第58話 ふたりらしい旅のはじまり


朝のちょっと遅い時間帯


ザックさんたち駐在員さんのお見送りを受け、


公共休憩場を出立したワタシとジェニー姐さん



お別れの直前、プレゼントのやり取りで少しごたつきましたが、


クレイジーなクレーマー(新任薬師)と顔を合わせずに出発できたのは何よりでした


(ホント、あの人は一体なんだったんでしょうね?)

(まあ、もう会うことはないでしょうけどね)

(それにしても、薬師さまって、みんなあんな感じなのかな?)

(そうだったら嫌だな~、怖いな~)

(もう、薬師さまに会いたくないかも・・・)


(もちろん、ジェニー姐さんは別だよ?)

(ジェニー姐さんはワタシを庇ってくれるし、護衛もしてくれるもん)

(それにアレだよ? リアル【バラ様】だよ?)

(モブなんかと比べてはいけません、主人公キャラですよ!)

(ていうか、ワタシに画才があれば、ジェニー姐さんを主人公にして漫画とか描いちゃうね)

(タイトルは、【薬師さまがみてる】か【ああっ薬師さまっ】って感じで!)




そんなワタシのひとり妄想はさておき、


ワタシとジェニー姐さんの旅の目的地は、


ジェニー姐さんが本拠地にしているという、この国第2の都市、


サンジェルマン、またの名を、聖都


古くからある街で、この国の文化的中心地だそうです




ふたりでのんびり歩き始めて、はや30分


ワタシはすでにグロッキー気味でした


「かったるい~、だるい~、足が痛い~」


そしてどんどんとジェニー姐さんの歩くペースについていけず・・・


気がつけばかなりの距離をあけられてしまいました



そう、現代人のワタシは、足腰が弱いのです


ていうか、そもそも、最初から歩くスピードが違います


「姐さんってば、軽快な足さばきだし、そもそも歩幅が違うし・・・」

「ワタシだって、レベル、結構上がったんだけどなぁ・・・」


そんな愚痴をこぼした時でした


「ん? だから前にも言ったでしょ?」

「レベルで上がるのは、あくまでポテンシャルよ?」


知らぬ間に近くまで戻ってきてくれていたジェニー姐さん


「それにしたって・・・」


「そもそも、あなた、ただの運動不足でしょ?」


「うっ・・・」


「どんなにレベルが高くても、数値だけ、スペックだけでは、意味がないの」

「スタミナ? 持久力? それこそ日頃の鍛錬の賜物じゃない?」

「日頃から鍛錬していなければ体は動かないわよ?」

「体が思うように動かなければ、イザって時には何の役にも立たないわ」

「日々鍛錬を欠かさない現場の猛者と、ステータス値だけはご立派だけど日頃何もしていない怠け者、」

「どちらが強いかなんて愚問だと思わない?」


「・・・ぐぅっ」

「あっ、また、ぐぅの音がでた!」

「あれ? でちゃダメだったんだっけ?」


「あなたってば、また・・・」



そんなやり取りがなされましたが、結局何も解決にはなりません


ただひたすら歩き続けるしかないのですが、


そうするとジェニー姐さんとワタシで歩く距離に差が生じてしまう訳で、


体格とか体力とか、今更どうしようもないことなのですが、


さりとて何も対策しないわけにもいかず・・・



(ワタシ自身の体力のなさを嘆いても仕方がない)


(それを補う何かを考えよう・・・)


そう考えていると、いつものように現れる【買い物履歴】画面


画面中央の[あなたにお勧め]に表示されている商品は、




【マウンテンバイク 26インチ 21段シフト 18,720円】



これはアレです


日頃の運動不足を気にして、自転車通勤するために買ったヤツです


折り畳み式のヤツで、多段ギア&ダブルサスペンション付き


坂道もスイスイ、でこぼこ道でもお尻が痛くなりにくい、


オジサンにやさしい仕様のヤツなのです



早速ノータイムでよどみなく、マウンテンバイクを購入するワタシ


楽な方へ、楽な方へ、流されていくワタシなのです



「あれ? サドル位置こんなに高かったっけ?」

「ちょっと足がつかないかも・・・」


今の小柄なスキニーちゃんには、26インチの自転車では、ちょっと足が届かないかも


「それじゃ、サドルを一番低くして・・・」


購入直後、早速自転車の調整作業に入るワタシなのでした



(歩いている姐さんを尻目に、ひとりだけ自転車に乗って・・・ムフフッ)


マウンテンバイクのサドル位置調整作業中、そんな感じで、ひとりほくそ笑んでいると、


「あら? なんだかおもしろそうなモノ持ってるじゃない?」


いつの間にかワタシの真横に来ていたジェニー姐さんがマウンテンバイクに興味を示し、


そして秒で奪われ・・・


「・・・」

「ま、まあ、こうなることは、ハナからガッテン承知の助でやんすよ~だ」


完全なる負け惜しみです


ですが、ただの負け惜しみではありません


(うふふん? しかし姐さん、そうは問屋が卸さなくってよ?)


そう、自転車というものは、はじめから簡単に乗れるモノではないのです


 おっかなびっくりまたがって、

 転んで、コケて、すりむいて、

 いろいろ身をもって体験して、

 そして、はじめて乗れるようになるモノなのです



「姐さん、自転車はね? 練習しないと乗れ・・・てる?」



秒で奪ったマウンテンバイクを、これまた秒で乗りこなすジェニー姐さん


ジェニー姐さんの謎の能力、不思議パワー


きっと解析したのでしょう


そしてアレコレしたのでしょう


ワタシの知らない魔法的な何かで



何の説明もなしに、軽快にペダルをこいで自転車を乗りこなすその姿は、


軽快、否、自由自在


まるで、


誰もいないドッグランを独占して、所狭しと縦横無尽に駆け巡り、


ひとりメッチャご機嫌にヒャッホーしている大型わんこの如く・・・



「歩くのだってついていけないのに・・・」

「マウンテンバイクに乗った姐さんのスピードになんて・・・」



ジェニー姐さんのマウンテンバイクと一体になったその姿を見て、


はかま姿で女子高生に教鞭を振るう某メガネ教師のキメゼリフが頭に浮かぶワタシなのでした


ん?

糸?

色?

のぞむ?




そんな悲嘆に暮れているワタシの目の前に


救世主の如く、再度現れる【買い物履歴】画面


画面中央の[あなたにお勧め]に表示されたのは、




【ホンマ マグロ50 298,000円】



「おおっ、これはアレです! ワタシが初めて自分で買ったバイク!」


50ccの原付にしては異様にお高いバイク


しかも、スクーターではありません


クラッチつきの本格的なバイク


どっしりとしたアメリカンスタイルの原付バイクなのです



車高が低いので、足つき性に不安は皆無


シートにまたがって足がつかなくて怖い、なんてことはありません


ちょっと小柄なスキニーちゃんでも余裕のべた足です



「これ買う時、【ホンマ ジョーズ】と迷ったんだよね~」


低くどっしりとしたアメリカンクルーザースタイルのマグロ50と、


ちょっとアップライトなジャメリカン(チョッパー風のジャニーズアメリカン)のジョーズ


どちらも甲乙つけがたいぐらいに好きでした




そんな、妙にはっきりした記憶を思い出しつつ、ついでにガソリンも購入します




【レギュラーガソリン 20リットル 3,260円】



「高っ!」

「ガソリン高っ!」


(これはアレかな?)

(最後に買ったときのガソリンの値段なのかな?)



そんなこんなでバイクに給油をしていると


「スキニー! 遅いわよ~! 置いてっちゃおうかしらね~!」


「まっ待ってくださいです~!」




出立してまだ30分ちょいだというのに、


ほとんど進んでいないというのに、


何かとドタバタしている、ふたりの旅路のはじまり



それは、今後のふたりの行く末を暗示しているかのようなのでした


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