第11話 2015年 ~ヘヴィメタルのためなら…… -11

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 ユグドラシルは、思っていた以上に想像していた通りの外見だった。すっと通った鼻筋と綺麗な白い肌をした男だ。髪は綺麗な黒のロングヘアーが肩甲骨あたりまで伸びており、左右に二本、頭頂から赤いメッシュのラインが入っている。


 ぎょろりとした大きな目を剥いて、下からこちらを見据えてくる。背は瑠奈よりも少し高い程度で、胡桃には届かないのではないか、というぐらいだ。猫背もあいまって、余計に小さく見える。自然と男のおれに対しては上目使いになる。


「ユグドラシルです。今後、よろしく」

 いってからこちらの姿を上から下までなめまわすように見たあと、

「ルナさんとクルミさんの紹介だから、間違いはないと思うけど……まあ、とにかく僕についてきてくれれば何も心配いらないからね」


 髪をかき上げて不敵に笑みを浮かべるユグドラシル。その表情や仕草、肌の質感からは、相変わらずまったく年齢が読みとれない。

 まあどうでもいいか、と気を取り直す。

「よろしく。なにせバンドをするのもずいぶん久しぶりなので、足を引っ張ることになるかもしれないけど――」

 喋っている途中で、ユグドラシルが「うん?」と、首をかしげてこちらの言葉をさえぎる。人の話をあまり聞かないタイプなのかもしれない。それならそれでいいのだが。

「君、誰かに似てるっていわれたことない?」

「誰か……って、芸能人か?」

「いや、まあ……なんだろう。まあいいや。思い出せない」

 そのままぷいっと背を向けて、キーボードの前へと戻っていく。


 少しの違和感を感じるものの、不愉快というわけではない。向こうは向こう、おれはおれで、楽器を演奏すればいいのだ。そのまま奥のドラムセットへと向かう。今日はまだ榛原胡桃は来ていないようだ。


  一通りのセッティングを終え、まずは基本のリズムを叩きながら、体を慣らしていく。ベースの瑠奈は、マイクスタンドのセッティングも始めた。ユグドラシルもキーボードのほかにマイクスタンドを用意しているところから想像すると、二人ともボーカルをとるということだろうか。それすら聞いていない。

 各々が思い思いに音を鳴らしながら、音質と音量の調整を行う。

端から見ると混沌とした空間だ。


 しばらくすると制服姿の胡桃が現れ、バンド演奏が始まる。案の定、原曲ではボーカルは一人なのだが、このバンドではユグドラシルと瑠奈が二人で分けて歌ったり、時にはハモリでコーラスをしたり、とダブルボーカルの形式だった。


『僕についてきてくれれば問題ない』と豪語するだけあって、ユグドラシルのキーボードはアマチュアとは思えないレベルだった。それこそ、どこかインディーズバンドでCDデビューしていてもおかしくはない。

 ボーカルに関してもどこか中性的で、濁りのない澄んだ声は心地よく、独特の魅力があった。


 途中休憩で、ユグドラシルに賛美を伝えると、

「まだまだ、僕はこんなものじゃないけどね」と、胸を張る。


「ラシルはジョーカーだもんね」

 胡桃が口元を押さえて微笑みながら、言葉を挟んできた。

 どうやら、キーボード以外にも、ベースやギターもお手の物らしい。しかし、ドラムに関しては『出来るがやらない』というのが彼のスタンスなのだそうだ。


「僕にできない楽器はないよ。サックスでもリコーダーでも、タンバリンでもバイオリンでも……もちろん、ドラムも叩けるよ。君より上手いかどうかは別にして」

 そういいながらも、

「でも、僕はドラムを叩かない。それは自明なんだよ。だって、僕はユグドラシルなんだよ? やっぱりメロディ楽器が似合うだろ?」

 ああ、わかるわかる、と胡桃だけが大きく頷き、瑠奈は苦笑しながら、

「だから、とにかくドラムが必要だったんです」と、いった。


 この日の練習は時間の経過が速く感じられた。反面、終わった後の疲れは、前回の倍にも感じられた。しばらく待合所で座り込んで目を閉じていると、

「今日は榛原家で、練習の打ち上げ、兼、バンド会議を行いますので、参加よろしくおねがいします」

 榛原瑠奈が、どこか事務的で、それでいて有無をいわせない口調で誘ってきた。

 当然のように、ただ頷いたおれに、どうも、と小さく会釈した瑠奈が、ベースをかついだ。

 視線を胡桃のほうに向けると、ユグドラシルと談笑している姿が目に入る。オーバーに両手をかかげて世の中の摂理めいたことを説いている長髪の男に、セーラー服の少女がコミカルに肩をいからせて手を合わせて拝む仕草をしている。


「ごめんなさい。変な二人で」

 瑠奈は、さらりというと、そんな二人のもとに足を進め、そのまま外へ引っ張るように連れて行く。おれも、その背中に続いて、外に出た。


 五月の夜八時過ぎだ。

 ときおり吹いてくる風に、まだ少し肌寒さを感じる。

 目の前にはベースやギターを抱えた男女の姿がある。

 かつてバンドをやっていたころと同じ光景が、目の前に展開されている。

 おれは眩暈を覚える。

 いったい、今までなにをやっていたのか、そして今、自分はなにをやろうとしているのか――。

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