第11話
引くに引けない両者の間へ待ったをかける命知らずが声を荒げた。
カツカツとブランド物のハイヒールを鳴らし、その絶対的オーラで通り道の雑踏を両分したのは、如何にもプライドが高そうな金髪縦巻きロールのご令嬢。
キリッとした目尻と日本人離れしたオリオンブルーの瞳。
よっぽど育ちが良いのか、大人顔負けの豊満な両胸が苦しそうに制服を押し上げている様に、周囲の男子は思わず生唾を飲み込む。
「狛戌一縷。
透明感のあるシルクの長手袋に覆われた人差し指が、不躾にも正眼に差し向けられる。
その先端恐怖症なら発狂しそうな距離に、俺も渋々後ずさりしてしまう。
ミーアを人間離れした可愛さと例えるなら、こっちの少女はモデル以上の
「優秀な教授方が貴重なお時間を割いて教えてくださっているというのに、ぐぅぐぅ豚のようにいびきをかかれては授業に集中できませんわ!おまけにぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーと落ち着きのない。真面目に魔学について勉強する気がありましての?」
「うるさいなぁ、耳元できーきー喚くなこのドリル女、こっちは寝不足で頭が痛いんだ。っていうか、誰なんだお前?」
その一言にクラス中が顔面蒼白で後ずさりをした。
え、なんで?
そう思って首を傾げようとした俺は視界に入ったのは、かつてミーアが付けていた
「あー……なるほど?」
弁明する間も無く、眼前から現れた鮮烈な殺気に眠気が吹き飛ぶ。
恐る恐る顔を見れば、ドリル女が色白の頬を売れたイチゴみたいに真っ赤にしていた。
逆立てた縦巻きロールの髪は重力に反して竜巻のように渦を描き、感情で抑制を失った魔力が校庭を一望できる壁面耐魔ガラスの一枚へヒビを入れる。
技量については知らないが、一人の人間が持つことのできる魔力総量だけ見れば、
「
括れた腰と片頬に手を置き、絵画の一枚を連想させるようなポーズをわざわざ取り直した少女は、声高々に名乗りを上げる。
「
日本には四つの軍隊が存在する。
陸海空軍、そして魔術を扱う『魔軍』と呼ばれる軍種だ。数十年前の第二次大戦敗戦後の日本にドイツ系アメリカ人であったマルティナ・ル・ラヴァンス氏は、当時米軍最先端技術であった魔術を主体とした軍の設立を発起した。
それによって設立されたのが魔軍であり、諸外国の技術や血筋を吸収した日本は今や世界トップレベルの水準を誇っていると言われている。
その孫娘らしいエルレリーチェは決まった。とばかりにニヤニヤとドヤ顔を浮かべ、漫画の住人だけだと思っていたお嬢様笑いを恥ずかしげもなく披露する。
どこの貴族様も目立つという行為が尊厳を保てるとして大好物らしい。
色々と呆気にとられていたものの、その様子を見ただけで色々と合点がいってしまった。
「なるほど、通りで似ていると思ったよ……」
「?なにか言ったかしら」
「いいや別に。それで、そんな生まれも育ちも貴族様のエルちゃんが一体俺達に何の用かな?」
「それは勿論このエルちゃんが学級院長として貴方の捻曲がった根性を叩き直して────って、誰がエルちゃんですわよこのおバカァ!」
軽い冗談にノリノリの突っ込みで返すエル。
最初の殺気には驚いたものの、存外、堅物というわけではないらしい。
「全く。
「いやーその権利はちょっと俺には勿体ないから、お気持ちだけもらっておくよ。エルちゃん」
「なんで断っておいて余計に馴れ馴れしい呼び方になっているのですの!?権利の価値が圧倒的に飛躍し過ぎてますの!?頭おかしいですわよこの男!」
立場を判らせようとして軽く往なされたことに腹を立てたエルがピーピーと喚く。
どうしよう。叩けば鳴く面白いオモチャを見つけてしまったかもしれない。
「大体、
「へぇー七色に光って見えるのはそういうカラクリか」
「誰が親の七光りですの!?確かに御父上は
ゼーハーゼーハー、必死な否定と叫喚のオンパレード。
エルは一人だけフルマラソン走ったみたいに肩を上下させて呼吸を整えようと躍起になっている。
「もう埒があきませんわ。このおバカさんにハッキリと言って差し上げて下さいな
「いや……盛り上がっているところ水を差すようで悪いのだけど、
我儘の権化のあのミーアが、どこか申し訳なさそうに右手を上げる。
ぽかーんと間の抜けた音が講義室に響いた気がした。
「ちょ、ちょっと冗談でしょ、ミーア・獅子峰・ラグナージ!?昨年行われたクロノス
「確かに貴方の言う通り準決勝には出場したかもしれないけど、あんまり対戦相手の特徴までは覚えていないわ。ごめんなさい」
歯に衣着せぬ何気ない言葉に、打てば響く鋼のようなエルのメンタルが塵砂となって崩れ去る。
「そんな……あんな、あんなにも健闘した
お花畑で埋め尽くされていた彼女の脳は現在、眼の前の事象を受け入れることができず白目を向いたままショートしていた。
ちなみに周囲のクラスメイト達も
ミーアという人物にとっては彼女ほどの実力の持ち主であろうと、眼中に無いと宣言したようなものなのだから。
「って、あら?そんなことより、イチルは何処に行ったのかしら」
唯一いまの彼女が興味を持っていたその人物の姿が忽然と教室から消えていたのだ。
ミーア達に注目していた周りのクラスメイト達も一同にきょろきょろと見渡すが、瞬きと共に消えてしまう妖精のように、パッタリその存在を掻き消していた。
「────アイツなら講義室の外へ出てったぞ」
ガサツな声に野次馬含めた全員が一斉に振り返る。
講義室入り口に立っていたのは、学院の購買で買ったパンを砲張りながら帰ってきた伊嶋だ。
「今朝の九時からずっとその席に
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