一八の視点

「最近はどうも満ち足りないでいけない。うまい飯を食おうとも、女をいくら抱こうとも変わらない。心の病、悶々というものか。解決策として何かありはしないか、一八。」

これは欲に溺れる茂八の小言に近い口癖なのだが、体の小さい一八はそれを真剣に取り合わなければ身が危ぶまれる質問であると思っていた。

だからこう聞かれると一八は頭の隅から隅まで一気にそれこそ熱の走るまで考えた。


「こんな話を聞きましたよ。アオダイショウなんて呼ばれる男の話なんですが。」


「アオダイショウ。聞かないな。それがどうした。」


「いや、これがですがね。私も又聞きに又聞きをしたような本当か分からない話ではあるんですけれど、友人の友人が言っていたそうなんですが、その男の体のある部分を浴場で見た人々がこぞってそう銘打ったということなんですと。」


「なるほど、それほどまでに立派でか。」

一八は友人の語りを思い出す。

男の体の一部分、背に大きく描かれる蛇の話を思い出す。


「足まで付かんところで、竜ではない、蛇だとされてるようで。そうはいっても男たちはみんな縮こまっちまう。」


「それは確かに恐ろしい。」


「そのアオダイショウ、そんななりしてるからもちろんいい女を嫁にもってるって話だ。」


「そんなにいい女かい。」


「ああ、そんなにだ。だが、止めたほうがいい。話はしたが、危険すぎる。」


「一八、おれぁ茂八だぞ。欲しいもんは何だって手に入れる。奇麗な女と聞いて引けるような男じゃない。身はどうであれ、肝っ玉は十分にあるつもりだ。」


「そんなものあったってアオダイショウにはさすがに敵いまいよ。万が一がある。」

確かに茂八の度胸は知ってはいるが、さすがに相手がいけない。


「それほどかい。ではそうすればいいか。」


「技はどうだい。一つでもあれば少しは太刀打ちできるやもしれん。」


「寝技なら負けはしない。表の四十八なら網羅している。」


「表じゃいけないよ。アオダイショウは裏の人だよ。表の技でもってどうするっていうんだ。」


「大丈夫だ。表でもおれが使えば、相手はみんな泣いて、落ちるんだから。」


「みんな泣いて、落ちるんですかい。それほどまでとは知らなかったな。」


その夜はそこで会話を切り上げた。

次にあったのは、数日の後であった。


「アオダイショウの住処を聞き及んだ。今日、行くつもりだ。」


「本当に行くんですかい。」


「本当に行く。なんなら一八も来るか。顔の知る男を3人ほど呼んだ。抜かりはないぞ。」


「いや、行かないよ。」

正直、茂八の無鉄砲ぶりに何か違和感を感じてはいたが一八は男たちを見送った。



数日後、一八は男たちが鬼籍に入ったことを知った。

一八には話を聞きにくるものが多かった。

「いや、私は止めましたよ。茂八がそれほどまでに紋々に本気だったと知りえなかったんです。」

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アオダイショウ 端役 あるく @tachibanaharuhito

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