理由なんて無い、許すなんて烏滸がましい、俺は何度も糞畜生を繰り返す

 見たくないなんて言わせない…そんな勢いでありとあらゆる情報、あらゆる角度から俺はシアを知る。


 シアの日常、シアの秘密、シアへの世間のイメージ。良くも悪くも時の人だ。


 知りたくもない筋書きはこんな感じ。

 去年の末頃、シアはとうやらドラマに出ていた。俺は見てないけど。

 その際にシアは共演者の俳優T(多分、テツヤ)に、プロデューサーのセクハラについて相談をしたらしい。また、演技についても伸び悩んでおり、歌手での活動を視野に入れていたそうだ。

 俳優さんはシアの悩みに親身に相談にのっていた所、2人は恋に落ちたそうだ。

 ハハハ、スケールが凄いね。

 アハハハハハ、遠いな、話が遠いよ。


 とにかくなるべく考えないように、見ないようにしていた。

 今までに無い形で心が揺らぐからだ。

 しかしどこでもその話題でもちきりだ。

 俺とシアが仲良かった事を知ってる人も、俺とシアが疎遠になっている事を知っていたから、よく聞かれた。

「知ってた?」「いや、知らんかった、もう1年近く会ってないから」

 そんな感じでドライに返す。この時ばかりは最近グレた事になった噂が良い方向に働いた。


 学校でも、バイト先でも、母さんやメグミ、ヨウタは普通に話題にしてきたが、その話になると心を閉じた。

 何かを感じたのか、近しい周りの人間は自然とその話はしなくなった。


 それでも数日、ある梅雨の日、その日も雨が降っていた。

 サラは俺と同じバイトの日、同じシフトでレジにいる。

 例の話題は出さない、サラにとっては日常なんだろうな、今日も自分の話をシャカシャカしながら話す。

 姉が有名人ってどんな気持ちなんだろうな。

 そんな事を考えながら、シアの事は考えないよう、サラの話を音楽の様に聞いていた。

 閉店作業をしていると、俺が物言わぬ死体のようだから仕方無くサラと雑談をしていた常連さんが忘れていった週刊誌…その表紙。


『美男美女!お似合いの2人、夜中のデート♥』

 シアが満面の笑みで男に寄っかかりイケメン俳優とやらを見ている。男はシアの肩に手を回している。シアは俺より身長が高かったが、この俳優は180以上はあるんだろうな。高い身長でスタイルの良いシアとお似合いだった。


 アぁ…見エた、見えてしマった。

 ずっと見ないようにしていたシアの顔が…駄目だろ、今は。駄目なんだよ、サラがいるから…耐えろ…心…殺せ…


「先輩!今日のう!?…りあ…げ…」


「今日は先に帰ってな、俺はちょっとバイクをいじっていくから。他の作業やっとくから、雨降ってるから気をつけてな」


 有無を言わさず話を打ち切った。

 これ以上無理だから、耐えきれないから、シアの妹に、慕ってくれる後輩に、サラに見られたくないから、蘭子の時とは全然違ったから、俺が壊れる、から、


「先輩…あの…「良いから良いから、気をつけて帰るんだよ。後、やっとくから…ね?」


 サラの顔が明らかに歪む、知ってるよ、本当に申し訳ないと思っている。今度バイクに乗せてあげよう、後一ヶ月ちょっとでニケツ出来るから。だからサラ…今だけは、頼む…


「サラ…今だけは…頼むよ…」


 声に出てしまった…サラの顔が泣きそうな顔になりながら…急いで荷物をまとめて、店から出ていった。



 誰も居なくなった閉店後の古本屋…シアとの思い出を思い出す。

 誰も見てない、誰もいない…だから、泣いた。

 本当はずっと泣きたかった。

 分かってるんだよ。自分から離れたんだ、だからシアを思って泣くなんて何様だって思ってるよ。

 だけど止まらないんだよ、涙がさぁ…酷い話だよ。

 俺から離れといて、裏切られたと思っているんだ。

 自分で離れといて、何でそんな事するんだって思ってるんだ。 


 夜中に会いに来たのだって、いつか戻ってくるって約束だって、夢と思うしかなかった。期待してたら辛すぎるから。


 でも、でもさぁ!心の奥底で期待していたんだよ!靴が置いてあったんだよ!シアの声がしたんだよ!嬉しかったんだよ!シアがまだ…シアが…


「ううぅ…嗚呼ああアアア…じあぁぁぁ!…じあぁ…」

 

 こんなに泣いたのはいつ頃だろう、あの動物園か、親父が死んだ時か…シアの名前しか出ない。

 もし名前以外を…心の声を出せば…

 

「ぢクショウっ!俺が!俺じゃあ!俺っ!…ぼぐじゃだめだんっだだぁなぁああぁぁ!ぼぐのごどずぎっていっででざぁっ!?うぞづぎぃ!じあぁアアアアッッ!!なんでうらぎっだぁぉ!?ズキだったんだぁ!じんじてだんだぁ!おれだけがよ!」


 週刊誌の表紙に向かって呪詛を吐く、裏切りやがって、嘘つき、口ばっかりだ、結局これだ、幼馴染がなんだよ!運命ってなんだよ!俺はピエロかよ!


 握りしめた、シアと男が写った表紙がクシャリと歪む。ページが捲れる、2人のラブホからの入り口でのキス…ポタポタと俺の涙の雨がより激しく、豪雨の様に2人に降る。


「ぶだりしてじねよっ!ごのグゾどもがよぉっ!グゾがぁ!俺にウンゴ投げだりどうぶづみでーなばがとよっ!こんなヤリヂン俳優なんで!ぼがでいぐらでもオンナいんだろうがよぁ!?じねぇ!じんじまぇよっ!!ジアどりやがってクソおどこがあっ!」


 June Bride、祝福の雨と言われる6月の雨。

 『シア、おめでとう』って言えないクソ野郎のドブみてぇな俺という男の目から出る雨は、この誌面に写る、誰もが羨むカップル2人には似合わない。


 僕が、俺がどれだけシアに依存していたかよく解る。

 シアと離れた時に決めた事、人に依存せず自分の為に生きる。

 人に依存せず良くしてくれる他人の為に生きる。


 今の俺のザマ。でも、小さい街の古本屋の閉店後…誰も見てない誰も知らない事だから。

 神様とやらもいるのならよ…弱音を、呪いを吐くぐらい許してくれよ。

 まぁ、いるのならその神様も死んじまえとしか思わないけどな。

 

「グゾがァァァあっっ!!どいづもごいづもじんじんまえあっ!?」


 顔を上げた時、涙でぼやけているけど…初めて会った時の、遠足…動物園で迷って泣いているシアがいた。


「わ!私は!離れません!わ、わ、私なら!絶対!」

 

 違う。


 それは帰った筈のサラだった。

 シアより遥かに低い身長、幼い顔、俺を好いてくれる稀有な女の子。

 だけど俺は知っている。シアとずっと見てきたから。

 サラは絶対、綺麗になる。そして才能がある。

 シアは見た目と行動が派手だったから、小さい時から目立っていただけ。

 サラも同じ様に、誰かがきっと見つけるだろう。

 いつかは、シアと同じ様に高い所にいける

 だから…そんなサラだからきっと俺は彼女の事が好きになる。

 そして同じ事を繰り返す。

 シアが幸せになっても、俺がもう一度同じ事をするのは耐えられない。

 ふと考える。シアは今、幸せなんだろうか?もし幸せでなければ…それこそ死にたくなるな。

 でも俺と一緒にいるよりかはマシか…ハハハ。


「えっ!えい!エイっ!コレで!先輩から離れられません!!」


 サラが上半身で俺を抱きしめてきた。

 6月終わり蒸し蒸ししているとはいえ、サラは長袖Tシャツと半袖のTシャツの重ね着だけの上着から全く柔らかい感触しない胸…失礼極まりないが、この間抱きしめた時と同じ…懐かしくて愛おしい感覚が蘇る…同時に…また折れてしまう、俺が。


「やっぱり…まだ姉の事が忘れられないんですね…分かってます…分かってますから…」


「まだ…信じていた…諦めたと思っていたのに…好きだったんだ。情けない話だよなぁ…本当に


「ずっと…私もずっと同じでした…未だに届かない姉…家族を追いかけています…何を認められても…あの姉がいる限り満たされない…唯一心を満たしてくれたのが…先輩でした…だから…だから!」


「駄目なんだよ。今、サラに甘えたら…俺は…サラにシアを映し込んで見てしまう…それだとサラが…」


「私も同じです…私も…姉は姉、私は私…と、思っても諦められませんでした…先輩…私達は一緒だと思います…同じ方向を向いて…同じ人を見て立ち止まっている…だから…2人で歩き出しませんか?」


 サラの甘い言葉に引き寄せられる…いや、この姉妹はそうだ…心を許した相手には徹底的に甘いんだ…だから…俺は…


「また諦めるかも知れない…逃げるかも知れない…しかもまだシアが心にいる…出来れば…どうにもならなくなる前に俺を捨ててほしい…それでも…俺でも良いか?」


 こうやって逃げ道を作る、相手のせいにする、相変わらず俺は卑怯だな…


「えぇ、構いません。私は…姉に勝つのではなく越えるんです。それに…先輩が諦める時は一緒に、逃げる時は同じ向きで、捨てる様な環境にはなりません…姉という反面教師がいますから…」


 綺麗事かも知れない…ただの口約束だ…それでも…もう一度信じてみたい。

 この小さくて幼くて、だけど深い優しさを持つ後輩を。

 もう一度だけ、人を好きに…なろうと思った。




※コロナにかかりまして推敲に時間かかりまして、申し訳ないありゃあせんです!(土下座)


 


 

 

 

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