、その先は、さっぱり分からず、ただただ僕の後ろを付いて来ているだけなのだから。
僕は武田に説明した。
「小学校の裏山だ。僕とつーちゃんが、いつも遊んでいた場所」
そう、昨日、僕が逃げ込んだ場所。それは昔、黒柳と一緒に遊んでいた場所。楽しいときも、悲しいときも、怒ったときも、笑ったときも、僕達が一緒に居たところ。
だから、黒柳は僕を見つけることが出来たのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます