第10話
「────魔力は人の体内を介することによって蓄積魔力となり担保される。これらには上限が設けられており、体調、精神状態によって増減する。もちろん訓練することで上限を上げることはできるが、過度な蓄積魔力を抱えようとすれば「
カクンッ、カクンッ……
頬杖を突いた頭が何度も上下に揺れる。
もう何時間経っただろうか。
折り返し前の春陽が心地よい暖かさを届けてくれているなか、ぼんやりとそんなことを考えていた。
正確に言うならば、この地獄はいつまで続くのか、だ。
「────からして、それら状態を回復しようと一度自身の体内に蓄積された魔力を無理矢理他者に引き渡す
鉛のように圧し掛かる両瞼。
いつもなら寝ている時間だ。混濁する意識、理性の狭間。
気持ちはマラソンランナーのランナーズハイ。
もう……良いよな?
グイッ!!
「いッッッ────?!」
昼時前の四時限目、魔工学による前提条件を書き出していた初老男性の教師が振り返る。
視界に映るのはいつもと変わらぬ授業風景、何か感じた違和感に辺りを見渡すが、結局いつも通りと判断して再び記載途中だった術式投影板に立ち返る。
「これで四十二回目、真面に授業を受ける気があるのかしら。イチル」
着座した隣の少女、ミーアは、言の端に苛立ちを滲ませる。
講義室の机の下には彼女が
「ただでさえ編入生という立場にあって周りよりも学力が劣っているのだから、少しでも勉強しようと思わないのかしら、この駄犬は」
痛みで背筋が伸びたら再び説教が始まる。
くどくどとまるで小姑のように、俺の所作姿勢の数々をミーアは指摘してくるのだ。それをかれこれ四時間もの間、永遠と聞かされている。
最初こそ反論していたものの、次第にそのドが付くほどの正論に言い返せなくなり、今ではこうしてただただ時間が過ぎることばかりを願って黙り込むことしかできなかった。
「……
「ほっとけリア、なんか知らんが不真面目たアイツを学年トップのミーアが観てくれるってんだ。それに俺達が助けない方がもおもろ────いや、有意義にイチルも授業を受けることができるから一石二鳥だろ、ぶぶッ……」
「そ、そうなのです……?」
他人の不幸に嗤いを堪える
よし、逃げたアイツはあとで絶対に締める。
しかし、目下の課題はいま俺が置かれているこの状況だ。
銀灰の髪を流した見目麗しいご令嬢が突然編入してきて隣の席に居座り、
普通なら浮足立つほど嬉しい出来事だが、相手は先日二度も俺を殺そうとした張本人。
(なんであんな安っぽい男がミーア様なんかと……っ)
(羨まし……けしからんっ!)
おまけにミーアに心酔する周りのクラスメイト達からは、般若の如き白い眼で睨まれている。
誰一人として味方のいない四面楚歌、崖っぷち、どれだけ俺が身の潔白を示そうともこの場で彼女の正当性を疑うものはいない。
そして何度も言うけど、今の俺は死ぬほど眠い。眠いんだ。
昨日も含めここ最近の仕事は忙しかった、最後にまともに寝たのを思い出せないくらいには。
そんな極限状態の人間にとって、興味のない座学など夢見心地な子守唄にしか聞こえない。
予定では四時間眠るつもりだったのに、この女のせいで真面目に授業を受けざる得なくなった。そんな、沸き上がるさえも睡魔によってぼやけていく。
グイッ!!
「いッッッ────」
「四十三回目」
背筋も凍るような冷たい指摘を向けられたと同時、何度も待ちわびた昼時を示すチャペルの鐘がようやく鳴り響いたのだった。
◇ ◇ ◇
「一体何が目的だ……?」
学生にとっては喜ばしい昼休み開始早々、溜息と共に俺は呟いた。勿論相手は、隣で黙々と電子教科書を片付けている学年随一の優等生に向けてだ。
「一体俺が何をしたって言うんだ。嫌がらせにしては少々ねちっこすぎるんじゃないか?」
「別に嫌がらせじゃないわ。ただの気まぐれよ」
「……その気まぐれで、俺のことを殺そうっていうのか?」
「殺し?何の話しをしているのかしら?」
机に座ったまま毅然と振る舞うミーアが、その流麗な一筆書きを思わせる眉を怪訝に歪めた。
「ふざけるな、折角の四時間睡眠を全て無駄にしやがって、おかげでこっちは死ぬほど眠いんだよ。お前がどこで何しようと知らないけど、俺の睡眠の邪魔だけはすんな」
「貴方が寄り掛っているそれはベッドではなくて机。そしてここは講義室であって寝室じゃないわ。それを正してわざわざ四十三回起こしてあげたのに文句を言われる筋合いなんてないわ。寧ろ感謝して欲しいくらい。
「四十三回もやっておいて何が初めてだ。俺が飛び起きる反応をみて楽しんでたくせに」
「えぇ、芋虫のように藻掻く様は非常に滑稽だったわ」
「悪趣味だな」
「何ですって?」
ヒートアップした末に両者立ち上がって睨み合う。
睡眠不足で苛立った俺の視線と、ミーアの凛とした高貴に満ち溢れる視線が交錯し、その一触即発の殺気へクラス中の視線が集中する。
こうなってしまったら最後、両者意地の張り合いとばかりに一ミリとて視線を逸らさない。
生憎と握った拳を開くなんて器量を俺は持ち合わせていない。そしてそれはプライドの高いミーアも同じことだろう。
「────待ちなさい、狛戌一縷!」
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