第一試合 アーサー・ペンドラゴンvs芹沢鴨

アーサー・ペンドラゴンvs芹沢鴨

 芹沢せりざわかもを見た騎士の多くは、その巨体に半歩ばかり引いた。

 が、無論一歩も引かぬ者もいた。騎士の王が背中を預けた円卓の騎士達である。

「新選組……この世に召喚されてから知ったが、あんな男もいたのだな」

「何あの程度。けいならば今にでも仕留められようぞ、ガウェイン卿」

「御冗談を、ランスロット卿。さすがの私でも、太陽の加護無しにあのような男と対峙する力はない。それにやはり、怪物は王に倒して頂くのが一番でしょう」

「んだよ。あんなデカいだけの奴なら俺でもやれたゼ。何なら今から代わってやろうかぁ?! 親父!」

 微笑での一瞥だけ返され、息子にして叛逆の騎士、モードレッドは舌打ちする。

 嘆きの騎士が無言を貫く中、新選組側から超が付く大声が響いて来た。

「やっちまええ、鴨おぉ! 下顎打ち抜いて、! からの袈裟斬りだぁい!」

近藤こんどうさん、ガキじゃあねぇんだから……おい沖田おきたぁ。おまえなら奴と、どう戦う」

「勘弁して下さいよ、土方ひじかたさん。相手は長物持ってるんですよ? しかも明らかに普通じゃない。ま、とりあえず速力で翻弄したいですが、上手く行くかって感じですかね」

 大男を殺した二人は訝しむ。

 果たして芹沢に、そんな速力があるのだろうかと。

 そして案の定、男――芹沢にそんな手段もなければ、そんな手を使う気すらなかった。

 近藤の声援に応えた訳でもあるまいが。鴨はあろう事かノーガードで、一切構え無しの状態で進み始めたのである。

 対してアーサーも、槍はその場に突き立てて置き、剣を持ちながらも一切構えず、フィールド中央までゆっくりと進み始めた。

 互いの初手は奇しくも同じく、ノーガードから始まったのである。

「よっしゃあ! それでこそ鴨だぁ! 行け行けぇい!」

「近藤さん……」

「せめて抜刀くらいしていて欲しいですよね」

 土方と沖田も呆れる中、近藤の声援だけが芹沢を押す。

 両者は間合いに入ると止まり、騎士は持っている剣を突き立てて、腰に差していた剣を抜いた。

「ハハッ! 親父、選定の剣でやるつもりだぜ!」

 選定の剣。

 石に突き刺さっていたその剣を抜いた事で、アーサーは王として選ばれた。

 アーサー以外に誰も抜く事が出来なかった古き剣。されど一切錆びない剣。欠ける事、刃毀れする事を知らない剣。

 アーサーは今までの試合、選定の剣だけで終わらせた事もあった。

 今回もそう判断したかどうかはわからないが、アーサーが最初から聖剣を使わなかった時点で、アーサーが芹沢を軽んじた事は確かだった。

 渾身――大振りの一撃が、芹沢へと振り下ろされる。

 風を切るとはまさに。音を置き去りにした一撃に残された風が爆ぜて、会場全体に吹き荒れた。

「ハハッ! 死んだろあの木偶の棒! どんな世界に行ってたか知らねぇが親父の剣をまともに受けて――」

 モードレッドはもちろん。他の騎士でさえ言葉を失う。

 逆に最初から今まで無言を貫いていた嘆きの騎士トリスタンが「よもや」と漏らした。

 剣は確かに当たっている。アーサーも、片手でだが全力で振り下ろした。手加減はなかった。

 しかしそれでも、芹沢の体には傷一つなかった。さながら選定の剣が突き立っていた石に刃を当てたが如く、刃は微塵も通らないどころか、表皮一枚も切れなかった。

 アーサーが反応を示さない代わり、モードレッドが一言「は?」と漏らす。

『し、信じられねぇ! 聖剣じゃないにしたって、選定の剣で傷一つ付いてねぇ! ってか寧ろ、弾き返してねぇか?!』

 実況兼審判が力説すると、芹沢が初めて表情を変え、歯を見せて笑い始めた。

「何だぁ。その程度か、てめぇ」

 突き立てられた刃を退かした腕を振り被り、思い切り振り下ろす。

 騎士王の生涯など知る由もないが、おそらく初めてだろう。騎士王の脳天に、超が付くほど特大の拳骨が叩き落されたのである。

 頭の頂点からつま先まで伝わった震動が、スタジアム全体を大きく揺らす。

 たった一揺らぎだったが、地震と間違うほど大きな揺れが観客席の全員をも揺らし、観戦していた南條なんじょうを笑わせた。

It's the best これぞ最高のentertainmentエンターテインメントだ!」

「笑ってる場合?! あいつ、本当に大丈夫?! 相手が誰か、わかっているの?!」

「最っ高じゃねぇか! 何をしでかすかわからない! それが良い!」

 何が良いのか。とにかく今すぐにでも避難をした方がいいんじゃないかとパソコンを抱き上げる安心院あんしんいんを振り返らせたのもまた、芹沢に関する歓声だった。

 まさか、まさかの珍事。

 全戦全勝。生まれてから死に、転生した世界で鍛えてから召喚の呼び掛けに応えて今日まで、一切の敗北を味わった事のなかった騎士の王が、生粋の武士でもない大男の鉄拳に片膝を突かされた上、手を突かされたのだから。

 倒れてはない。

 が、倒れる寸前で堪えた形だ。

 まだ小手調べの段階で、アーサーが膝を突いたのは、初めての事だった。

「なんだてめぇ、常勝無敗じゃなかったのかよ。おい聞いてんのか? ……おい!」

 立ち上がるより前に、下顎を蹴り上げられた。

 浮かんだ体の胸座を掴まれ、酒の臭いが鼻腔を突いて吐き気を誘われるまで、顔を近付けられたアーサーは、若干表情を歪ませていた。

「何だ。もう終わりか? つまんねぇ、なぁ!」

 巨大な頭での頭突きが、王の整った顔を潰す。

 手を離された王はまた片膝を突いて踏ん張ったが、鼻血を噴き出す鼻を押さえて動かない。

 脳天に拳骨。下顎に蹴り。正面から頭突き。

 あらゆる方向から脳を揺らされた事で、アーサーは脳震盪以上の揺らぎに酔い、動けなくなっていた。

「そこだぁ! 袈裟斬りだぁ、鴨ぉ!」

「近藤さん、落ち着きましょう。あれじゃあ新選組の品格に関わる」

「へぇ、土方さんでも品格とか気にするんすね。まぁでも、せめて刀は使って欲しいなぁ。あん人、このままじゃあ本当に喧嘩だけして終わらせますよ」

 呆れる沖田に対し、モードレッドは初めて見る父の姿に手から血が滲みでる程握り締めた。

 他の騎士もまた、今まで見た事のない王の後ろ姿に、驚愕している。

「あれでもまだ、夜中の私でも勝てるとお思いか。ランスロット卿……」

「いや、訂正しよう。あれは日中のけいでも、私でも勝てますまい……異世界の力を手に入れたとはいえ、あのような怪物が、この国にはいたのか……!」

「何をしてやがる……!」

 開始数分で片膝を突かされる背中。自分がずっと追いかけて、結局届かなかった大きな背中。最期の時まで、届く事の無かった背中が今、揺らいでいる。

「何してやがる! さっさと立て! クソ親父!!!」

 大きく振り被られる拳骨が、空を裂いて落ちる。

 が、咄嗟に繰り出したアーサーの左腕が頭と共に受け止め、腕の装甲を砕かれながらも持ち堪えた。

「そうだな……けいの言う通りだ、モードレッド卿……鴨とやら。すまないが、そう簡単には、譲れぬのだ……せめてその腰の刀、抜いて、貰うぞ……!」

 不撓不屈。

 拳骨を弾き、立ち上がると共に聖剣を抜く。

 高々と振り上げた聖剣を両手で握り締め、大きく一歩踏み込んで、振り下ろす。

 芹沢は先と同じく、その身一貫で受け止める構えだ。

「聖剣、解放――!」

 聖剣エクスカリバー。

 伝説の島アヴァロンで鍛えられたとされる剣の初陣は、四七〇人の軍勢を撃破するに至る。

 木を斬るように鉄を斬る剣。それが名前の由来とされた。

 カレトヴルッフ、カリバーン、コールブランド、カリブルヌス。エクスカリバーにあってエクスカリバーにあらぬ剣が持つ逸話の数々は、一つの聖剣に収束した。

 使い手さえ違う時あれど、真の聖剣使いはこの世に一人。

――“常勝無敗の騎士聖剣オリジンズ・エクスカリバー”!!!

 聖剣、光輝を放つ。

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