第20話 2001年 ~モラトリアムと呼ぶなら…… -6
ライブは滞りなく終了した。
出演バンド数は四組で、わたしたち〈キング・オブ・メタル〉は二バンド目だった。最初に出てきたバンドは高校生のギターボーカルを中心とするスリーピースバンドで、メタルというよりは〈オフスプリング〉などのパンクに近い音楽をやっていたのが気になった。そのなかに〈モーターヘッド〉の『エイス・オブ・スペイス』が選曲として入っていたのが、かろうじてメタルといえなくもない。しかし、おそらく本人たちもパンクとメタルの違いなど、わかっていないのだろう。
少し拍子抜けしたわたしは、取りをつとめたバンド――わたしたちを誘ってくれたギターの男が所属するバンドを見て、逆に衝撃をうけることになる。
そのテクニックもさることながら、ただかっちりと曲を演奏しているだけではなく、そこからさらに崩して自分たちなりのアレンジを加えている部分が見事にはまっていた。それは技術に余裕がなければできないことであり、バンドに奥行きが感じられた。当然、固定ファンが多数ついており、オリジナル曲ではサビのメロディを観客に歌わせるような場面があり、正直にいうと久しぶりに脳髄がしびれるような思いだった。
「いやあ、僕が予想していたよりもはるかに上をいかれたよ。〈キング・オブ・メタル〉がまさかこれほどのものだったとはね」
そのイベントのあとの打ち上げの席で、取りのバンドのそのギタリストはいってきたが、わたしはむしろ『キング』などという言葉をバンド名に入れていることに恥ずかしさを感じ、ただただ恐縮するしかなかった。
「そんなに卑下することはないよ。ほんとにお世辞じゃなくて、よかったと思っているんだから」
まっすぐにこちらを見ながらそういった男の視線に、どきりと心臓が跳ねあがる。
嘘ではないことが、肌で感じられた。それはメタル愛好者の曇りない眼だった。
「どの辺が、ですか? どう考えてもあなたのバンドには勝てそうにないですけど。あなたから見て技術的にも未熟なところもあると思いますし、それにバンドとしての完成度もまだまだです」
わたしも、まっすぐに目を見返しながら、訊く。
「たしかに」と、男はウイスキーのロックをあおりながら、
「それはそうだけど、完成度が低いということは、伸びしろがある、ということじゃないのかな? メタルバンドの魅力がテクニックや完成度だけではないことぐらい、君ならわかっていると思うけど」
確かにそうだった。
わたしの敬愛するアイアンメイデンが、他のバンドよりも技術が抜きんでていただろうか? 完成度が高いだろうか?
――答えは否だ。
わたしはウイスキーをあおり、そして考える。
結局は、好きかどうか、それだけなのだ。
その点で、目の前の男は〈キング・オブ・メタル〉のことを好きだといってくれているのではないだろうか。
「僕がギターパートだからかもしれないけれど、特に君のギターの音は、今まで感じたことのない魅力を覚えたね。聴いていて惹きこまれるというか――」
もどかしげに上を向きながら答えを探し、
「そうそう」と、さらに言葉を続ける。
「珍しいエフェクターを持っていたね。どこで買ったの?」
もらった、と言葉にしかけて、やめた。
そうなると、誰から、と当然続く。すると、楢崎のことを説明しなければならない。
「ええ。ちょっと、あるところから、ね」
と、適当に濁したわたしは、すぐに話題を別のところにもっていった。当然メタルに関するところだったのだけれど。
この日は、楢崎はいないことにしておきたかった。
打ち上げの席で〈キング・オブ・メタル〉の他のメンバー三人が帰ってからも、わたしは三次会まで残った。そして深夜、ごく自然な流れでそのギタリストの男と二人でわたしのアパートに戻り、重く深い酔いを引きずったまま、体を合わせた。
今後恋人になることもない男と、その場限りの肉体関係だった。なんの迷いもなく、楢崎への罪悪感も皆無だった。ただ本能の赴くまま男を呼び込み、そして体を開いた。
思えばわたしは、もうこの頃から少しおかしくなりかけていたのかもしれない。
突然脳に霞がかかったように何も考えられなくなって、フラフラと気持ちの赴くままに夜間近所を徘徊することもあり、また、妙に目がさえて数日間ただただメタルを聴き続けていたこともあった。その状況に対して、自分はおかしい、とは思えなかったことが、一番致命的だったのかもしれない。
一夜限りの関係を持ったその男から連絡があったのは、年が明けてすぐのことだった。
〈キング・オブ・メタル〉として、ライブをやらないか、という誘いだった。当然単独ではなかったが、その男のメタルバンドの前座、ということだった。つまり、その日に演奏するのはたったの二バンドということになる。前座として白羽の矢を立ててくれたことも嬉しかったが、なによりもその会場名が、わたしにとっては信じられないものであった。
そのメールには、確かに『メタル・ボックス』と記載されていた。
『メタル・ボックス』は、当然法で禁じられているため公にはされていないけれど、欧米でプロとして活動しているメタルバンドが多数出演する、メタルの聖地だ。
アマチュアバンドでは、貸切りで多数のバンドが寄り集まってライブをやるとしても、ハードルが高い会場なのだ。そんな場所で行うライブに誘われた、という自体が、あのギタリストの男のあの日のセリフが嘘でも社交辞令でもなく、本心を語っていたということを物語っていた。
〈キング・オブ・メタル〉のメンバーにそのことを伝えても、最初はまったく信じてもらえなかった。仕方なく実際のメールの文面を見せて、ようやく三人とも真剣な面持ちで話を聞いてくれた。
断る、という選択肢は、無かった。その場所でライブをすることが、わたしたちの終着点でもあった。プロになる、というフレーズがふと頭に浮かんだが、すぐに排除した。今はそういったことよりも、ただ、目の前のライブを成功させることだけを目指そうと決めた。
「いつなの?」
田中零が、当然の問いを発した。
「三月十五日……だから、今から約二カ月後、だね」
「二カ月か……なら、まだ間に合うね」
彼がなんのことをいっているのか、わたしにはわかった。そして、他のメンバーにもすぐにピンと来たようだ。
それは、オリジナル曲制作のことだった。
これまでずっとプロのメタルバンドのコピーだけをやっていたが、ほんの数カ月前からオリジナルの曲(当然メタルなのだけれど)を作りはじめていた。
『メタル・ボックス』で、オリジナル曲を演奏する〈キング・オブ・メタル〉。
想像するだけで、軽く失神しそうになる。
それは他のメンバーも同じだったようで、みな、息を粗くつきながら、なにかをつぶやいたり、自然と出てくる喜びをこらえきれず一人で笑いだしたりしていた。はたから見れば異様な集団だっただろう。
それから数ヵ月、わたしたちはただただ、夢中で練習を繰り返し、オリジナルの案を練り、そして、酒を飲んだ。
モラトリアムと呼ぶなら、呼ばせておけばいい――。
誰かになにかをいわれたわけでもないのに、わたしは勝手に心のなかでそう吐き捨てていた。
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