信頼関係

「あー! くそ! なんなんだアイツ! 娘をなんだと思ってるんだ!」


 ベンチに座るなり、俺は喉まで出かかっていた言葉を全て吐き出す。

 飛び出すように莉愛の家を出て、近くの公園にやって来た。


 胸糞が悪くてイライラが止まらないが、そんな俺のあとを莉愛は一緒に着いて来てくれた。


「あはは。やっぱりダメだったか」


 莉愛は困ったように眉尻を下げながら、近くの自販機で購入したペットボトルを俺に手渡した。お疲れ様ということで、お茶を奢ってくれたのだ。


 莉愛は俺の隣に腰掛けると、缶ジュースをちょびちょびと飲み始める。

 父親を説得出来なかった俺のことを、責めるつもりはないらしい。その優しさが返って、俺を落ち込ませる。


「ほんとにごめん。莉愛のお父さんを説得する気満々だったんだけど、想像の斜め上を行くくせ者だったわ」


 ため息混じりにそう言うと、莉愛は「くせ者って」と笑った。


「あーくそ。思い出しただけでもイライラするわ。莉愛もあんな父親の言うことよく聞けるな」


「あはは。あたしのお父さん頑固だからね。一回決めたことは、叶えるまで諦めないよ」


「なんだよそれー。強敵すぎるだろ……」


 俺は頭を抱えてもう一度ため息を吐くと、莉愛が背中を撫でてくれる。

 どうして一人の男も説得することが出来なかった俺に、ここまで優しくしてくれるのか。もっと惚れてしまいそうだ。


「莉愛はお父さんのことどう思ってるんだ?」


 もしも自分の父親が莉愛のお父さんだったらと思うと、悪寒が止まらない。

 あんな父親を持ってしまったら、自分の人生を自由に歩めない。

 いくらお金持ちの家でも、莉愛を羨ましいとは思えなくなってしまった。


 莉愛はアゴに指を当てて「うーん」と考えると、こちらに笑顔を見せた。


「あたしはお父さんのこと大好きだよ。あたしたちのために頑張って働いてくれてるし、あたしがここまで大きくなれたのもお父さんのおかげだから。ちょっと人より頑固だけど、言うことさえ聞いてれば怒らないから」


 その笑顔に嘘偽りはないらしい。

 あんな父親でも、莉愛からすればこの世に一人しか居ないお父さんなのだ。

 それを俺は『あんな父親』だの『アイツ』だのと……失礼にも程があった。


「ごめん。ちょっと頭に来てたから、莉愛のお父さんのこと色々言っちまった」


「んふふー。別にいいよ。それくらい本気になってくれてたってことだもんね」


「莉愛……なんでお前はそんなに優しいんだよ……」


「優しいかなー。思ったこと言っただけなんだけど」


 莉愛はそう言いながら、ベンチから腰を上げた。そのまま青空に向けて伸びをすると、こちらを振り向いた。


「でも、お父さんの元から連れ去って欲しいとは思ってるよ。瑞稀っていう王子さまが助けに来てくれないかなーって。やっぱりお父さんからの命令だったとしても、顔も知らない人とは結婚したくないからね」


 冗談を言うような口調だったが、きっとこれは莉愛の本心なのだろう。これまで沢山接して来たから、なんとなく莉愛の気持ちは察することが出来る。


「ああ。絶対に助けに行くから待っててくれ。俺はまだ諦めてない」


 だから俺も真面目な顔を作って言うと、莉愛は嬉しそうに微笑んだ。


「うん! 期待してる!」


 身を屈めて無邪気に笑った莉愛の笑顔を見て、俺は是が非でもコイツを助けたいと思った。

 でも莉愛のお父さんは、莉愛のことを譲る気はさらさら無いだろう。

 だから全てはこれからの作戦にかかっている。莉愛のお父さんを説得出来なかったから、別の角度から莉愛を助け出さなくてはいけない。

 それには俺だけの力じゃ無理そうだから、あの人たちの力も借りよう。


 俺は心の中でそう決意して、ベンチからゆっくりと腰を上げて伸びをした。


 ☆


 深夜一時。

 俺はお姉ちゃんたちを自分の部屋に集めて、今日あったことを話した。


「ということがあったんだけど、俺の力じゃどうしようもないからお姉ちゃんたちの力を借りたい」


 俺はその場で立ち上がって、「お願いします」と頭を下げる。莉愛をあの父親の元から救出するには、俺一人だけの力じゃどうにもならないと思って、姉たちの手を借りようと考えた。


 そんな俺のことを、衣緒お姉ちゃんは眠たそうな表情で、奏美お姉ちゃんはニヤニヤと笑いながら、鈴乃お姉ちゃんはポカンとした顔で見ている。


「いいねいいね〜。めっちゃ面白そう。アタシは協力するよ」


 ローテーブルに肘を置いて座っている奏美お姉ちゃんは、すぐにオーケーを出してくれた。

 ローテーブルには四人分のグラスが置いてあり、中には麦茶が入っている。


「私もいいよ。瑞稀くんのためなら頑張る」


 俺のベッドで布団にくるまっている衣緒お姉ちゃんも、眠たそうだが頷いてくれた。

 衣緒お姉ちゃんは俺の部屋に入ってくるや否や、布団にくるまってしまった。もう夜の一時だし、眠いのだろう。


 でもこれで衣緒お姉ちゃんと奏美お姉ちゃんからの協力は得られる。残るはあと一人なのだが──三人の視線が、鈴乃お姉ちゃんへと集まる。

 ベッドに座っている鈴乃お姉ちゃんはグキっとしてから、「むー」と唇を尖らせた。


「ここで協力したくないって言ったら、わたしが悪者みたいじゃん」


 鈴乃お姉ちゃんは拗ねたように言うと、俺の脇腹を両足で挟んだ。ちょっとだけくすぐったいが、可愛らしいスキンシップなので許そう。


「いや、悪者にはならないから安心してくれ。それにちょっとだけ危ないこともするつもりだから、協力しないのも全然アリだ」


 どうやって莉愛を助け出すかはまだ決まっていないが、場合によっては危ないこともするだろう。

 だから俺は協力しない人を責めるつもりはないし、むしろそれはそれでいい判断だと思う。


「鈴乃はそういう理由で協力したくないんじゃないと思うけどね〜」


 奏美お姉ちゃんがからかうように言うと、鈴乃お姉ちゃんは「な!」と立ち上がっては顔を真っ赤にさせた。


「それは瑞稀くんの前では言わないでよ!」


「あはは。ごめんごめん」


「もー。奏美お姉ちゃんのイジワル」


 頬をフグのように膨らませると、鈴乃お姉ちゃんはゆっくりとベッドに座り直した。立ったり座ったり大変な人だ。

 それに鈴乃お姉ちゃんが俺に協力したくない理由ってなんだろう……興味はあるものの、鈴乃お姉ちゃんは俺に言いたくないようなので、それを聞くことも出来ない。


「鈴乃ヤキモチ。可愛い」


「衣緒お姉ちゃんまで〜! 恥ずかしいから言わないでよ!」


「ごめんね。でも莉愛ちゃんにヤキモチ妬くのは私も──」


「もういいから! その先は言わないで! 瑞稀くん居るんだから!」


「分かった。鈴乃がヤキモチを──」


「あーもう分かった! あたしも協力するので口を閉じてください衣緒お姉ちゃん……!」


「やった。鈴乃も協力するって」


 何の話をしているのかサッパリ分からなかったが、鈴乃お姉ちゃんも協力してくれるようだ。

 後ろを振り向いてみると、鈴乃お姉ちゃんは顔を真っ赤にさせていた。


「だ、大丈夫? 鈴乃お姉ちゃん」


「大丈夫だから! ほっといて!」


「ほんとに協力してくれるの?」


「うん……協力するよ。わたしだけ仲間はずれなの嫌だし」


 渋々といった様子だが、鈴乃お姉ちゃんは頷いてくれた。

 よし。でもこれでお姉ちゃんたち全員が協力してくれることになった。俺一人だけではどうしようもなかったことも、四人ならどうにか出来るかもしれない。

 さっきまで落ち込んでいた気持ちが、どんどんと回復してくるようだ。


「ほんとにありがとう。お姉ちゃんたちには感謝しかないです」


 俺はその場で立ち上がって、お姉ちゃんたちに頭を下げる。

 まだ出会って数ヶ月しか経っていない俺たちだが、既に信頼関係が出来ているような気がして、嬉しい気持ちになる。

 この気持ちのまま、莉愛を助け出す作戦会議をしたいのだが──


「衣緒お姉ちゃん。めちゃくちゃ眠たそうだな」


 首をかくかくとさせながら、衣緒お姉ちゃんはほぼ開いていない目を擦っている。

 俺の都合だけでこれ以上起きてもらうことは、衣緒お姉ちゃんの眠たそうな顔を見ていると悪い気がしてくる。


 だからこの場はお開きにして、明日から作戦を立てることにした。


 莉愛。待ってろよ。俺たちが絶対に助け出してやるからな。

 そう心に誓って、俺も明日からに備えて体力を回復すべく、眠りにつくことにした。

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