第33話

 手にしていた銃を正面に正射。

 元軍人上がりで傭兵稼業を生業としてきたその男にとって、正面の敵など目を瞑っても当てられる。


『とでも思っているんだろ?』


 は、突き飛ばした男の真正面から撃ち込まれる銃弾を、スルスルと躱していく。

 勿論小細工無しで躱わせるほど甘い相手じゃない。

 殺気による残像、黒糸ナノストランドによる弾丸逸らし、相手の眼による射線予測、ありとあらゆる技術を用いてやり過ごす。

 俺にとって数人程度の銃撃を躱すなんて、街中で人にぶつからず歩く程度の難度でしかない。

 焦りから恐怖へ移り替わる男の顔がみるみると近づいてくる。

 本当はもう少し頭数を減らしたかったけど、まぁ四人も減らせれば上々か。

 勢い任せの強烈なドロップキックでガラス壁ごと男を階下へ叩き落す。

 人質のど真ん中、噴水へと男の断末魔が投げ込まれ、騒然とする現場を見下ろした。


「あれはまさか、ストレガドッグか?!」


 誰かがそう叫び、視線が一気にこちらへと集まる。

 そう、何を隠そう普段は狛犬一縷として生きる俺の正体は、ちまたで有名な義賊ストレガドッグ

 その背格好もいつもの制服ではなく、特徴的黒装束と魔戌ストレガドッグを模した仮面で感情を覆い尽くしている。


『数は十三、いや十五か?』


『いえ、更に二人追加で十七人です。突入後に人質の中へ混じった者がいることが監視カメラより判明しております、六階位へクス様』


『了解、どっちにしても死体の数か増えるだけだけどなッ……!』


 階下を望む断崖絶壁から飛び降りた白き亡霊。

 太陽のように降り注ぐ照明を背にして舞い降りる。

 当然、訓練された者達に、仲間の死で臆するような腰抜けはいない。

 何の疑いも無く飛来する白い影に向けて銃を乱射する。

 敵の位置を指し示すマズルフラッシュが火花散らし、地獄に向かう亡霊を天へ召そうと遠来した銃弾は、一切容赦無く白い影を八つ裂きにした。

 ボロボロとなった白い布切れ一枚、ハラハラと舞い降りる様に殆どの者が疑問を浮かべることは無かった。

 否、その違和感に最初から気づかなかった段階で、既に勝負は決していた。


「ぐあああああッ!!!!」


 硝煙臭い広場の片隅で断末魔が上がる。

 視線が集中した頃には真っ赤な血しぶきを上げて倒れる人影だけが残されていた。

 それを認知するよりも先に今度は別の場所で悲鳴、悲鳴、叫び。

 思考が状況を理解するよりも先、ストレガドッグは音もなく命を狩り続ける。


「クソッ!何が起こってやがる?!」


 唐突な銃撃戦に阿鼻叫喚する人質、仲間が次々と死んで混乱する兵士達、全てが俺様の手の上で転げまわる。


『いいぞ、踊れ踊れ。もっと激しい殺戮ダンスを……ッ!』


 殺意の具現化マージナルキラー。俺はこの現象をそう定義している。

 階下へ突き落とした男も、ただ飛び降りたと錯覚していた兵士達も、俺の殺気をと錯覚して攻撃を仕掛けていた。

 元来殺気とは本人を通じて感じる者だが、辛い修行と訓練の末、俺は殺気それを自らの身体から切り離すことができるようになっていたのだ。

 眼に見えて存在しない意思の幻影、緊張状態で余裕のない者ほど錯覚に陥りやすい分身。だからじっくり観察したり、落ち着いて見れば取るに足らないマボロシでしかない。

 案の定、十三人目を手にかけようとしたところで、遂に連中の思考が魔戌ストレガドッグへと追い付く。

 白い化け戌の持つ刀身えものは、仲間の返り血を滴らせている。

 その様相を認識したみた兵士は、慄きと怒りと、そして混乱と、定まらない感情に一歩動作が遅れた。


『あーあ、引き金を引くのにそんな色々考えてたらもう遅いよ』


 向けられた銃口を掴んで逸らし、図々しく懐に潜り込む。

 ノーガードの首元へ刃が突き刺さり、悲鳴と血しぶきが雨となって降り注いだ。


「このッ……!」


 背後から向けられた銃口の気配。

 それに向けて手にしていた死体仲間だった物を放り投げる。

 まるで猛獣が口にしていた獲物を放り捨てるように。


『優しさで人は殺せないんだぜ』


 咄嗟に抱き抱えてしまった情け深い兵士に、その人情ごと心臓を突き刺す。

 あークソ、もう斬れ味が悪くなってきやがった。

 刀を引き抜くのを止めてすぐさま別の獲物へ。

 抜き放ったのはハンドガン、グロック19C。

 混乱から戻りつつあった兵士達の意識を再び搔き乱よう銃声が鳴る。

 僅か数回の発砲音で残りの兵士達を屠り、それでも喰い足りないと銃口から硝煙よだれが滴り落ちた。


「────動くなぁ!」


 おっと。

 銃口を収めた背後から怒声を浴びせられる。

 先程噴水へと突き落としていたリーダー格の男マエストロ

 仕留めたと思っていたけど、運よく生きていたらしい。

 そして、その右腕には────


「ちょっと痛いッ!!離して!!」


 学生服の少女が捕まっていた。

 どうやら人質の中から連れてきたみたいだけど……というかこの金切り声どこかで……


「助けて、大祐……」


 涙声で泣きじゃくり、愛しの彼氏に助けを求める悲劇のヒロイン。

 さっき俺の手を抑え、高笑いしてた余裕がすっかり失せた千野がそこには居た。

 他の三人は近くに見当たらないけど、どうやら他の人質よろしくこのテロリスト集団に捕まっていたらしい、自業自得だな。


「動くんじゃねえぞ魔戌ばけいぬ、よくも俺の仲間をバカスカと殺しやがって……敵を殺さないってのがてめぇの流儀やりかたじゃねーのかよ!!」


『そんなこと、一度も宣言したことは無い。時と場合による』


 仮面越しの中性的変声された音でそう返す。が、しかしこの兵士、随分と妙なことを言う。

 てっきり双賀そうがグレイの私兵とばかりと思って、ストレガドッグこちらについて存じていると踏んでいたが、どうやら違うらしい。


『お前、ここがあと数十分足らずで爆破されることは知らないのか?』


「な、何を言ってやがる……?」


『なるほどな』


 ふむふむと仮面の位置を直すよう眉間の位置に触れる。

 やはり、ここにいる兵士達は全て金で雇われた捨て駒。

 もし人質が重要ならば一番信頼の置ける自らの部下を配置するだろう。

 つまりこの場合人質は対して重要ではなく、双賀の狙いはもっと別の何かという訳か……

 だとすればここまで捨て駒を用意した狙いはなんだ……


「おい!聞いているのか!?」


 千野のこめかみに銃口がグリグリと押し付けられる。

 こちらに向けられていないから放っておいたが、これ以上癇癪を起して暴れても面倒だ。

 人質ごと狙うように俺は懐に装備していた別の銃を引き抜いた。

 S&W M29。燻し銀に光を秘めた銃身と使い古された木目のウッドグリップ。いつも使用しているハンドガンとは形状が異なるリボルバータイプのこの銃が扱う弾頭は、通常の9mmよりも遥かに威力と貫通性を誇るFMJフルメタルジャケット式.44マグナム。


『なに勘違いしているかは知らないけど、殺したければ殺せば?』

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