第5話 駅にて

 vuからログアウトして、乗り換え一つ。電車から徐々に人が減っていき、いつの間にか俺一人になってしまった。



 電車の外を眺めると都会には見られなかった植物群が広がっている。



(ワクワクしてきたな!!)



 この街『茨が丘市』は200年前の生活様式と揶揄されているが、どんな土地だろうか。



 田舎に対する偏見ステレオタイプは多少なりともあるが、不安よりも期待の方が上回っている。なんせ憧れの田舎暮らし、都会の喧騒から離れ、スローライフを送るのだ。



 電車は徐々に速度を落とし、やがて完全に止まる。慣性で身体が揺れる。



 寂れた駅のホーム。線路沿いには雑草が生い茂っている。



 季節は春。都会で失った筈の季節感というものが感じられる。春風、暖かく気を抜けば寝そうだ。


 

「さて、行きますか」



 キャリーケースを引きずり、読み取り機に腕をかざし、進む。自動改札機も旧式で厚みがある。



 古いプラスチックの椅子、日焼けした青いロッカー、新しめの自販機。色落ちしたポスター。劣化したトイレ。



 ご自由にお取りくださいと書かれた三つ折りのパンフレットを取り、地図を見る。



 網膜から地図を映した方が早いって?こういうのは風情を感じたほうが良いんだ。



 街中を歩く。コンビニや銀行、美容室などを横切り、目的の場所に辿り着く。



「ここか……」



 着いた先は喫茶店。vuで馴染みの店『黒の輪』と同じ渋い外観。



 こんな田舎にvuの隠れた名店と外見が全く同じ店があるとは誰も思わないだろう。



 一つ違うのは店の名前が『白の輪』になっている。マスターはどうやら本気でネーミングセンスが無いらしい。



 ”昭和”と呼ばれた時代の雰囲気を醸し出す喫茶店。やはり渋い。『close』と書かれた木製の札を無視してドアを開ける。



 カランコロンと心地よい音色でドアベルが鳴る。



「こんにちは」



「は~い。どちら様でしょうか」



 知らない声。ロイが半分ドアを開けたまま店内を見渡すと、見慣れたレイアウトの店内。年季の入ったカウンター。



 そこにはマスター……ではなく細身で美しいブロンドヘアーの女性がたたずんでいた。


 

 彼女に少しばかり見惚れていると、彼女が話掛けてきた。



「あら?もしかして父が言っていた、居候の方…?」



「あ、どうも初めまして。狭間ロイです」



「始めまして。お待ちしておりました。お掛けになってください」



「ありがとうございます」



 勧められるままに席に着く。机の上に良い香りの珈琲が置かれる。



「この度は父が申し訳ございません」



 突然、女性が頭を下げる。



「ちょっと、どうしたんですか大丈夫ですよ。頭を上げてください」



 ロイは慌てて頭を上げさせる



「無理にこんな田舎に呼んでしまい申し訳ございません。私、娘の榛原はいばら クロエと申します。初めまして。いつも父からロイさんの話をよく聞いてます」



「そ、それはどうも。マスターには感謝してます。恥ずかしながらリストラされてしまったんですよ」



「それはまた……」



「丁度良かったんですよ。マスターの牧場の求人票。……それにしてもこの町は良いところですね。自然に囲まれて静かという点が素晴らしいです」



 そう言って出されたコーヒーに口をつける。フルーティーなアロマとまろやかなコク。酸味のきいた繊細で芳醇なテイストが鼻に抜ける。……もしかしたらvuで飲むものよりも美味しいかもしれない。



「お口に合いましたか?これは海外から特別に取り寄せたものなんですよ」



「そうなんですね。とっても美味しいです」

 ロイは微笑みながら答える。



「ふふっ。良かったです」



 クロエが嬉しそうに笑う。



 暫く他愛のない話をしていると……



「お待たせしました!」



 と言ってマスターが二階からやってくる。心地よいバリトンボイス。初老だが芯が通った姿勢であり、衰えを一切感じさせない。優雅な動作でカウンターに立つ。電脳廃人とは思えないイケオジだ。



「ロイ君。どうも初めまして。改めて自己紹介させてください。私の本名は榛原はいばら 宗一郎そういちろうと言います。喫茶『黒の輪』と『白の輪』のマスターをしています」



「こちらこそはじめまして。狭間ロイと申します。これからお世話になります」



「よろしく頼むよ。それにしても少々緊張してるね。この前みたいに発狂されても困るんだがね」



「その節は、すいません……」



「ハッハッハ、冗談だよ。それじゃあこれからよろしく頼むよ」



 移住の提案に乗ったのは良いものの部屋をどこか借りようか迷っていたが、マスターがしばらく家に泊めてくれるというので、その言葉に甘えてしまった。



 二階はかなり広く三人暮らしするのに十分な設備が整っていた。ベッドは大きく二人で寝ても余裕があるほど広い。窓の外を見ると田んぼと民家が遠くに見える。



「荷物はすでに運んでいるので確認してください。今日の夜、馴染みの客を呼んで歓迎会をしたいんですけど大丈夫ですか?」



「もちろんです」



 そうマスターに答える。

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