第23話 僕と黒柳の説明
次の日、学校に向かおうと家を出たところで声をかけられた。
「おはよう、菊池君」
そこにはパリッとしたセーラ服を着た黒柳が待ち受けていた。爽やかな朝日に照らされて、笑顔で出迎えてくれたが、僕が学校に行かないのではないかと不安になっての行動だろう。ただ、そんな事を何一つ言わずに普段通りな顔をしている彼女に気を遣っていつも通りあいさつをする事にした。
「おはよう。今日も良い天気だね」
「そうね。良い天気ね。じゃあ、学校に行きましょう」
それから、僕達は特に話をすることもなく、校門に到着した。
昨日と同じ通学路。しかし、その道のりは足が重く、黒柳が隣にいてくれなければ途中で引き返していたかも知れない。
一年間、通った学校なのに、今日はなんだか知らない学校に入るような気分で、緊張していた。
立ち止まった僕を待つように、黒柳は校門のなかで待っている。
何か言うでもなく、ただ黙ってじっと待っていた。
僕は一つ大きく息を吐くと一歩、踏み出した。
普段通りの下駄箱で上履きに履き替えて、教室に向かう。まるで昨日の事が夢だったように、普段と変わらない風景だった。
しかし、教室に入ってクラスメイトの冷たい目線に晒された時に現実に戻され、机の上の落書きを見て、昨日の事が紛れもない現実だと確認出来てしまった。
僕が鞄を置き、椅子に座ると、こそこそと話す声が聞こえてくる。
それを無視して、教室を見ると高橋達はまだ来ていなかった。高橋達が首謀者と言うことは分かっている。彼らがいないところで何を言ってもしょうがないだろう。そんな事を考えていると当人がご機嫌で教室に入ってきた。
ぺったんこの鞄を肩越しに担いで、入ってくると同時に朝のあいさつをする。自分の席に荷物を置くとまっすぐ僕のところに来た。
「よう、卑怯者。良くこられたな。俺なら恥ずかしくて自殺するけどな。女子を脅して自分の言いなりにさせるなんて事をしたらな」
彼から昨日の話題を振ってきた。絶好のチャンスだった。ここ説明しなければチャンスは訪れないかもしれない。それ以前に僕の心が持たない。僕は立ち上がって教室を見回して言った。
「その件なんだけど、みんなも聞いて欲しい。誤解なんだ」
「何が誤解なんだよ。図星を突かれたから昨日は逃げたんだろうが! 一晩でどんな言い訳を考えてきたんだ? みんなに言ってみろよ。聞いてやるぜ」
「この前、カラオケ大会で僕と武田さんがペアになっただろう――」
僕は武田と動植物園に行くことになった経緯を一部始終話した。その中には武田が屋上で悩んでいたことは詳しく話をせず、ただ、悩みを聞いたとだけ説明した。そして、彼女の告白についても黙っていた。
色々と簡略化はしたが、全て事実を話した。
その話を聞いた高橋は笑い始めた。
僕はそんな彼の態度に少しいらだちを覚えながら言った。
「なんで笑っているんだよ。これで誤解だって分かっただろう」
「なんで笑ってるかって? ふざけるな!」
そう言って高橋は、落書きだらけの机を蹴っ飛ばした。机は派手な音を立てて倒れ、中に入っていた教科書やノートが茶色い木の床に散乱した。
高橋はそうして、俺の胸ぐらを掴んだ。
「たまたま学校のアイドルの悩みを聞いた? それまで、なんの接点もなかったのに? 相原って昔からの親友がいるって言うのに? 武田はお前なんかに悩みを打ち明けたって言うのか? 冗談にもほどがある」
「そうよ、なんで英里はわたしじゃなくて、あんたなんかに言うのよ。適当なことを言わないで」
高橋の言葉に、いつも武田一緒に居る背の低い女の子が文句を言ってきた。その子は動植物園に行ったときに、彼女の話によく出てきた相原愛だった。小学校から武田と一緒らしく、昔から身体の小さかった彼女は小学生の時に男の子にからかわれて、それを武田が庇ってからの付き合いらしい。いわゆる幼馴染みという奴だ。
「わたしはいつも、英里に悩みを聞いてもらっていたのよ。だから、彼女に悩みがあるなら、絶対にわたしにが相談するはずよ」
「俺もそう思うぞ。みんなも思うだろう」
高橋の言葉に周りのみんなも賛同の声を上げる。
普通に考えれば、仲の良い友人に悩みを打ち明けるのが普通だろう。けれど、彼女はそうはしなかった。それはなぜだろうか。タイミングの問題だったのかもしれない。悩んでいたときに、たまたま僕がそこにいただけだろうか。
その問いに答えたのは、それまでじっと聞いていた黒柳だった。
「それは、あなたが彼女の事を昔から知っているからこそ、相談できなかったんじゃないの?」
「どういうことよ。転校してきて一年も経っていない黒柳さんに、英里の何が分かるのよ」
「じゃあ、相原さんは英里ちゃんの事をどれだけ知ってるの? どんな女の子だと思ってる?」
黒柳は一歩も引かずに、ふわふわのウェーブのかかった肩下までのばした髪の女子に尋ねた。相原は突然の質問に驚いたような顔をした。
そして、何を当たり前な事をいっているのかといった風に答えた。
「英里は王子様なの。みんなに優しくて、勉強もスポーツも何でも出来て、弱音なんて吐かないの。そうよ。英里が弱音なんて吐かないのよ。わたし、一度も英里が弱音を吐いた事なんて見たことがない。だから、こんな奴相手に悩みを打ち明けるっておかしいのよ。ねえ、誰か英里が弱音や愚痴を言ったのを見たことがある?」
彼女のことを一番知っているというプライドがあるのだろう。相原はみんなに問いかけた。このクラスには彼女以外にも武田と同じ中学校から来ている人もいる。その誰もが、武田に悩みを聞いて貰った事はあっても、逆はなかった。
「ほら、やっぱり高橋君の言うように、こいつのでっち上げよ」
今やクラスのリーダー格の高橋よりも、いつもはおとなしい相原の方が、興奮気味に僕を糾弾し始めた。
相原の言葉を聞いていた黒柳が、静かに口を開いた。
「だからじゃないの?」
「なにがよ!」
「みんなして、彼女を完璧と思い込んで、彼女に甘えて、期待して、彼女が弱音を吐けないように型にはめたんじゃないの? だから、彼女のことを完璧な王子様だなんてまったく思っていなかった菊池君にこそ、弱音を吐けたんじゃないの?」
実際にはあの時点で僕は武田のことを知っていたし、持っていたイメージとしては他のみんなと変わらなかった。ただ、彼女に対してそれほど興味が無かっただけだった。自分とはあまり関わりがない人間だと。その時はただ、熱中症など体調が悪くないか気になって声をかけただけだった。
悩みなど聞く気も無かった。結果として、彼女が勝手に話し始めたというのが、僕のイメージだった。
そんな黒柳の言い分に相原は噛みついた。
「そんなの、あなたの勝手な推測じゃない」
「じゃあ、本人に聞いてみたらいいじゃない。ねえ、英里ちゃん。教室に入ったらどう?」
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