第12話 チェーンジ!〝忍者〟

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 出雲いずも桃太とうたの眼前で起きた矢上やがみ遥花はるかの変貌は、赤いリボンがコブラ蛇に化けただけに留まらなかった。

 二人が追放された際に、黒山くろやま犬斗けんとに撃たれた右足の傷口から、赤い霧と黒い雪が際限なく噴出して、彼女を縛り付けるように覆い始めたのだ。


「おねがい、にげて。わたしを、ころして。AAAA!?」


 遥花は最後の力を振り絞ったのか、コブラに変じたリボンをつかみとり、桃太を河原の奥へ突き飛ばした。


舞台蹂躙ぶたいじゅうりん役名変生やくめいへんじょう――〝夜叉ヤクシニー〟 。AAAAAA!!」


 ほぼ同時に古鐘の鳴るような声が響き渡り、遥花の肉体は赤い霧と黒い雪に埋め尽くされた。

 遥花の顔は、般若面を連想させる鬼面となり、身長は三メートルを超え、艶めかしい四肢にコブラ蛇を巻きつけた半裸姿へと変貌した。


「やがみ、せんせい?」


 桃太は恩師がヒトデナイモノに変わるのを目撃し、首からの出血もあって、魂を手放したかのように河原へ尻もちをついた。

 脱出路はないかと見渡せば、すでに周囲はオオカミトカゲとヤドカリカエル、ツノイモムシといった魍魎もうりょうに包囲されていた。


「……父さん母さん、ワガママを言ってゴメン。リッキー、あの世のポテトとジュースは俺がおごるよ」

「AAAAAAA!!」


 夜叉はガラスをひっかくような奇声をあげながら、桃太に向かって突進した。


(鬼になっても先生は先生だ。命の恩人に殺されるなら、仕方がない)


 わずかに遥花の名残を残す鬼女は、鬼面の瞳部分から涙を流しつつも、四本の腕で殴りつけてくる。

 桃太の着た灰色のツナギが薄紙のようにむしられ、皮膚が裂け、肉が削がれ、骨が歪んだ。

 自分はじきにミンチボールになるのだろうと意識を手放そうとした、まさにその瞬間。


「サメエエエッ!」

「バッキャロー、諦めるな。野球は九回ツーアウト、スリーストライクからだ!」


 地下川の向かい側で見かけた、空飛ぶサメと黄金色の蛇が、ヒビの入った勾玉と朽ちた短剣を投げつけてきた。


「試合終わってるー!?」


 桃太はサメのコミカルな鳴き声と、ヘビのイカれた忠告に思わず吹き出した。


(ああ。もういいと、諦めたいと思ったはずなのに)


 親友だったくれ陸喜りくきの死に顔と、恩師だった矢上やがみ遥花はるかが変じた鬼の泣き顔が、桃太の心臓ハートに火を付けた。


「そうだ。俺は、まだ何一つ成し遂げちゃいない。頼む、力を貸してくれ!」


 桃太は、先に戦うための短剣を掴み取り、その後に勾玉を受け止めた。


「よくぞ〝先に〟選んでくれた。オレはガイ!」


 黄金の蛇が喜び勇んで桃太に向かって飛翔し、光の粒子となった後、ヘビ顔の仮面となって桃太の顔に張り付いた。


「嵐を呼ぶ風雲児、五馬いつまがいだ。ここに契約は成立した、オレと短剣の力はお前のものだ。さあ、一緒に地獄カクリヨを楽しもうぜ!」


 やたらハイテンションな大声が脳内に響き、桃太の中で〝鬼の力〟どころではない、暴風雨のような力が荒れ狂う。


舞台登場ぶたいとうじょう役名変化チェーンジ――〝忍者にんじゃ〟ああっ。ヒアウィゴー!」


 桃太の顔に張り付いた仮面を通じて、肉体の中に入り込んだ誰かが首の出血を抑えつつ、勝手に親指を天へ向け歌舞伎のように見得を切る。 

 その途端、彼の肉体を中心に渦巻く風が洞窟内を揺らした。


「GUOO!」「GAAA!」「SHUU!」


 川辺に潜んでいた魍魎もうりょうも危険を察知したのか、トカゲ、カエル、イモムシ数百体が、アリのように集まって襲い来る。


「俺は出雲桃太だ。ガイ、感謝する。この風、この力なら戦えるっ!」

 

 桃太は暴風で魍魎を吹き飛ばし、夜叉を河原石に埋め、地下川すらも逆流させた。


――――――――

あとがき

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