アーサー・ペンドラゴンvs芹沢鴨 2

 芹沢鴨は新選組初代局長とされているものの、人柄に関しては謎が多い。

 まず初めに出自が不明。生年月日も不明。本名も不明で、芹沢鴨の名前も後で改名したものであり、本性に関しても所説あり、確定されてはない。

 乱暴狼藉を働く凶悪な悪漢とされているが、これも創作中の話で、本当は陽気でおどけた人柄であったり、暇潰しに子供に絵を描いて遊んでやる好かれた人格者だとする説もある。

 だが唯一、彼の暗殺事件については引っ繰り返らない。

 実行者の名前こそ人によって変わるものの、彼が暗殺されたと言う事実は変わらない。

 きっかけは、気に入っていた芸子が肌を許さなかった事で立腹した芹沢が、芸子二人の髪を切った上、大暴れして店を壊した狼藉だ。

 しかしそれだけで、人が暗殺などされようか。

 女にとって髪は命というけれど、それだけで暗殺されるなど考え難い。

 ならばやはりと思わないだろうか。芹沢鴨が創作通り、凶悪な悪漢であったのではないかと。


  *  *  *  *  *


『出たぁ!!! アーサー王必勝の一撃、エクスカリバー! さすがの芹沢鴨も、これは効いたかぁ?!』

「効いたって言うか、さすがにこれ死んだんじゃ……」

 安心院あんしんいんの隣で、南條なんじょうは黙って戦塵の中を見る。

 ビールを傾ける手は止まり、泡は既に無くなりかけていたが、その表情は、未だ笑っていた。

 晴れていく戦塵の中、まず聖剣を振り下ろしたアーサーの姿が見えて、次に、右肩から腰に掛けて縦に一筋の傷を付けられた、芹沢が両膝を突いているのが見えた。

 見ていた大半が、事切れたと思ったろう。

 見ていた大半が、一撃にて逆転したアーサーを称えんと歓声を上げた。

 やはりアーサーには勝てないんだと思った人々が、それ見た事かと芹沢を笑う中、ただ一人、泡の引いたビールを飲み干す男だけが、嘲笑っていた。

「――?!」

 歓声を上げた人々を。

 芹沢を笑った人々を。

 もう終わったと早とちりした人々を。

 南條はそれ見た事かと腹を抱えて笑い、芹沢に殴り飛ばされていたアーサーに対し、最高の嘲笑を浮かべた。

「見ろよ安心院! 傑作だ! 常勝無敗を誇る騎士王様が、勝敗の見極めを間違えて安堵してたところを殴られたぜ!」

「南條、この部屋の防音設備に、感謝した方がいいよ……」

 安心院は南條が嘲笑っていた事に肝を冷やしていたが、あながち間違いも言っていなかった。

 事実、アーサーは今の一撃で、芹沢が戦闘不能に陥るだろうと高を括っていた節があった。

 手応えは確かにあったし、今までならば終わっていた。芹沢の様子を見ても、回復能力でも持っていない限りは立ち上がって来ないと思っていた。

 だからまさか、立ち上がって来るどころか反撃までされ、剰え、殴り飛ばされると思っていなかった。

 何が無敗。これが剣撃だったら、今の一撃で死んでいた。

「はっ! ハハハ! ハッハハハハ!!!」

 誰もが笑わなくなった会場で一人、芹沢の剛胆な笑い声が響く。

 聖剣に斬られた体で立ち上がったばかりか、アーサーを殴り飛ばした芹沢は懐から鉄扇を取り出し、アーサーを差して口角を釣り上げた。

「何だよ! やりゃあ出来るじゃねぇか! その剣なら、もっと楽しめそうだな……後ろの槍も使うなら、さっさと出せ! 楽しくやろうや。なぁ、王様ぁ!」

「モードレッド!!!」

 モードレッドが堪え切れなくなっているのを悟って、先に制す。

 実際に剣を抜こうとしていたモードレッドは止まり、それ以上動く事を許されなかった。

けいの出る幕ではない……これは、私の戦いだ。手を出すな……!」

 歯を食いしばって、モードレッドは下がる。

 血の混じった唾を吐いたアーサーは立ち上がり、落としていた聖剣を握り取った。

 殴り飛ばされた距離は、歩幅にして五歩半。未だ、殴られた頬が痛い。まともに殴られた事など、召喚されて以降一度もなかった。

「失礼した。正直に言って侮っていた。今の一撃は、あなたを侮っていた償いとして受けよう。だが次はない。あなたがどこまでやれるか知らないが……今度こそ、る!」

「御託はいい。来いよ!」

『し、信じられねぇ……戦いはまだ、続いてるぅ!』

 誰もがアーサーの勝利を確信していた。

 どうせアーサーが勝つ。アーサーが勝つのは当然の事。

 だが、今の今まで、それこそ聖剣を使った後に殴られたアーサーを見る直前まで、皆の頭にこびりついていた固定観念が崩壊を始める。

 同時に見出してしまう別の可能性――それ即ち、

 あり得ないと振り切りたい。だが目の前の光景がそうさせない。もしかしたら、と思わせる状況が今、実際に目の前にある現状を覆せない。

 人々は予感し始めていた。信じ難くもあり得ないと言い切れなくなった、アーサーの敗北を。

 そしてその事実を誰よりも強く感じていたのは他でもない。アーサー自身であった。

 手を抜き、気を抜けばやられる。そんな直感が、剣を強く握らせる。

「……参る!」

 眩い光輝を湛える聖剣を手に、アーサーが肉薄。

 が、振り下ろすより先に芹沢の鉄扇が薙ぎ払い、接近を阻む。

 回り込んでからの一撃を狙うが、後ろ回し蹴りを躱すため後ろに飛び退かされ、届かない。

 逆に芹沢の肉薄を許し、鉄扇での一撃を聖剣にて受け止める。

 脚を蹴って体勢を崩そうとするが、巨漢はまるで動じず、足首を掴まれて大きく振り被って叩き付けられた。

 何度も宙に弧を描き、地面に叩き付けられる。が、途中でアーサーが地面に手を突いて自身で体を支え、剣を振って芹沢から離脱。一度体勢を立て直すべく、距離を取る。

 しかし離した距離だけ芹沢が詰めて来て、鉄扇で喉を狙って来る。

 すかさず剣で弾くアーサー。首根を掴まれるも払い除け、着地込みの袈裟斬りで斬り付ける。

 が、芹沢は止まらない。

 相撲の張り手が如く繰り出された掌底に胸座を突き飛ばされ、一瞬息が止まる。

 続いて喉を鉄扇で突き、また呼吸を奪った芹沢の拳が、アーサーの顔を殴り付けた。

 倒れるのを堪えて踏み止まったアーサーが斬り返すが、腕を斬られても尚怯まず、血を噴き出しながら拳骨を振り下ろして来る。

 異世界で何を得たのか。芹沢の拳はアーサーの甲冑を粉砕。更に右肩を脱臼させた。

 すぐにアーサー自身が戻したものの、右腕は最大限に力を発揮出来なくなってしまった。

 それでも、構いなどしない。容赦などしない。芹沢は愛用の鉄扇を武器に、鈍重な巨体とは思えぬ速度で迫り来て、攻め立てる。

 聖剣での横薙ぎ一閃。

 顔面中央を真一文字に斬られながら肉薄した鴨の鉄扇が、アーサーの頬を穿った。右を向かされた直後左を向かされ、両頬を打たれたアーサーの喉を鉄扇が捉える。

 咄嗟に後ろに跳んで衝撃を幾分か殺したが、芹沢にとって充分過ぎる時間止められた。

 芹沢の鉄扇が、アーサーの腹部を突く。

 甲冑は砕けて穴が開き、会場も穴が開いたかのような静けさに襲われる。

 会場全体が静閑に包まれる中、モードレッドの涙混じりの絶叫がこだまする。

「親父ぃぃっ!!!」

 鉄扇が貫通した訳ではないし、刺さってもない。

 だが確実に、内部は滅茶苦茶に壊れているだろう衝撃が全身を走った。

 肋骨の一部が砕け、五臓六腑に亀裂が生じる。一つの呼吸が鈍重になり、生きる事が、動く事が億劫になっていく。

 現世の人が語る三途の川。アーサーにとっては古き魂の故郷アヴァロンが、また見えたような錯覚を感じた時、他の誰でもないアーサーが、息を吹き返した。

「“常勝無敗の騎士聖剣オリジンズ・エクスカリバー”!!!」

 先に付けた傷とは逆の場所に、輝ける聖剣を叩き込む。

 爆ぜた血が焼却されて、血の焦げる臭いが広がったと同時、芹沢がこの戦いで初めて、膝だけでなく、片手をも突いて項垂れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る