第13話
「────待ちなさい」
大祐との二ラウンド目を知らせるゴングが鳴るよりも先、屋上の戸の方からその声は響いた。
清廉かつ儚さを持つ声量の中にピンと一つ筋の通った可憐な少女の声。
たった二日聞いただけだというのに、もう見なくても
「もうすぐ昼休みが終わるというのに一体何をしているの?」
ミーアは俺に背を向けたままたった一言告げた。
すると大祐は、仰々しく張り付いた仮面のような笑顔を見せる。
「これはこれはミーア様、まさか貴方のようなお方がこのような場所に来られるとは、いやー
高い身分の者と見るや自信を売り込もうと媚びを売ろうとする姿勢、態度、仕草。
それを悪びれも無く簡単にやってのけるのだから、金持ち共の毒親による洗脳だと当人は微塵も思っていない。
それどころか隣に居る女子学院性達も同じく挨拶しようと身構えている。
弱い者には力を振るい、強い者には巻かれる。
反吐が出る光景だな。
「あの、ミーア様、
「ねぇ、もうすぐ昼休みが終わるというのに一体何をしているの?」
ミーアは一言そう告げた。もう一度、全く同じトーンで。
その
怖い。
初めてミーアのことをそう思った。
相手にしないことでプライドを折るなんて生易しいものじゃない。
まるで、人が小虫を殺す時に何の感情も抱かないのと同じように。
聞いていただけの俺も背中に嫌な汗が滲む。
当然、彼らも無い頭の代わりに本能でそのことを察したらしく、返す言葉も見つからず呆気に取られていた。
「ちっ、行くぞ」
大祐が彼女の千野と他の面々を連れてバツが悪そうに屋上の出口へと向かっていく。
力、身分、立場。何もかも敵わないと悟って彼らはこの場を後にする。
場を支配する。力を誇示するとはこういう
「イチルとか言ったな」
出口の前で大祐は振り返った。
「ミーア様の前でここまで恥かかせたお前は絶対に許さない。覚えておけよ」
この学院に通えない様にしてやる。
せめてもの負け惜しみ。
普段の俺ならきっと適当に嗤って返しただろう。
しかし今は眼の前のこの少女が、いつこちらへ牙を剥くのか、そのことだけで頭がいっぱいだった。
「────で、ホントに何しているかしら?」
喧騒が去り、程なくしてミーアはいつもの調子で軽やかに振り返る。
その動きと連動してフリル調のコルセットスカートが柔らかく弧を描いた。
「
怪訝そうにミーアが眉を顰めて下から俺の顔を覗き込んでくる。
上目遣いのジト目という随分可愛らしい凄まれ方をされ、俺はようやくそこでハッと我に返った。
「べ、別に、ただの昼寝だよ……そしたら急にアイツらに襲われただけだ」
「ふーん、そ。でも気を付けなさい。この学院内には様々な思惑や派閥争いは日常茶飯事。面倒事が嫌いなら、精々巻き込まれないよう気を付けなさいな」
「いや、現在進行形でお前に……いや、何でもないです」
キロリと睨まれて思わず口籠る。
「別に
「虐めている自覚があるなら止めろ」
「なんで?
「それはそれは……、最高に最悪な趣味なことで」
「最高という点だけは否定しないわ」
「……嫌味で言ってるんだぞ」
「もちろん
思わず眉間を抑える俺の姿を見て、ミーアが楽しそうに頬を緩ませた。
「ねぇ、さっきはどうして本気を出さなかったの?」
黒レースの日傘を差し、ミーアはクルクルとステップを踏みつつそう告げた。
舞踏の嗜みもあるらしい少女の舞いは、小さな黒いバラが咲き誇るような軽快なワルツ。
「本気だったよ。だから避けてるばっかでやり返せなかっただろ」
僅かに見惚れていると、唐突な桜吹雪が俺達を襲う。
「……嘘吐き」
声が上から降りかかる。
見上げるとそこには落下用の金網に腰掛けたミーアが俺を見下ろしていた。
「おい、そんなところに登ったら危ないだろ」
四階屋上から覗く十四、五メートル下、春風に揺らいだ桜舞う景色はここから見ていても全身の血が冷たくなる。
「またそうやって逸らそうとして、
ミーアは鉄柵の上で再びワルツを踊る。
クルクルと回る表情はずっと物憂げで、それを眺めていることしかできない俺には彼女が何を考えているのかさっぱり読み取ることができない。
コルセットスカートから覗く黒レースのハイソックスからは淡い白肌が艶めかしい対比を見せており、更には風で揺れた鼠径部には妖艶なガーターベルトが一瞬だけ姿を顕す。見た目こそ幼女そのものだが、その妙に大人びたギャップが男としての本能をそそられてしまうことを自覚して、悪いことをしているような背徳感から俺は思わず顔を背けた。
そうしているうちに遠くてチャペルの鐘が鳴る。しまった、五時限目の授業開始の合図だ。
「ねぇイチル────」
考えが纏まったらしいミーアは開いていた日傘を折りたたんだ。
「────
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