金髪女子高生はポニーテールを揺らして
@Alansan
深夜の住宅街を走る金髪女子高生
あまりにも計画性のない行動だったと思う。上原賢哉は酷く後悔しながらも走ることを辞めない。上半身は着衣水泳でもしているのかというほどの汗が噴き出していて、下半身にいたっては一歩一歩足を上げるたびにふくらはぎに鋭い痛みが迸る。
8月も半ばに差し掛かったある日の午前1時。大学の夏休みに入って一週間ほど経過したが、友人と遊ぶこともなければ勉学に励むこともなく、ただ時間を意味のないネトゲに費やす毎日。趣味があって良いじゃないという見方もできなくもないが、それは時間や金銭を多く費やしてしまったからやるという義務感に駆られたものだった。
そこで心機一転、積んでいたアニメを見始めた。そこで主人公はもともと非力であったが従兄弟から半ば拷問のような鍛錬を受けた結果、不仲であった幼馴染ツンデレヒロインを無事カッコよく救い出す。そこから徐々に仲が深まっていき無事ハッピーエンド。
感化された。
俺という人間は本当に単純な人間だった。俺には運命なんて大それたものはないし、金髪碧眼ツンデレの幼馴染ヒロインなんてものもいるわけがない。でも俺は、そんな主人公のただ1人の女の子を守りたいという想いに感化されたんだ。
俺はこの熱い想いが冷めぬうちにとその場でTシャツ、半ズボン靴下を穿いて階段を駆け降り、家を飛び出した。夜中と言っても8月の真っ只中で夜風は少し吹いているものの、じめっとした暑さが俺の身体に纏わりつく。
それから数分、あまりにも冷めやすい想いだった。冷静に考えればすぐ分かる。日常的に碌に運動もしていない、ましてや引きこもりにそれは無鉄砲な行動だった。
ふくらはぎは早々に痛み始め両腕は脇腹のあたりで垂れていて、顔だけは落としてはいけないと思い斜め上に視線をやって、ぜぇぜぇと口呼吸。その姿はまるで……
「犬?」
不意に左から声をかけられる。可愛らしい女の子の声だった。でもそれはまごうことなき侮蔑的な言葉で今まで生きてきて初めて「犬?」なんて言葉をかけられた。今の俺にはそんなことで怒れる余裕なんてあるはずもない。怒りと言うか困惑と言うか不思議な感情だった。
相変わらず顔は斜め上を向いているので、ぜぇぜぇと呼吸をしながら視線を左にやる。
そこにはしょぼくれた街路灯に照らされる金髪ポニーテールの女の子が並走している。
「ちょっと、その顔怖いですよ。休憩したらどうです?わたし近くの自販機知ってますからついてきてくださいよ」
単純に俺からしたら激しすぎる運動をしているからそんな顔をしているのかもしれないけど、にしたって「犬?」って言われて笑顔になるやつなんて……いないこともない……のか?
金髪ポニテの女の子は俺の返事を待たずして軽い足取りで俺を追い抜いていく。その後ろ姿は綺麗という他なく、すっと伸びた背筋に滑らかな動きで走る。金色の髪がふりふりと俺を誘いこむように揺れているのが薄闇の中で分かる。ランニングウェアを着ているっぽいし、運動には慣れているのかもしれない。
少しフォームを真似てみようと思って足をあげてみるとふくらはぎが尋常ではなく痛み始めてすぐに辞める。
というかどうしてあの子は俺に構うんだ?
……ダメだ。自分の手足を動かすことに精一杯で他の事なんて考えられない。
女の子を追って少しすると小学生の頃よく遊びにきていた公園に辿り着く。女の子は割と先まで行ってしまっていて、自販機の前で右手を振っている。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ははは、お兄さん息上がりすぎーちょっと待っててねー」
自販機の光に照らされている女の子は笑いながら小銭入れらしきものをポケットから取り出して何かを買っている。
一方で俺は俯きながらひざに両手をついて息を整える。額から汗が地面に落ちまくる。
「はいお兄さんスポドリ」
「はぁ、はぁ、あ、ありがとう」
視線を上にやるとそこにはにこりとした笑顔が可愛らしい女の子がスポドリを差し出している。
俺は反射的にそれをありがたく受け取って大きく呷る。飲み覚えのある液体が舌を伝って喉を急速に潤していく。
ひとしきり飲むと俺はあ゛ぁ゛とゾンビの呻き声のような声をあげる。マジで生き返る。
「大丈夫です?落ち着きました?」
「あぁ……もう、大丈夫……ほんと、ありがとう」
「それは良かった」
「ちょっ、ちょっと待ってて、お金が……」
流石に俺も見知らぬ人から物を貰ってお礼をしないほど無礼な人間ではない。しかし俺は半ズボンのポケットをがさごそと漁ってはみるもののそんなものあるわけなかった。なりふり構わず家を飛び出してきたんだ。走っている間ずっと俺の太ももにアタックしてきたスマホしかない。
「良いですよそれくらい。その代わりと言ったらなんですけど、一緒に少し休憩していきませんか?わたしも少し疲れました」
そう言って女の子は自販機から少しずれた公園のポール型の照明の下にあるベンチを指さす。
俺と女の子はそのベンチに人間1人分くらいの間隔で座る。女の子は座るとふぅと一息つく。
俺がぐったりしたように座っていると女の子はふふふと小さく笑う。
「どうかした?」
「いや、絶対普段運動なんかしないんだろうなーって」
「その通りです」
「後ろ姿を見た時ゾンビが徘徊しているのかと思いましたもん。横顔は犬だったけど」
「って!そうだよ。なんてことを言われたんだ俺は。まぁいいけどさ、俺自身もそう思っちゃったわけだし……」
「ごめんなさい。つい思ったことが口に」
女の子は申し訳なさげに眼を細めている。
というかなんで俺見知らぬ女の子と会話しているんだ?ここに至るまでの流れが自然すぎて全くそこに関して疑問を持っていなかった。そもそもこんな女の子と話すなんていつぶりだろう……
意外とスムーズに会話できていることに驚きだ。人と会話なんて夏休みに入ってから家族以外としていなかったのに。
「というか君は誰?どうして俺にわざわざ?」
「わたしは水上茉実です。一応高校生。どうしてお兄さんに声をかけたかって言うと……うーん。まぁなんとなく?気になるでしょ。こんな真夜中に1人ゾンビが徘徊してたら」
「ゾンビ言うな。って高校生!?え?ちょ、ちょっと、やばいでしょこんな時間に1人で。俺大丈夫?逮捕とかされない?」
「んー大丈夫でしょ。田舎だし」
本気で自分の心配をしている俺をよそに水上さんはあっけらかんな態度で夜空を見上げながら話す。親はそれを良しとしているのか、いやしてるわけないか。というか高校生が金髪って、まぁ夏休みだしはっちゃけてるのか。ぱっと見て結構学校とかで中心にいるタイプっぽいけど。
「関係ないでしょ……というか金髪だから大学生かと思ってた……」
「あー。ってかわたし大人に見えちゃーう?」
「見えない見えない。まぁ同い年とか一個下か上とかかと思ってたけど。何年生?」
「にー」
「2年生ってことは……17?16?」
「16歳でーす。なんか補導されてるみたいでイヤだねー」
「されたことあるの?」
「いやないけど」
「ありそうな雰囲気だけどね。金髪にしてるくらいだし」
「良いでしょ。もしかして可愛くない?」
水上さんは本当に心配そうに眉をひそめて俺の顔を覗いてくる。いや可愛いけど。そりゃもうめちゃくちゃ。ぱっちりとした二重の瞳。その目元にあるほくろが印象的で少し色気のようなものを感じるけれど、まだまだ幼い顔つきだ。
「いや、えーっと、その、可愛い、よ?」
「なんで疑問形なのー?なんだかお兄さん女の子に慣れてなさそうだねー」
「う、うるさいなぁ。図星だけどさ。ちなみに慣れてる男はなんて言うの?」
「うーん。分かんない」
「分かんない?」
慣れてる男が周りにいっぱいいそうな雰囲気なのに?そんなことは口にはできないけど。
ぎこちない敬語が抜けた水上さんは俺に名前を尋ねてくる。
「そういえばお兄さん名前は?」
「上原賢哉。大学生やってます」
「へー。大学生かー自由そうでいいね」
「水上さんだって自由でしょ。8月で夏休みなんだから」
「そりゃあそうだけど。そうでもないというかなんというか」
「自由過ぎても逆にねって感じ?俺はそんな感じ」
「んー。ちょっと違うけど……まぁいっか」
ずいぶん歯切れの悪い返事だった。どうやら別に暇ってわけでもないらしい。流石、花の女子高生は違うな。
水上さんはポケットからスマホを取り出して画面を見る。
「もうこんな時間かー流石に帰らなきゃ」
「そう。あ、でもお金……」
「だから良いってばー」
「でもそんな訳には……」
「じゃあさ、わたし毎日、まぁ流石に雨が降ってたら行かないけど、基本的には走ってるからさ、明日も来てよ」
思いもよらない提案だった。正直ランニングが辛すぎて、今日で辞めてしまおうとも思っていたからありがたい提案だった。普通だったら1人での行動が多く、それ自体を好んでいたのだが、こういう辛いことは人とやるのが良い。1人だと続けにくいし、習慣化されれば1人でもなんとかなるだろう。元々運動不足の解消も兼ねようとも思っていたから丁度良かった。
しかしそれ込みでもまさか年下の女の子と一緒にランニングに誘われるなんて、今までの生活だったらあり得ないことだろう。
平時にこんな提案をされたら飛んで喜んでいるだろうが、なんだかあり得ないことの連続で現実感がない。夢でも見ているよう。
そんな俺を置いていくように水上さんは話を続ける。
「だめ?無理にとは言わないけどさ」
「別に無理じゃないよ。多分明日は筋肉痛で亀よりも遅いペースで走ることになるかもしれないけど」
「なにそれ。歩いたほうがマシじゃん。ってかそっか。普段運動せずに急に激しい運動したから動けないかもね。とりあえず気が向いたら来てよ。1時くらいにこの公園にいるから。ちょっと待って来なかったら行っちゃうからね」
「分かった。じゃあ気を付けてね」
「うん。ありがと。またね」
俺がその魅力的な提案を了承すると水上さんは小さく笑ってお礼を言う。矢継ぎ早にスマホをポケットにしまって公園を去っていった。
その相変わらず綺麗な後ろ姿と可愛らしい金髪のポニーテールが揺れ動く姿はバイバイと手を振っているかのようにも見えた。
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