【連載版】サイバーパンクな田舎で”町おこし”しようと思う。

第3話 老夫婦

　この時代、もはや骨董品と化した軽トラが町外れの森林地帯に停車する。

　運転席から出てきたのは鋭い目つきをした20代ほどの若い女。

　60年前の戦争の前線に立ち、機械化歩兵を指揮し、帝国との大規模な戦闘「梅雨の戦い」で日本自衛軍を勝利に導いた女。

　何重にも及ぶ遺伝子改良を施され今でも若々しい。彼女は愛しの旦那様を呼ぶ。

「お爺さん？ここで合ってるわね？」

「ああ。ここで降りてすぐの所に寝床を作っているとドローン班から連絡があったぞ」

　彼女に答えるのは長身の老兵。今年で70歳になるがその覇気は衰えず、本人の言い分どおりの隠居ジジイとは思えない重圧。

　機械化された肉体は当時では最高機密の魔改造が施されている。

　カタログスペックでは旧式ながら現代の最新鋭の義体(アンドロイドやサイボーグなどの機械式の身体を指す語)とパワーで張り合うことが出来るというのだから旧陸自軍の異常な科学力は分かるだろう。

　腰には愛刀を佩いている。

　夫婦でお揃いの戦闘服を着ているのは微笑ましいか。しかし熟年の老夫婦が向かうは戦場だ。

「お前さん、家でポチと留守番してても良かったんだぞ」

「あら、私じゃ足手纏い？」

「ハッハッハ、上官のお手を煩わすわけには行けません」

「あら懐かしい言葉使い。今日は久々の大物よ？少し運動しておきたいの。最近鈍ってきてる気がしてね。それにお爺さん、やられちゃったら困るもの」

「はは。そう言われちゃ何も言い返せない」

　ちなみにポチとは旧式足逆関節型無人戦闘兵器である。蜘蛛のような八足歩行で、内二足は汎用ロボットアームであり様々な兵装を使える。今はこれを活かし家庭菜園に生かしている。今回は大きな的になるのを危惧して留守にしている。

「じゃあ行くか」

◆◆◆◆

　15分ほどの隠密行動。森の中を二人は進む。

「着いたぞ」

　丘の上、木々の隙間から眼下を見下ろす。

　ここ『茨ヶ丘』はその名の通り周囲より標高が高くなっている台地だ。

　視界の先には開けた土地。巨大な何かが生活することで出来た広場が見える。廃液などで草木が枯れ、森林の一部が不審に禿げている。

「中央に巨大な筋電位の反応、他には機械類は無いわ」

「了解」

「いつもどおり私が対物ライフルで動きを止めて、」

「儂が切断する」

「はい、行ってらっしゃい」

　戦いの前にも関わらず気さくな二人。

◆◆◆◆

　目の前には巨大な機械が寝そべっている。見たところ二足歩行で胴が前後に長い。まるで古代の恐竜のような見た目だ。

　自己進化プログラムでここまで成長したのだろう。これが人里の近くで生活してたと思うとぞっとする。

　今じゃ、東北──大戦末期に日本が放棄した東北は、機獣が跋扈する地獄だ。

　北海道、福島と防衛拠点は複数個所あるとは言え、全てを網羅し防げるわけではない。このサイズの機獣は”マタギ”の連中には、ちと厳しいだろう。

『このタイプじゃ、今までで一番大きいんじゃない？』

「まぁ、そのおかげで色々楽が出来る。昔は苦労させられたもんだ」

　鳥類型ドローンの群れというトラウマを思い出した、あれも随分昔になる。

『さっさと終わらせましょう』

　二人はそれぞれの得物を構える。

◆◆◆◆

　女は狙撃銃を構え、引き金を引く。刹那の無音。マズルファイア。日差しを上回る閃光。彼女の美しい髪が暴風で激しく揺れる。

　放たれたのは"対機獣用徹甲弾"。

　昔に比べ、時代はレーザーに置き換わったが質量を高速で激突させる一撃の威力は"あらゆる時代"でも脅威となりうる。

　弾は高速で一直線に飛翔。怪物の脳天に突き刺さり、頭蓋が爆ぜる。

　爆音と共に怪物の体から火花が散る。頭部は高温により鋼鉄が融け、湯気が出ている。

「これくらいで破壊出来るようなら、戦争も楽だったのにな」

　男は撃ち抜かれた敵をみて、不敵に笑う。

　そしてゆっくりと、しかし素早く太刀を抜刀する。

　機獣は融けた頭部を冷やすように、首を振る。

「キィェアァァァ！！」

　奇声を上げながらこちらに向かって走り出す。

『お爺さん！来るわ！』

「ははは！！久しぶりの実戦だ。いくぞ」

　老兵は地面を蹴り、跳躍する。空中で体を捻り肉薄する。

「ハッ！！！」

　神速の斬撃が怪竜を襲う。長い胴体に平行に刃を入れる。バターの様にはいかないが確実に鋼鉄を裂く。

「ガァッ！？」

　怪竜は驚き、体当たりで男を弾き飛ばす。

「ほぉ、いい反応じゃないか」

　男の口角が上がる。機械化された腕が機獣の胴にメキメキと音を鳴らし、食い込みながら、衝撃を殺していた。

『私の夫にべたつかないで』

　女は再度引き金を引く。反動が低い代わりに威力も低めの射撃形態。銃弾は右の後ろ足を穿つ。バランスを崩した機獣は地に伏せるように倒れ込む。

……機獣はその時、空を駆ける黒い影を見た。

　それは急降下し、機獣の首元に飛び込む。

　そして、次の瞬間には鉄を断ち割るような音が響く。

　身体の大部分が損傷したことを機獣のプログラムは判断する。

「そろそろウイルスが効いてきた頃だろ」

　老兵の言葉を無視するように機獣は暴れ反撃をしようとする。

　しかし身体が動かないのだ。男は飛翔と同時にワイヤーによって動きを止めたのだ。ギギギとワイヤーが巻き付く。

　この老兵、シゲの愛刀はタングステン合金をも断ち切る暴力的な切れ味と、接触した断面を電子的汚染（ウイルス）を散布できる機構を備えている。

　旧陸自の刀匠が鍛え上げた一振り。

　鈍く太陽光を反射する黒の刀身は無骨だ。

　沈黙した機獣を見下ろす。機能停止まで後数秒かかるだろう。念のためもう一度止めをさす。抜かりはない。

「ふぅ……お疲れさん。これで暫くはまた平和だな。老体には染みるわい」

　茨ヶ丘の外郭、川を挟んだ森林地帯は第三次の戦場の跡地。現日本の東北地方は狂った機獣が跋扈している。

「さすがね。そう言っても、本当は楽しい癖に。また惚れ直してしまったわ」

「よしてくれ。年甲斐もなく照れる……そうだ、帰ったら一杯やろう」

「あら珍しい。付き合うわ」

「じゃあ、後処理だな。適当にパーツを分解して持てるだけ荷台に積んで、マタギの奴らのドローンにでも回収してもらおう」

「えぇ」

　そうして熟年の夫婦は仕事を終え帰路につく。

　トロフィーの如く機獣の頭を載せた軽トラは森林地帯から遠ざかっていく。