第44話 2015年 ~あなたは、へヴィメタルを愛していますか?-4

「〈キング・オブ・メタル〉も、そのことがあって、解散になったんですよね?」

 ふと、思いついた話題を口にした。

 特に何が訊きたいわけでもない。ただのつなぎだ。

「そうだな。まあ、あれが無かったらずっと続いていたのかどうか……それはわからないけどね」

「なにか他に解散する要素でもあったんですか?」

「そうだな……」

 楢崎は少し視線を落とし、そしてコーヒーをすすった。

「敢えていうなら、うまくいきすぎていた、ということかな。あの短期間で『メタル・ボックス』で単独ライブをやるまでに成長し、そして作る曲は全て名曲だった」

「確かに」

〈キング・オブ・メタル〉のアルバムに収録されている曲を思い出す。

 どの曲もそれぞれ、メタル愛好者の勘所を押さえられた、秀逸な曲だった。いわゆる捨て曲もなく、間延びもない。最初から最後まで、全力疾走だ。

「あまりにも高い完成度は、客観的に見て、おそらくこれ以上のものは作れないだろう、という不安すら感じさせるものだった。次にどこに向かうのだろう。一気に頂点に駆け上がったバンドにありがちなように、方向性を見失って一気に霧散してしまうのではないか、という危惧を、他人事ながらに感じていたね」

「なんとなく、わかります」

 個性が集まった集団は、ベクトルが同じであれば、ものすごい力を発揮する。

 一方で、それが少しでも逸れたときには、一気に空中分解する。個性が強ければ強いほど、崩壊は一瞬で訪れる。

「まあ今となっては『たられば』の話だけどね」

「音楽の方向性がどう、という問題でもなくなったわけですね」

 いつのまにか、入ったときよりも客が少なくなってきている。

 そろそろカフェの時間が終わり、晩の食事時間が近くなってきているのだろう。

「君はもちろんメタル愛好者だとは思うけど、どんなのが好きなの?」

 何杯目かのコーヒーを注文したあと、楢崎が聞いてきた。

 瑠奈はメタリカを敬愛していること、しかしだからといってスラッシュメタルが好きなわけではなく、どちらかというとドリームシアターのような、もっとテクニカルなバンドの方が好きであること、などなど、いつも通りの自己紹介をしたあと、

「そんなメタルを、再興したいんです」

 と、これもいつものように締めくくる。

「そうか……ならば、ヘヴィメタル症候群の謎を解かなければならないね」

 そうだ。今日はそのために来たのだ。水瀬春紀の体のこともそうだが、本日のメインイベントは、そこなのだ。

「この前は、一言でいうとわからない、というようなことをおっしゃってましたけど、それでも、なにか手がかりはつかんでいるんですよね?」

 いつの間にか身を乗りだしていた瑠奈は、はっと気づいて居住まいをただし、静かに楢崎の言葉を待った。

「まず考えたのは、東欧での金属の雨、イエテボリでの〈カオス〉の音楽、そして、『メタル・ボックス』での〈キング・オブ・メタル〉の音楽――この三つに共通する音は何か、そのことを考えた。まず真っ先に考えたのは〈キング・オブ・メタル〉は金属の雨の音を、最初のSEで使っていることだ」

 CDにも収録されていた雨の音だ。

 暴風が吹き荒れているような雑音に混ざって、激しい雷雨が降りしきる規則的な打撃音。普通の雨音とは一線を画する、硬質の雨音。

「しかし〈カオス〉はライブではそんな音は使っていない」

「その前に、あの雨音が原因だとしたら、あの音源を聞いた人はみんな症状が出ているはずですよね」

「そうだ……だから結局、単純な音なんかではありえないと判断できるんだけどね」

「そうだとすれば……」

「ヘヴィメタルそのもの、ということが考えられる」

「ヘヴィメタル?」

まず、音楽のヘヴィメタルが頭に浮かぶ。その数秒後に思い出されたもう一つの意味。

「金属としてのヘヴィメタルという意味ですか?」

「そう。金属そのものが、人体に悪影響を及ぼすことはよく知られているね」

「放射能……ですよね」おそるおそる、瑠奈は口を挟む。

 楢崎は頷き、そして続ける。

 心なしか、最初よりも口調がなめらかになってきている。楽しそうにも見える。

「キュリー夫人は、自ら精製し見出したラジウムの放射能によって、その死期を早めた、という説もある。当時はまだまだその危険性は未知数な部分が多くて、安全対策はずさんな部分が多かったんだろうね」

「じゃあ、今回のヘヴィメタルに関しても、同じことが起こっている、と? 何か放射能に変わる新しい有害な物が発散している、と?」

 これには、楢崎は首を振る。

「あの金属の雨が降り、それが未知の元素であることが確認されたとき、当然そのことも懸念事項として挙がった。でも、けっきょくは放射能を始め、各種波長はなにも確認されなかった。現実問題、あれから二十年以上経過して、そういった問題は何も確認されていない。アンダーグラウンドでは、あの金属をアクセサリにして長年身に着けている人もいるけど、そういった人たちがヘヴィメタル症候群を発症したという話はきかない」

「じゃあ、一体どういう人たちがヘヴィメタル症候群を発症しているんですか?」

「金属の雨に関しても、ライブ後に関しても、何人か、そこにいた人が失踪している、という噂はしっているよね」

「ええ。本当なのかどうなのか、定かではないですが何人か行方をくらませているという情報はあります」

「人が行方をくらませたというのは本当だけど、失踪というのはちょっと違うんだ」 

「それはつまり……水瀬さんと同じことが、起こっているということですよね」

「そうだ。混乱を避けるために、公にはただ行方不明、ということにはなっているが、病院関係者や、私みたいに個人で研究をしている人たちにとっては、常識になっているね。……あの『キング・オブ・メタル』のライブでも、水瀬春紀クンのほか、観客の何人かがいわゆる『失踪』状態になっている」

「失踪、ですか……それはやっぱり『二者択一問題』に答えるかどうかが、カギになってくるんですかね」

「ああ、二者択一問題、ね」

 楢崎は愛想笑いのような笑みを浮かべ、そして思い出したように、コーヒーに口を付けた。

「あれは、ただその場にいた人の証言でそういうものが多かった、というだけのもので、科学的には何も立証されていないからね。まあ当然なんだけど……だから、私の口からはなんとも言えないな。そこまでいくと、なんというかあとは人間の想像力の世界になってくるからね」

 どうも、なんとも、と口ごもる楢崎。

『二者択一問題』については、もう少し聞きたいところだったが、これ以上訊いても何も得られない。そう判断した瑠奈は、話題を打ち切り別の質問へと移る。

「最後に一つ、聞かせてもらえますか?」

「なんでもどうぞ。私に答えられることなら」

「あなたにしか、答えられないことです」

 瑠奈は、最大限の笑みを投げかけ、いった。

「あなたは、ヘヴィメタルを愛していますか?」

「ヘヴィメタル? もちろん、音楽の、ということだよね? それなら、当然、イエスだよ。ヘヴィメタルを一度好きになった人間が、それを忘れることは、出来ない」

「今でも、ヘヴィメタルを敬愛している、と?」

「もちろん」即座に、楢崎は答える。

 逆に、首をかしげながら、「何故?」と問い返してきた。

「いえ」と笑顔のまま、瑠奈は答える。

「とくに深い意味はありません。それだけ聞かせていただければ十分です。ありがとうございました」

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