第3話 2015年 ~ヘヴィメタルのためなら…… -3

「隠してたわけじゃないけどさあ。だって、なんか恥ずかしいじゃん。そういうの。それに、法律で禁止されてるっていうし」

「ギターは、いつから弾いてたの?」

「ギターはそうだねえ。小学校の終わりぐらいからかなあ。お父さんは知ってたんだけどなあ、わたしがギター弾いてるの。それで上手い上手いっていってくれて」

 父は、胡桃のギターのことを知っていてもそれがヘヴィメタルだとは気づいていなかったのだろう。

 その日から、胡桃は妹ではなく、同志になった。


「さあ、胡桃、私たちでヘヴィメタルを再興しましょう」

「え? え? お姉ちゃん、どういうこと?」

 戸惑いながらも、胡桃は嬉しげに拳を突き上げる。

 その拳の人差し指と小指だけを無理やり立ててやった。

「親指をたてちゃダメ。人差し指と小指だけをピンと立てるのよ」

「うん。……こう?」

「あ、親指を隠しちゃダメ。ちゃんと中指と薬指の上にそっと添える感じで……そうそう」

 ロニージェイムスディオがライブでやり始めたのが由来と呼ばれる、魔除けのサインだ。今やメタル愛好者でこのポーズを知らない者はいない。そのサインのまま両手を高らかと掲げあげた妹の姿は、まばゆいばかりに歴戦のメタル猛者だ。

「胡桃、覚えておきなさい。これがメロイックサイン。次からはこうやって拳を上げるのよ」

「なんかこれカッコいいね、お姉ちゃん」



 メタルを再興する、とはいったものの、具体的に何をどうすればいいのか、瑠奈にはわからない。いわゆる『へヴィメタル症候群』と呼ばれる症状の原因を突き止め、そしてメタル禁止法を撤廃してやればいいのだが、それは話が大きすぎて今の瑠奈には手が出せない。

 いろいろと考えた末、まずはメタルバンドを結成することだ、との結論に至った瑠奈は、ギターとベース以外のメンバー探しをすることにした。バンドをやっている人間、というだけであれば世の中にはごまんと存在する。そして誘えばやってくれそうな人にも心当たりはあった。ただ、メタル限定、となると話は違ってくる。


 むしろ、バンドをやったことがなくても、メタルを敬愛していればそれでよい、と、いつしか瑠奈は思うようになった。その鋼鉄の魂さえ持っていれば、技術などはあとから自ずと身についてくるものなのだ。瑠奈はそう確信していた。

 そういう意味では、まずは水瀬春紀に近づき、それとなく話を聞き出さなければならない。彼がバンド経験があるのかどうか、それは些細なことだ。確認すべきことは、あの飲み会の席で『メタリカの~』という言葉に反応したように見えたのが、錯覚だったのかどうか、その一点に尽きる。


 そんな思いを抱えながらも、なんとなく日々は過ぎていく。定時を過ぎて人が少なくなったのを見計らい、話しかけてみようか、と画策するが、水瀬春紀本人が、さっさと帰ってしまうため、この方法も断念することとなる。


「お姉ちゃん、メンバー集めならネットを使えばいいじゃん」

 あるとき、胡桃がいってきた。

 それは瑠奈もわかっていたことであった。昔とは違い、今はもう同好の者同士が出会うことなど、難しいことではない。わかってはいるのだが――。

「考えておくけど……」

 そういったものに警戒心を抱くのは、古い人間なのかもしれない。それでも、やはり生理的に受け付けないのだ。

 煮え切らない瑠奈に対し、

「ふうん……変なの」

 と不満げに呟いた胡桃は、それでもそれ以上は何もいってこなかった。

 瑠奈のほうは、考えておく、とはいったものの、実際に行動には移せず、しばらくの時が流れた。

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