ニュースで見た大魔王、東京に降りる

ノザミツ

第1話 どうして同居なんか

 人類の滅亡まであと一週間。とあるアパートにて、そのニュースをダイニングテーブルに座り見ている三人がいた。この三人は極めて妙な関係性の三人だった。


 一人はこのアパートの元々の住人であるトシヤ、二十八歳。そしてつい最近までトシヤと同棲していたが別れ話を切り出し、このアパートを出ていくはずだったカホ、二十六歳。そしてもう一人が人類を滅亡させると宣言した張本人である恐怖の大魔王、五百四十七歳だった。



 三人はダイニングで静かに朝食をとりながら、そんなニュースを見るともなしに見ていた。秋らしい心地の良い朝日が窓から差し込む中、トシヤとカホは並んでご飯や目玉焼きを口に運び、大魔王はその向かい側で味噌汁を熱そうに啜っている。三人は寝起きの格好のままである。


 トシヤは鈍感そうな顔の男で、グレーのスウェット上下を着ていて寝ぐせがついている。カホはやや背が低い童顔の女の子で、薄いピンクのパジャマに肩まである髪をポニーテールにしている。そして大魔王はあり合わせのTシャツと短パンという格好をしていたが、カホと服装こそ違うものの、顔も髪も体もカホと全く同じ見た目をしていた。まつ毛の長さ、小さい唇、細い腕、ほくろの位置まで全てが同じだった。


 この不思議な状況について、少しばかり説明が必要だろう。


 これは大魔王の擬態によるもので、大魔王は元々地球に降臨したとき巨大なカメレオンのような見た目をしていた。だが地球に降臨して世界中の軍隊を簡単に壊滅させてしまうと、適当な場所に降りて人間に擬態した。

 擬態は生物的というよりは化学的な擬態だった。降り立って近くにいた人間、つまりそれがカホだったわけだが、大魔王はカホの髪の毛を一本引き抜くと、持っていたピンポン玉大の銀の球体に吸い込ませ、それをいきなり飲み込んだ。すると大魔王の体が内側から発光し、ものの数十秒ほどでカホと全く同じ形態に姿を変えたのだ。

 そうして大魔王はカホの住むアパートに居候することになったのだが、当然トシヤもカホも困惑し、なぜ自分たちと一緒に住む必要があるのか訊いた。大魔王はカホの声でもって答えた。どうやら外側だけでなく内側までカホの肉体になっているらしい。

 大魔王いわく、そもそもこれは自分の星の人口過密問題を解決する施策なのだと言う。地球から人類だけを綺麗に掃討し、そこにそのまま自分の星の住人をあてがう。そのためにまず、地球に住むにあたり地球に最も適した体、つまり人間の姿になって実際に住めるかを自ら試し、また一般的な人間と同居することで、人間として地球に住むことの効率の良さと悪さを学ぶのだとか。

 しかし大魔王が自らこんなことをするのは意外だったが、どうやらそこには自分の星における政治的な攻防というものがあるようだった。また道具さえ使えば元の巨大なカメレオンのような姿にすぐ戻れるというのも、自ら試す理由の一つなのだと言う。当然トシヤとカホに同居を断る権利などなかった。二人が別れ話をしたという事情など、大魔王には関係のないことであった。


 と、だいたいこのような経緯があって、三人が同居を始めたり、大魔王がカホと同じ見た目をしていたりしたわけである。



 朝食を食べている大魔王は、ほとんどただのカホだった。箸の使い方もすぐに覚えてしまい、味噌汁の豆腐だって崩さずに口に運べるし、焼き魚だって綺麗に身だけを食べられる。あくびもするし、眠そうにもしている。これが七日後に人類を滅ぼそうとしている者だとは、到底思えない。服や髪形を変えなければ本物のカホと見分けがつかないのだ。決定的に違うのは両腕にしているツルツルとしたドーナツ状の腕輪くらいだろう。

 右側の方は黒い腕輪で、これはどうやら翻訳機の役目を果たしているものらしい。だが問題は左側につけている緑の腕輪だった。こんなものは、少なくとも地球上には今までなかった。いや、あってはならないものだったのだ。

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