六畳一間・永

 七月某日


 オレ、綾峰幸人は彼女である唯月奏と友人の風太、雪カップルと某県の廃墟マンションで待ち合わせすることになった。廃墟マンション、そう聞くだけで目的は見当がつくかもしれないが、オレたちは肝試しをするために来ている。きっかけは風太が夏に彼女との思い出を作りたいとオレに相談したためだ。相談されたとき、丁度、動画投稿サイトにて心霊スポットの動画を見ていたこともあり、肝試しを提案したところ、自分たちだけでは盛り上がらないからといい、オレまで行くことになってしまった。オレ自身見ることは好きなのだが、自らがやるとなると話は別だ。正直、気乗りしない。だが、やるとなればもう、やるしかない。オレは心霊スポットを調べる中、最も近くにあるところを選んだ。心霊スポットとはいえ、大抵の投稿者が来た場所なのだ。どうせ、何も起こらない。そう思っていた。








「あちぃ」




 夕方で日が暮れているというのに、大気の熱はまだまだ、暑かった。その上、昨日が雨だったこともあり、やや湿度が高く、蒸し蒸しとしていた。




「暑いね、車にネッククーラーあるけど持ってくる?」




「いや、そこまででもないし大丈夫。それより、ごめん。奏にまで、来てもらって」




「そんなことないよ、私、ゆきくんがくるところならどこでも行くよ」




「でも、こういうとこ、あんまり好きでもないだろう」




「うーん、好きではないなぁ、虫がうじゃうじゃいそうだし、建物が壊れてて危ないし、怖いし」


 


「そうだな、オレも正直、気がのらない」




「だよね」




「ま、俺が提案したんだ。行かないわけにもいかない」




「風太くん、まだかなぁ」




「と云っているそばできたようだぞ」




 低音のマフラー音と共に現れたのは、蒼のクーペ、スバルBRZ。俺の軽自動車の隣に並ぶと、ドアを開け、先に降りてきたのは彼の彼女、雪だ。




「ごめん、遅くなったぁ!うわぁ、ここ……雰囲気あるねぇ!」




「こんばんは、雪さん」




「こんばんは、雪」




「遅くなった、すまん、綾峰。まったか?」




「気にするな。遅れたのは5分程度なんだから。オレもぎりぎりで来たしな」




「そうか、じゃあいくか」




 そう云って、オレたちは廃墟へ入っていった。








 ここにある噂は6つ。




“一つ目。一階の104号室には、日本人形があり、手を2回叩くと動き出す。


二つ目。一階の106号室のトイレの水を流すと、血が流れる。


三つ目。二階の廊下ではからん、ころんという音と共に骸骨が現れる。


四つ目。三階の304号室で写真を撮影するとオーブと共に白髪の老婆が現れる。


五つ目。四階の404号室にはいると、部屋から抜け出すことはできなくなる。


六つ目。四階の406号室には首のない男性が現れ、出会ったものを殺すまで追いかけてくる。“




 早速、オレたちから最も近い104号室から検証することにした。


 マンションへと入る。マンション入り口には二重のガラスの扉がある。しかし、既にガラスは割れ、簡単に入れるようになっていた。オレたちはガラスに気を付けながら、マンションへと入る。


 オレは横から視線を感じ振り向く。しかし、そこにあるのは壁だった。壁には何故かプレートが張り付けられていた。40……そこから先は文字が掠れ読めなかった。しかし、何故こんなところに。オレは彼らに置いていかれないよう、考えることをやめ、この場を後にした。


 廊下を4人一列で並びながら、歩く。マンションは廃墟というだけあり、コンクリートの壁にはあちこち亀裂が走り、場所によってはコンクリート内部の鉄筋が露わになっていた。




「奏、あまり壁によらないように。鉄筋が出てきていて、危険だから」




「うん、わかった」




 そういうと、風太も彼女に云う。




「雪も気をつけろよ」




「だね~」




 そして、僕たちは104号室へ辿り着いた。




「さて、誰が開ける?」




「風太が開けていいぞ」




「わかった、じゃあ、開けるぞ」




 そして、彼はドアノブに触れるとゆっくりと開いていった。さび付いているのか、ぎぃという音を上げながら部屋はゆっくりと露わになる。


 風太が先行して、部屋へと入っていった。


 部屋は、入居していた人が置いていったのか、家具がそのまま置いてあった。けれども、心霊スポットというだけあって、踏み荒らされた後は見受けられた。


 生活感溢れている。まるで、まだ住んでいるかのように。


 あたりを見渡すと和室のところには目的のものが置いてあった。人形ケースに入る黒髪の長い日本人形は大和撫子を彷彿させるものであった。オレは彼らが日本人形を見ているすきに手を二回叩く。




「わっ、びっくりしたぁ、心臓飛び出るかと思ったぁ」




 雪は大げさなリアクションをとりながら云った。




「肝試しだからな、少しくらいこういうことをしておかないと」




「まぁ、確かにな」




 日本人形は噂通りとはいかず、そのままの状態であった。




「噂通りにはいかないものだな」




「だな」






 風太は若干肩を落とすものの、オレとしては何も起こらないことに安堵する。




「さて、次行くかぁ」




 そして、風太についていくようにして、この部屋を出る。オレは三人の後ろからついていく。すると、俺の背後からことん、とした音が響く。オレは無意識に振り返ると、先ほどまで立っていた日本人形は前に倒れていた。風も振動もないのに。


 背中を伝う、嫌な汗を無視しこの場を後にする。


 彼らに云えば、この現象を怖がるもの、これから先に興味が湧くもの、さまざまだ。わざわざ、奏を怖がらせたくない、だから、云うことを止めた。








 それから、オレたちは次々に噂の検証を行っていった。しかし、最初の現象以降、何も発生することなく、進んでいった。現在、五つ目となる四階の406号室の前まで来ていた。




「ここは、首のない男性が現れ、出会ったものを殺すまで追いかけてくるらしい」




「首のない……か。よくある話だと頸がない奴が追ってくるときは代わりの頸をさがしている場合らしいぞ」




「ちょっと怖いですね……」




 オレはそっとドアノブに触れるとゆっくりとひらく。ドアからはぎいという軋みの音がオレ達の耳に届く。土足で部屋へと入る。ここは天井版が落ちて、柱が露出していた。六畳一間のリビング、そこには先客がいた。頸のない長身の全身黒ずくめの男。太ももの肉は落ち、骨が露出しているのがうかがえた。右腕には鉈をもち、その鉈は血塗られていた。ぽたりぽたりと、鉈から流れる血液が床を濡らしている。“それ”はオレたちに気づくとこちらを向ける。すると、オレの隣にいた奏はついに悲鳴をあげた。


 オレたちはすぐさま、部屋から立ち去り、元来た道へ走る。オレは奏の腕を強く握り、走った。風太たちもオレに続き、走る。どこまでも、どこまでも。オレたちの後ろからゆっくりと追従する何か。恐らく、あの男だろう。あの足のペースなら逃げ切れる。そう思った。


 走っても、走っても、続く廊下。一向に階段は見当たらない。おかしい。オレたちがいた場所は406号室。階段からそう遠くないはず。なのに、なのに。廊下の壁は一向に見えない。オレは咄嗟にドアの壁に着いたプレートを見る。プレートは410、411、412、413,415、416、417、418、419、420、そして、401、402、403、405、406、407、408。


 そう、廊下はずっと続いていた。端と端を繋いでいるかのように。そして、オレは気づいた。マンションに入る前にあった掠れた40×のプレート。あれは、ここにない404のプレートなのだと。そして404号室の噂。四階の404号室にはいると、部屋から抜け出すことはできなくなる。それは、このマンションに入った時点で始まっていたということに。そう気づいたときには遅かった。俺たちの目の前にはあの男が鉈を振り上げて待っていた。








 気づいたときにはオレは病院のベットで寝ていた。誰かがオレたちを助けてくれたのか。そう思いたかった。病院の看護師から後から聞かされた事実。それは、俺たちが肝試しへ行った次の日、50代の女性が夜中に悲鳴を聞いたため、幽霊マンションに向かうとオレだけが倒れて見つかったという。意識がなかったことからすぐに救急車を呼んだという。意識がなかっただけで命に別状は見られなかったが、意識が戻るのに一週間をようしたという。未だ、オレの彼女と風太たち、三人はあの部屋から出ることはできていないようだ。


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