第203話 六辻詠、その真贋

203


「出雲、邪魔をするな。紗雨ちゃん。そのニワトリ女を離すなよ。実家が六辻ろくつじ家と付き合いがあるから、うた様の顔は知っている。こいつは偽物だ」

「コケエエッ。わたくしは本物、実家は偽物にのっとられしまったんですわあ」


 額に十字傷を刻まれた少年、出雲いずも桃太とうたは、怒りのあまり七三分けに整えた髪を振り乱して殴りかかろうとする級友、羅生らしょう正之まさゆきを必死で抑え込みつつ、二つのお団子髪ダブルシニョンでまとめた赤髪の上に光輪を浮かべた少女、六辻ろくつじうたに呼びかけた。


「あの、詠さん? もしも貴方が本物だとして、家出とかだったら、大事になる前に連絡した方が良いと思うなあ」

「サメサメ。ガイ……紗雨さあめ幼馴染おさななじみも昔からしょっちゅう家出しては、ご家族に心配をかけたと聞いたサメ。あれ、今もあんまり変わらないサメエ?」


 六辻ろくつじうたを名乗る、ニワトリから人間に変化した少女が本物か、それとも名前を騙っているだけの偽物かは不明だが、異界迷宮カクリヨを一般人が出歩くのは自殺行為だ。


「コケっ、ダメなんです。六辻家が影武者を使うのはいつものことだけど、今はすっごく恥ずかしい格好をした偽物に乗っ取られちゃっているんですわ」

「恥ずかしい格好って……」

「ビキニアーマーですわよ。水着みたいな鎧で破廉恥はれんち極まりないんです。それなのに理不尽なくらい強くて怖くて、鬼みたいで、連絡なんかしたら殺されちゃいますわ」

「び、ビキニアーマー!?」


 桃太はあまりに突飛な発言に、詠が錯乱さくらんしているのではないかと疑った。

 彼は四鳴しめい啓介けいすけに利用された経験を経て、もはや何の根拠もなく、他人を信じることはできなくなっていた。

 もし桃太が騙された場合、その影響は彼一人で留まらず、大勢の人々を巻き込むと学んだからだ。


「詠さん。冒険者パーティ〝Chefsシェフズ〟の食料を勝手に食べちゃったでしょう。まずは謝りに行こうよ、ね」


 サイドポニーの目立つ少女、やなぎ心紺ここんが、ひとまず詠の心をほぐそうと試みるも……。


「コ、コケっ。お金なら、みっちゃんが払います。わ、わたくし、今は待ち合わせがございませんわっ」

「ダメ、語るに落ちるとはこの事ね」


 いつも冷静な祖平そひら遠亜とあが瓶底メガネの曇りをいて天を仰ぐ程に、彼女を信用できない理由がまた一つ増えただけだった。


「みっちゃん?」


 しかし、教師である矢上やがみ遥花はるかは詠の発言から、何らかの手がかりを得たようだ。


「もしも貴方が、本物の六辻ろくつじうたさんなら、炉谷ろたに道子みちこさんの事は知っていますね?」


 栗色の髪を赤いリボンで結んだ女教師のあげた名前に、桃太は聞き覚えがあった。


(炉谷道子? 〝C・H・Oサイバー・ヒーロー・オーガニゼーション〟の育成学校時代に、何度かゲスト講師に呼ばれていたような気がするぞ)


 桃太が覚えているのは……。

 炉谷講師の授業が、実戦経験に即した内容で学ぶ点が多かったこと。

 そして放課後に彼女が、亡き親友、くれ陸喜りくきを訪ねてきたことがあったからだ。

 なんでも趣味の歴史小説好きが昂じて、伝説的冒険者レジェンドである陸喜りくきの祖父や父について知りたかったらしい。


「コケッ。みっちゃんは、六辻家の家宰かさいで、わたくしの家庭教師ですわあ。い、今は離れちゃいましたが、必ずわたくしの元へ帰ってきますわ」

「だったら、詠さん。炉谷ろたに先輩の好きな物を知っていますか?」


 遥花の真剣な問いかけに、詠は迷うことなく答えた。


「みっちゃんは、ぬいぐるみが大好きですわ」


 桃太は、記憶の中にある炉谷講師と比較して、やはり偽物かと心中でため息をついたが。


「わかりました。炉谷先輩の〝隠れ趣味〟を知っているのなら、詠さん、貴方を信じることが出来る。もう大丈夫ですからね」


 遥花は目に見えて顔色を変え、詠を勢いよく胸元に抱き寄せた。


「こ、コケエッ。や、やわらかーい」

 

――――――――――

あとがき

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