空輸

Jack Torrance

1.演歌に嵌った夫

今、私が従事している職は水が合うとでも言おうか。


私が培ってきたノウハウを存分に活かせているという充足感で満たされている。


私は貿易会社で日本の業者との電話応対やメール、ファックスなどでの通信業務の仕事に従事している。


私は大学で日本語を専攻し、そこで培った知識をそのまま仕事に活かしている。


この貿易会社に就職するまでも私は日本語を活かした仕事に就いていた。


日本語学校の講師だとか日本人アスリートやアクターなんかの通訳もしたりした。


だが、その仕事も対人関係でのストレスなんかで長続きはしなかった。


今の業務は面と向かって相手する訳ではなく電話やメール、ファックスなどでのやり取りなので以前のようなストレスは感じない。


結婚して8年になる夫のケニー。


彼とも大学で知り合った。


彼も私と同様に日本語を専攻して日本からやって来る観光客のツアーガイドを仕事にしている。


夫はそのツアーガイドの仕事で知り合った観光客と昵懇になり私と相反する趣味に目覚めた。


夫は観光客に教えてもらった演歌に嵌りそれから演歌のCDを買い集めるようになった。


夫は音楽評論家がブルーズやソウルとは何ぞやというように俺は演歌を極めてるんだぜといった口調で宣う。


「キャシー、これこそジャパニーズソウルミュージックだよ。心の歌さ」


ひろし 五木。


一郎 鳥羽。


豊 山川。


清 前川。


譲二 山本。


夫は男女問わず様々な演歌歌手を聴き漁っていた。


中でも夫は三郎 北島に執心のようであった。


夫は彼の事を愛情を込めてサブちゃんと言っていた。


「キャシー、サブちゃんは日本の宝だよ。俺はサブちゃんが死んだら日本に渡って葬儀に参列したいと思ってるんだ」


私は、どうぞご自由に、訪日の資金は小遣いでやりくりしてくださいねと勝手に思っていた。


夫はサブちゃんのプロマイドを車に飾り等身大ポスターまでリヴィングに貼った。


私はプロマイドまでは容認したが、流石に等身大ポスターだけはやめてくれと懇願した。


それにも関わらず夫はサブちゃんの着流し姿で邪な目線のポスターを一番目立つ所に貼り、この家のボスは俺だと誇示して愚行を強硬した。


そして、ツアーガイド中に観光客に受けが良いからとカラオケ内蔵マイクと着流し、そして、下駄まで買って来た。


そして、そのカラオケ内蔵マイクで“与作”“祭り”“みちのくひとり旅”“兄弟船”“アメリカ橋”“東京砂漠”“長崎は今日も雨だった”を練習していた。


それを毎日聞かされる私のハートは砂漠のように荒廃していき夫に軽い殺意さえ芽生えていくのだった。


夫がカメラ目線を意識しているかのように私の目を覗き込み歌い終わった後には荒漠とした私のハートに一陣の砂埃が吹き抜けていくかのようであった。

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