第4話 2015年 ~ヘヴィメタルのためなら…… -4
「合わせたい人がいるんだけど」
胡桃が高校二年の冬、もうそろそろ受験のことも考えないと、と姉としての瑠奈がうっすらと思い始めた矢先のことであった。
合わせたい人、というフレーズから、反射的に、結婚? と連想してしまい、いやいや、とすぐに否定する。
そしてすぐに、きっとへヴィメタル関連に違いない、と瑠奈は結論づける。
「なんでもいいから、今週の土曜日、一日空けておいてよね」
意味深に語る胡桃に、
「何なのよ?」
とわからないふりをしながらも、内心では不安と緊張がない交ぜになったよくわからない感情が湧き上がってくる。おそらくネット関連なのだろう。瑠奈が手をこまねいている間に、一人で動いてしまったのだ。
その予想は、当たっていた。
当日、つれていかれたのはスタジオで、そこには一人の男が待っていた。髪が長く中性的な見た目で、年齢は不肖だが、おそらくは胡桃よりは上で、瑠奈よりは少し下なのだろうか、と推察された。
「はじめまして」
予想に反して礼儀正しい対応をしてきたその男は次に、自分の名前を告げた。
その耳慣れないフレーズに、瑠奈はもう一度聞き返すこととなった。だが、返ってきたのはやはり、その言葉だった。
――ユグドラシル、と申します。
目の前の長髪の男は、確かにそういった。
「ええと……芸人さんかなにか?」
混乱して見当違いな言葉を返してしまう瑠奈に、
「お姉ちゃん、違うよ。ただのハンドルネームだよ。ほら、ネットではよく使うじゃん」
――そんなこと、知らない。
と、喉まで出かかったことばを飲み込む。
「ああ、ゴメンよ。気にせずにラシルって呼んでよ」
「そうそう、私もそう呼んでるし」
「はあ……そうですね」
場違いな空気を感じつつ、何とか合わせていうと、ユグドラシルと名乗る男はすぐに笑みを浮かべる。その屈託のない表情に意外にも人懐っこい印象を受け、少しほっとしてしまう。
「そういえばクルミちゃんは、それ本名だったんだね」
「そうそう。いいでしょ? これ。私のお気に入りの名前よん」
自分の名前に対する言葉としては不自然に感じたのだが、まあそれはそれとして、とにかく瑠奈はどうにかユグドラシルの人となりを確かめてみよう、と気を取り直す。何をおいても、まずはメタルに対する敬愛度だ。
「ところで、ラシル、ちょっと聞きたいんだけど――」
それから小一時間、メタル談義が続いた。
結果として、ユグドラシルは本物だ、と瑠奈は確信するにいたる。ひょっとすると、自分たちよりも真実のメタルを理解しているのかもしれない、と思うほど、彼のメタルに対する造詣は深いものがあった。
なるほど、ネットも捨てたものじゃないのかもしれない。
瑠奈にそう感じさせるに値するほどの、衝撃的な出会いだった。
その後、ユグドラシルとは定期的に会いながら、さらなる同士を探すため、ネットを利用するようになった。
最初に待ち合わせて会った何人かは、残念ながらハズレであった。当然、そういった人たちは一度会ったきり、瑠奈のほうからつながりを断ち切る。
時にはあからさまに酔わせてホテルに連れ込もうと画策しているのがわかるような輩も存在して、冷や冷やしたのも一度ではない。
やはり難しいのか、と思い始めたころに、一人、この人は、と思われる男に出会う。落ち着いた大人の男で、メタルのこともよく知っていた。若干知識先行型で、その熱意は図りかねたものの、今までの男たちとは明らかに違っていた。その証拠に、何度か会っていても、別段口説こうともせず、ただただメタル談義に明け暮れて、そして帰るというだけだった。
この人なら、と思った瑠奈は、思い切って胡桃に打ち明け、一緒に来てもらうことにした。ユグドラシルにも伝えたのだが、たまたまその日はどうしても用事がある、とのことでNGとなり、二人で会うことになった。
その当日、
「はじめまして胡桃です」
との胡桃の挨拶にも、なぜだかきょろきょろと周囲を見回すしぐさをするその男は、
「あれ? もう一人来るって……」
となぜか不満げに呟いていた。
違和感を覚えながらも、瑠奈は急用ができた旨を伝える。
「そうか……まあ仕方ないか」
男はそういうと、胸の内ポケットに手を入れる。
そして、出してきたのは、警察手帳だった。
「悪いね。榛原瑠奈さん。これも仕事なものでね。ちょっと色々と話を聞かせてもらえないですかね。確かあなた、へヴィメタルを聞いているんだってね?」
頭が真っ白になった。
隣で、胡桃も固まっているのがわかった。
今までのはすべて演技だったのだ。
思えば、確かに知識はあったが、それだけだった。おそらくメタル愛好者を探すために、勉強したのだろう。ただそれだけの男だったのだ。
男の手がこちらに触れる、その刹那、
ドン、と鈍い音とともに、男の姿が視界から消える。
「瑠奈さん、逃げて!」
甲高い、男の声。
反射的に、胡桃の手をとった瑠奈は、地面をける。
どこに向かっているのか、自分でもわからなかった。夜の繁華街をただひたすら駆けた。息が続かなくなって、ようやく足を止めた。
「お、お、お姉ちゃん、もう……私、ダメだよ」
途切れ途切れの胡桃の声が、聞こえてくる。
「私、も、限界」
立ち止まった瞬間に、どっと疲労が押し寄せてくる。目眩がして、立っていられなくなる。
と、そんな瑠奈の肩を抱いて、近くのベンチまで連れて行ってくれたのは、ユグドラシルだった。
「危なかったね、瑠奈さん」
「どう……して?」
立ちくらみにより朦朧としながらも、必死に頭を働かせる。いったい、何が起こったのか――。
「瑠奈さんに話を聞いたときに、ひょっとしたら……と思ってね。やっぱり警戒しておいて正解だったね。こういう仮面警官の話は、ネットの世界では有名なことでね。なんだかんだいっても、やっぱりへヴィメタルは違法なんだよ」
このことがあって、瑠奈は以前にも増して、ネットに対しては不信感を持つことになる。
やはり同士は、身近な人から見つけ出さなければならない。
そう確信するに至る。
偶然なのか誰かの力が働いたのか、ちょうどその頃に、瑠奈は水瀬春紀と同じ課に配属されることになった。初めて水瀬春紀をメタル愛好者であると認定したときから一年以上経っていた。
――機は熟した。
天啓を受けた瑠奈は、次の飲み会、水瀬春紀の隣の席へと足を向けることになる。
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