華番
ねこみや
華の運命
大正__19××年、華族
実力主義社会に近づき成り上がりの商売人達ですら力をつける中、華族とは政府から認められた絶対的な権力を持つ者。平民を統べるための要。
実力主義となった社会で何故そんな者たちが何故認められるか?
その答えはひとつ、それは彼らが他と比べ物にならないほど優秀だから。
…… 優秀でない者などいないからだ。そう、彼らは男女という一次性だけでなく二次性をもつこの世界で最特異である純粋なα性を持つ一族。
ただ"純粋な"という言い方には語弊がある。
家系図の"どこか"でβ性やΩ性を持ったものが産まれたかもしれないがそんな記録なんてないのが華族。
α性ではないものを血縁だとは認めない。
そんな彼らは冷酷に見えるかもしれないがそうすることにより力を繋いできたのもまた事実。
そしてここにもまた1人華族の波に飲まれてしまう少女がいた。
.
「お前は家から出ていってもらう。そして今後一切の屋敷への出入り、榊の名を名乗ることを禁ずる」
「おとうさま…、?」
父の部屋へ呼び出されたかと思えば突然告げられるその言葉はあまりにも突然で少女の気が遠くなってしまいそうだった。
「…父、などと呼ばれたくないな。たかがΩの分際で」
少女を蔑む目で見つめΩとハッキリ口にしたその男。
その男は少女と血の繋がった本当の父親である。だからこそ、その目から向けられる冷酷さは決して娘に対して向ける眼差しではないはずなのだ。
だが男は依然として父であるという名分を放棄しているような態度。
それは少女にとっての最終宣告にも等しかった。
(あぁ、わたくしは…Ωだったのですね)
Ω性は二次性の中で最も人口人数が少なく、最も蔑まれてきた性である。
太古には孕み袋として生かされ、人権なんてもの存在していなかったと文献にもあるくらいそれは酷い迫害を受けていたのだ。
けれど時代は移り変わるもの。大正となりその迫害も少しずつ着実に解決されていき、今現在ではほぼ解消してきている。軍の中には『番』のいないΩを守る組織もあり、Ω性で最も厄介である発情期を抑えるクスリだって既に存在していた。
ならばなぜ限りなく迫害が少なくなった世界で少女は目の前の自身の父にΩ性という理由から勘当を言い渡されているのか?
その答えは簡単で少女の家が__華族であるから。
その血筋はα性のみでなければならない絶対的存在。
少女だって自分がα性だと思い育ってきた。
だからこそΩ性と告げられた時にショックだった。
…だかしかし、自身がΩ性だった以上家からの勘当は受け入れることが当然であり華族として最後に残された義務なのだ。
「分かりましたわ。十五年間、お世話になりました」
少女は全ての感情を押し殺し華族としての教育で今まで習ってきた作法を自然と行い父の部屋から静かに去る。
父の部屋から出た少女はいつも通り凛としていて美しいという表現が似合う姿だったであろう。
けれど心はそんな姿とかけ離れており、決壊寸前であった。
そしてその少女の壊れかけのココロは自身の部屋へ着くなり遂に決壊してしまう。
「ふ…っぅっ」
声を出してしまえば家の者に気づかれてしまうと思い唇を噛み締め耐える少女。
その頬に伝うのは大粒の涙であり少女の苦しみそのもののような存在。
(なんで、なんで私なの。Ω、なんて…っ)
少女がもしβ性であったとしてもこの屋敷からは追い出されただろうがβ性ならば外へ出ても生きていける可能性があった。
なぜなら大正という時代は女性も社会へ出ていく革新的な時代であり、少女は華族として培ってきた教養があったからだ。
しかしΩ性はそうもいかない。大正になって迫害が解消されてきたと言ってもそもそも職につける女性が少ない中Ω性で職につけるとしたら花街で身を売るくらいなもの。
「…っわたしは、いやっ」
名も知らない男と身体を重ね合わすなんて事華族として教育されてきた少女にとって許容しがたくおぞましい行為。
自らの身体を売るくらいならば、命を絶った方がマシでは無いのかという考えすら浮かんできてしまう。
「だめ、だめよ…まともになり、っなさい」
命を自ら絶つのは少女の意思に反するのだ。
「おめがであろうとも、身体を売ったとしてもわたくしはわたくし…、いきていく、ためだもの…っ心まで売るわけでないの」
自身に言い聞かせるようにそう呟くがそんなもの自分が正気を失わぬようにするための言い訳だ。
「気に入りました」
廊下と部屋の襖を無遠慮に開けそう言い放ったのは軍服を纏った男。
サラサラとした黒髪は輝き、翡翠のような薄い色素の瞳はどこまでも澄んでいて見目麗しいという言葉が似合う青年であった。
「…え、」
少女にとって目の前の青年は紛れもなく初対面であり彼が何者であるかも知らない。けれど青年の後ろに佇んでいたのは先程少女に勘当を言い渡した父だった。
「それでは最終確認ですが娘さんは私が引き取る、と言うことでよろしいでしょうか?」
「…そのような娘、勝手にしてくだされ。三上大尉」
「そのような娘とは随分な物言いですね、貴方のたった一人の娘さんでしょうに」
「は…っ相変わらずであるな、華族であるのにも関わらず軍の者は変わり者しかおらん」
「そちらこそ」
笑顔を貼り付けたような青年の事を少女の父は"大尉"と言った。
つまり彼は軍の中でもかなり上層部に食い込む存在であるということ。
それなのに彼は少女を貰い受けるというのだ。
「では行きましょうか、お嬢さん」
「え、…っ?」
青年に強引に手を引かれいつの間にか涙が止まってしまっていた少女はあっという間に十五年の全てを過ごしてきた家から出ていったのだ。
「…なぜ私は、三上様のお車に乗せられているのでしょうか?」
家から身一つで出てきた少女は青年が運転手を待たせていた黒の車に乗せられていたのである。
「そうですね。簡単に言えばあなたを貰い受けたから、でしょうか」
「貰い受けるって…っ私はΩなのですよ!」
本来Ω性であるならば自身の二次性を言うなんて馬鹿げている。Ω性を言ってしまえば危険があることなんて目に見えているからだ。
けれど今は言うべき時であったのだ。
青年は少女を貰い受けると言った。それはどういう意味からかは分からないが大尉という地位につくものがとるべき行動ではない。
何度も幼い頃から教えられる通り優れたαにはα同士でより優れたαを産んでもらはなければ困るというのが華族。そこの関係にΩが少しでも立ち入ってしまえば周囲からは批判されると目に見えているからだ。
「えぇ知ってます。…だから私はあなたを妻にしたい」
「つ、ま?」
妻にしたい。つまりそれは…?
「妾などではなく?」
「もちろんです。そもそも私は妾なんて作るつもりもありませんしね」
女性関係は割と面倒に思う質なのですよと笑う青年だがその端整な容姿と大尉という地位がある以上妾が何人いても納得はいく。
だというのに目の前の彼はそれをしないという。有り得ない、と何度も否定した。あの厳格そのものの父でさえより優秀なαを求めて妾など当たり前であったのだ。
父より若い彼がたった一人を妻として迎えるなんて都合のいい夢物語かと疑った。
「それでは私に子を孕む胎となれ、と?」
「…いえ。あなたが望まないというのに私はあなに手を出したくありません。私はあなたの強い意志を気に入ったんです、そして一目見て恋に落ちた」
少女の手を優しくとり口をよせる姿はまるで御伽噺さながらの王子様のようで頬に熱が集まってしまうがそれを冷ますように首を小さく横に振る。
「こいなんて…ありえません」
「それでは運命とでもいいますか?私にとってあなたへの好意をなんと言い表そうといいですが心まで疑われてしまうと困ってしまいますね」
青年は全く困った素振りなど見せず楽しそうにしているのだが少女の頭はオーバーヒート寸前であった。
父からの勘当の次は青年からの求婚?
…ありえない話なのに冗談ではなくこれが現実なのが最も信じられないのだ。
「でも三上様は大尉様なのでしょう?ということは華族ではないですか。Ωとの結婚など…」
「あぁ大丈夫ですよ。私の母だってΩなのです」
何でもない事のように告げた言葉は少女にとって衝撃だった。
Ω性である母から産まれた子どもが大尉という地位を得ている事実に。
「それに三上様なんて呼び方やめてください、あなたももうすぐ三上になるんですから」
…三上になる。
榊という姓を名乗ることはもうなくなり、三上を名乗る。それはやはり彼との結婚という事柄を指していて戸惑いは拭いきれない。
「でも私三上様のお名前を…存じ上げておりません」
三上という名も大尉という地位も父との会話を聞いていたから偶然耳に入った情報だ。
彼が他になんと呼ばれたいのかも分からないがそもそも青年の名前を少女は知らない。
「そうでした、ね。お互い自己紹介すらしていませんでした。私は三上嶺と申します、名ばかりですが一応三上家当主兼大尉という役職も賜っております」
少女に向き合い名を告げる青年…、嶺は丁寧な男であった。軍人と思えぬような柔らかい物腰に、爽やかな笑み。
男性と関わることを制限されていた目の前の少女もその姿に好印象を覚えた。
「私は美琴です」
勘当されてしまい榊という姓を名乗ることすら禁じられてしまった今少女はただの美琴。
だがなぜか今はそれがやけに清々しく、家からの縛りがとけ本当の自分になれたような気になった。
「美琴さんとお呼びしても?」
「お好きにお呼びください。それで私はなんとお呼びしたらよろしいでしょうか?」
「れい!嶺がいいです!」
おずおずと聞いた少女に対して青年は食い気味に自身の名を呼ぶことを望む。
「あの、それでは…れ、いさま」
「嶺です」
「……」
「嶺と呼んでください」
もしかすると案外彼は押しが強いのかもしれないわと美琴の頭を悩ませる嶺であったが名を呼んでもらうのを待つ姿はまるで忠犬のようなのだ。
(なぜか後ろに耳としっぽが見えるわ…っ!)
美琴は犬好きであり、ついにはそのキラキラした瞳に耐えられず口を開いた。
「れいさんでお願い致します…」
男性の名を呼んだのだって初めてなのだ。呼び捨てなんて事を美琴が出来るはずもなくさん付けという所で嶺も納得してくれた。
ホッとする美琴だが、いずれ呼び捨てにしてもらうのが楽しみになりましたなんて言う嶺の呟きは届いていなかった。
「嶺様到着いたしました」
運転手がそういい先に車を降りると慣れた手つきで後ろの席の扉を開ける。
「ありがとうございます」
車を降りその運転手に礼を言って頭を下げれば運転手は一瞬驚いた表情を浮かべたがそこはプロの使用人。すぐに元の優しげな表情に戻り門の扉を開けたのだった。
門から玄関までは距離があったが美琴にとってその道のりは興味深かった。どこまでも純和風な榊の屋敷と違い三上の屋敷は流行りの西洋の建築を取り入れていたから。
庭だってその例外ではなく綺麗な噴水も設置してあり、その広さは三上の財力の高さを表していた。
…だが美琴がそれ以上に驚くのは屋敷に足を踏み入れてからだったのだ。
「れいちゃーん!おかえりなさい!」
「ただいま母さん」
屋敷の扉が開かれ待ち構えていたのは一人の女性。
…その女性は嶺から母と呼ばれており、嶺に教えてもらったあのΩ性の女性なのだと理解した。
「あら?嶺ちゃんのお隣のお嬢さんは?見たことないけれどとーっても可愛らしい子ね」
「母さんにも紹介したかったんだ、彼女は美琴さん。一目惚れして連れ帰っちゃったんだ…」
「まぁまぁまぁ!あの嶺ちゃんが!?女の子に一切興味を示さなかった嶺ちゃんが一目惚れ!!そうだ、あの人にも伝えなきゃっ」
嶺の母は興味津々と言わんばかりに美琴を見つめていたのだがあの人にも伝えなきゃと何かを思い出した途端に屋敷の奥へと姿を消してしまう。
「ごめんね、母さんが騒がしくて」
「いえ。とても素敵なお母様ですね」
美琴は母と幼い頃に死別しており、あまり記憶はないからこそ明るい振る舞いをする嶺の母という存在をとても素敵だと思った。
「……母は元々この三上家に代々使える使用人の家柄だったんです。そして、歳の近かった父とはいつしか想いを通わせるようになっていたらしく十五の二次性診断でΩ性とわかるや否や母は初めての発情期を迎えて父と番になったそうです」
「そう、なのですか」
嶺の母はとても明るい人に見えたがきっとこの屋敷でΩ性として暮らしていくには耐え難い事もあったのだろうがそれを感じさせない程に強い女性。
美琴は嶺の説明を噛み締めるように聞き、それを理解した。
「Ω性である母を受け入れた三上家は華族として本来は認められません。ですが、父は最後の権力行使とも言わんばかりにΩ性を保護する組織を軍に作りその実力を認めさせたんですよ」
無茶な人でしょうとつけ足す嶺だったがその目には尊敬の念がこもっている。
一人の女性を愛し、決して不幸になどさせないその強い意志は父ということを除いても尊敬に値するものであると嶺は常日頃感じていた。
「そして父が当主を引退した際に私はその軍を引き継ぎそのまま大尉となったんです」
美琴は華族としての資格を失ってもなお実力で大尉という座に君臨する青年を心から素晴らしいと思う一方好ましいと思う。
努力という人に見えない形のものを彼はきっと今まで積み上げてきて、今目の前に軍服を纏い立っているのだ。
それがどれだけ大変な事かなど想像がつかない。
「嶺さんは…、私をなぜ選んだのでしょうか」
彼があの時私の声を聞いていなければ出会うこともなかった。こうして彼がここへ連れてくる事もなかった。
「私がΩだからなのでしょうか?」
美琴がΩだから。自身の母がΩであり軍の中でもΩを保護する立場にいる嶺であれば同情したのかもしれないと考えるのは必然であったのかもしれないが嶺にそんな気など一切存在していなかった。
「そんなわけありません。私があなたを好きになったからですよ」
優しい笑顔で彼は笑い、それに好きでなければ自身が属している軍へ保護すればいいだけではないですかと言う嶺。
その言葉にはきっと嘘はない。
美琴がここまで疑ってしまうのは怖いから。先程父に捨てられた時一人でいたらまともな判断ができなかった時に彼が手を差し伸べここまで引っ張りあげてきてくれた。
だがもし彼という存在を受け入れることでこの先美琴の心を嶺が占めるようになれば取り返しのつかないことになってしまう。
(今度こそ…壊れてしまうかもしれないなんて弱気な話よね)
初めて出会って数時間も経っていない相手に対してもう既にこんな情まで抱いていては手遅れかもしれない。そう分かりつつこの先へ進むのを美琴は怖がっていた。
「私は嶺さんを好きなのかどうかと聞かれたら好意はもっているとおもいます。ですが、それはあなたと違うかもしれない。それでもよいのですか?」
「いいです。今はあなたが私の隣にいてくれることを望んでくれるならそれで」
嶺の優しい言葉は美琴の傷ついた心を少しずつ少しずつ覆い隠す。
そして美琴は初めて嶺の前で笑うのだ。
「これからよろしくお願い致します。嶺さん」
「…っ!その笑顔は反則でしょう、…その、1度だけ抱きしめてもいいですか?」
そんな遠慮がちな言葉と照れた顔をする嶺の姿を愛らしいと思い小さく頷いた美琴だったが二人の甘いムードなんてお構い無しに屋敷の奥からドタドタと騒がしい足音が響き渡る。
「れーい!女の子を連れてきたのは本当か!?」
「あなたも絶対気に入るわ。とっても可愛い子だったもの」
屋敷の奥へ消えた嶺の母の声が聞こえ隣を早歩きで歩くスーツの男性に検討がつく美琴。
「父さん、母さん…チッいいとこだったのに」
きちんと挨拶をしなければいけないと思い焦っていた美琴には不満げな嶺の呟きは聞こえていなかった訳だが嶺の両親は二人とも息子が不機嫌になったことを察しニヤニヤと笑っていた。
.
三上嶺という男は今日も今日とて憂鬱である。
車に揺られながら外の景色を眺めていてもその気は一向に治らない。
(華族からのΩ保護要請なんて来るんじゃなかった)
嶺自身何度か華族からΩ性の子息、令嬢を保護したことがあるのだがその目はいつだって絶望を浮かべ見ているこちらまで気が滅入りそうなのだ。
平民から産まれたΩはわりと割り切っている者たちが多いが華族はそうはいかない生物。
αとして育てきてしまった弊害としてΩという姓に激しく抵抗してしまう。
(…そんなことをしても意味なんてないのに)
「嶺様到着致しました」
車が止まったのは高級住宅地である中でも一際大きな日本家屋。
榊家は華族としても歴史深く格式高い家柄なのだから当たり前と言えば当たり前なのだがこんなお家のお嬢サマの保護なんて明らかに厄介そうな案件であり、流石に部下に押し付けてしまうのも気が引けたため大尉という座についているにも関わらず青年が来たという経緯は軍内部の者しか知らない。
第一、華族というのは使用人でもない平民に屋敷へ入られるのを嫌がるのだ。それを考慮すれば同じ華族が出向いた方がはやかった。
「お待ちしておりました、三上大尉。娘は部屋に」
事前に時間を連絡していたからか榊家当主であり、保護する娘の父はわざわざ出迎えてくれたのだがその表情からは娘の心配などひとつも感じられずいっこくでも早く引き取って欲しげに歩く足ははやい。
当主から案内された部屋の前につくと声を押し殺し、力なく泣いている少女の泣き声が聞こえた。
うわ言のようになんでなんでと繰り返すばかりでその姿はさながら壊れたマリオネットのようだと嶺は思う。
部屋の前で立ち止まってその泣き声に耳をすませていると入るタイミングを逃してしまっていた。当主は苛立たしげにこちらを見ているがいい気味だと思い少女の声にもう少し耳を傾けると今度は繰り返すだけの虚ろな声ではなく明確な言葉が聞こえたのだ。
「だめ、だめよ…まともになり、っなさい」
自分に言い聞かせるような言葉。それはなぜか初めて嶺の身体を震わせたのだ。
「おめがであろうとも、身体を売ったとしてもわたくしはわたくし…、心まで売るわけでないの」
その言葉を聞いてさらにこの少女の事が気になった。
まだ齢十五の少女だというのにこの意志の強さはどこからくるのだろう。…この少女はどんな容姿なのだろう。笑うとどんな表情をするだろう。
一度気になってしまうと彼女への興味は尽きることなく溢れだしてくる。そして、当主への嫌がらせまがいに立ち止まっていた事も忘れて気に入りました。とだけ告げ自ら襖を開けた。
「…え、」
そこにいたのは長い黒髪に大きな瞳をした人形のような愛らしい少女であったがその目は泣いたことにより腫れて赤くなってしまっている。
あぁこんなことならもっと早く来て彼女が泣かないようにしていればよかったと憂鬱だなんて車に揺られていた過去の自分を殴りたくなった。
「それでは最終確認ですが娘さんは私が引き取る、と言うことでよろしいでしょうか?」
「…そのような娘、勝手にしてくだされ。三上大尉」
「そのような娘とは随分な物言いですね、貴方のたった一人の娘さんでしょうに」
「は…っ相変わらずであるな、華族であるのにも関わらず軍の者は変わり者しかおらん」
「そちらこそ」
軍とてタヌキとキツネの化かし合いのようなものでいつもはこういったやり取りも手馴れているのだが今は一刻も早くこの場からこの少女を連れ去ってしまいたくて早々に話を終わらせ少女の小さな手を引いた。
「では行きましょうか、お嬢さん」
嶺自身彼女を無理やりに引き連れた自覚はあったがあの家に長くいて欲しくなかった。
それは嶺のワガママ。
けれど少女のためを思ったゆえのワガママであった。
車の中で少女は嶺相手にどう接したらいいのか分からずオドオドしていたが先程までの泣いていた時とはまた違う姿に嶺が心を打たれていたなんて当人は知る由もない。
(私があなたを守りたい、なんて柄じゃないですね)
あまり人に執着をしてこなかった青年は初めてあった少女に対してなぜこんなにも惹かれるのか分からなかったが決意は決まっている。
この少女を自分だけのものに。
…それはもう青年の中で確定した未来なのだ。
.
華族として産まれたにも関わらずΩ性が発覚した少女に手を差し伸べたのはΩ性の母を持つ華族の青年。
__果たして、これが運命だったのか必然だったのかその結果は誰も知らない。
華番 ねこみや @nekomiya03
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