第4話
「罪……?一体何の話だよ?」
言動とは裏腹のぎこちない笑顔、そこに詰まった嫌な香り。
「一つ、
キロリと僅かに一睨みを利かせると、さっき少女のことを
他の連中も少女の一挙動全てに釘付けにされていた。
本当は今すぐにでも男子高生と同じように逃げ出したいところだったが、猛獣を前にした時のようにそれが出来ずにいる。
そんな中、お構いなしに少女は言葉を紡いでいく。
「二つ、
「いや、その前にぶつかった時は何も言わな────」
「そして言い訳、これがアナタの犯した三つの罪」
あれ、知らないうちに罪状が増えてない?
理不尽、唯我独尊、この少女の精神は
例え六法全書であろうとも紙屑同然の理不尽さは、まさに
「それで?その罪を犯した俺には一体どんな罰が待ってるんだ?」
「もちろん惨死よ。
こっちが軽口なのに対し、少女の返答には重みと凄みが入り混じっていく。
どうやら冗談では無いようだ。
「クロノス学院則第六条三項目『両者合意による決闘もしくは自らの意志による研鑽、実験による死亡において学院及び如何なる法的組織は責任を伴わない』勿論アナタもご存じよね」
「へぇ、そんな学院則があるなんて、今日から編入する予定だから知らなかったぜ」
本当は全て頭に入っている。
少女の言った通り、遠回しに合意さえあれば殺し合いを認めているのだ。このイカレた学院は。
一番の問題はこの合意という部分。これは決闘者同士の合意、さらに立ち会う第三者が決めることだが、周りの様子を一目見れば誰もがこの少女には逆らえないことは流石の俺でも判る。
なんて言うかその、クソめんどくせぇことになっちまったなぁ……。
静かな葛藤によってカチリとスイッチが入れる音。
ルーティーンでも景気付けでもないけど、三年前から体得した習慣によって戦闘寄りへシフトチェンジしていく思考が周囲の状況や環境を流し見た。
男女問わず数多の学生達に囲まれたこの状況は、ある種の闘技場のようなもの。ネズミ一匹逃げ出す隙間はなく、俺の一挙手一投足に視線が集まり過ぎている。
ここへ来た目的のためにも、ここはなるたけ波風立てずにことを済ませたい……けれど、いまさら土下座しようと泣き叫ぼうと、殺意剥き出しのこの少女は決して赦してくれないだろうな。
せめて、一対一であれば幾らでも切り抜けられるのに……。
「じゃあ身を以て体感させてあげるは、アナタの……その身体でねッ!」
馬鹿力で抑え込んでいた左手に少女は別の力を作用させる。
外的変化は起こっていないがおそらく魔学を用いるための術『魔術』による攻撃であることは間違いなかった。
こうなったら相打ち覚悟で奥の手を……っ。
「あれ……どうして魔力が……?」
こちらが動き出すよりも先に深淵を映す瞳が僅かに揺らいだ。
それから何度か力を入れるように左手を動かしてみるものの何も起きない。
「アナタ、まさか────」
この場の学生含め全世界の誰もが決して気づくことのないその真実に、少女が手を掛けようとしたその時だった。
「くらァーそこっ!入学式前に何してやがる!」
遠来する叫び声と共に現れたのは、引き締まった体躯の中年男性。
「やべぇ、先公の『
「逃げろ逃げろ!一度ロックオンされたら死ぬまで追いかけ回されるぞ!」
取り囲む学生達の意識が一瞬だけ逸れ、同時に呪縛から解き放たれたのを良いことに一斉に第三体育館へと雪崩れ込んでいく。
コイツは好都合。
偶然訪れた混乱に乗じて、掴まれていた右手の拘束を振り解こうと試みる。
「フッ、甘いわね」
それを容易く読んでいた少女は、もう片方の手で俺の左手を封じる。
「へぇ、ただの馬鹿力かと思ってたけど、対人格闘の基礎は心得ているのか」
「……そんな拙い賛辞では隙すら作れないわよ。それとも時間稼ぎのつもりかしら?何ならこのまま
「おいおい、こんなに力強く掴んでおきながらそれは無いな。そういうの女尊男卑って言うんだぜ」
両腕をクロスするように掴まれた俺と少女が向かい合う。
こうなった以上俺には蹴りしか残されていないが、下手に脚を出して掴まれでもしたら終わりだ。
仕方ない。あんまりポンポンこちらの手の内を晒したくはないんだけど、ここで捕まって退学にでもなったら色々と厄介だ。
「ふぅ……」
両腕の力を抜く。
リラックスとは違う。生きていく上での必要最低限の行動以外全てを排斥する脱力。
陽の光を知らない少女の白肌が怪訝な表情を浮かべる。
崖淵に立たされた人間は往々にして命乞いや狂乱するもの。
この状況で抗うことを諦めたのかしら?
一瞬の気の迷い。
時間にしてコンマ数秒。
瞬きよりも短いその瞬間こそ、俺が引き出したかった時間であり、彼女の敗因でもある。
「……ッ?!」
少女の身体が突然、意に反してガクリと態勢を崩す。
ガーター付きの黒ニーソに包まれたしなやかな両脚が、まるで小鹿のように震え、握っていた繊細な指先も思うように力が篭められなくなっていた。
その隙に易々と拘束を抜け、俺は群衆に入り混じる形でその場を後にするものの、正直内心は穏やかなものではなかった。
手の内を晒す以上、記憶されにくくするため本気で気絶させるつもりだった。けれどまさか片膝もつかせることが出来ないとは……。
まだまだクソジジイの技術には到底及ばないらいしい。
「くっ、待ちなさいッ……この、この
誰が従僕だ。
背後で響いた少女の叫びに心の中で反論する。
おそらく今日初めて会った相手ゆえ俺の名前など知るはずもなく、咄嗟にそう吐いたのだろう。
全く、登校初日から
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