第45話決戦の幕が上がる
黒崎夏美はもう一度戦う決意を固め、天塚燐火は蘇り、エルナ・フェッセルは戦う理由を思い出した。
そうして、再び夜が訪れた。昨夜と同じ真っ暗な空。敗北を喫した昨日と同じだ。
けれども、戦乙女たちの胸には決意があった。
「燐火、いよいよだな」
夏美の顔は、引き締まっているのと同時にある程度の柔らかさがあった。頼もしさを感じながら俺は返事をする。
「うん。私の準備は万端だよ。ゆ、優香ちゃんは?」
ああ、まずい。優香ちゃんに話しかけようとすると、緊張してしまう。
こんな情けない姿は彼女には見られたくないのに。けれども優香ちゃんは、そんな俺の葛藤をも見透かすように薄く笑ってみせた。
「私も、燐火先輩を精一杯フォローする準備はできています。エルナさんも、もう体調は十分そうですね」
優香ちゃんの目が、隣に立つエルナの方に向く。その事実に、自分の中に少しだけ苛立ちが湧き上がってしまう。小さな嫉妬だ。
「ああ。優香のおかげであの部屋から出られたからな。──それに今は、復讐するべき相手が分かったことで気分が昂っている」
エルナの瞳が獰猛に光る。それは、軟禁されていた時のしおれていた姿とは全く違って、とても彼女らしいものだった。
「エルナには、段取り通りに真央先輩の偽物が現れたら戦ってもらう。真央先輩と戦うとなると、私含めて躊躇う戦乙女も多いからな」
夏美の言葉に、俺は静かに頷く。特に二年生以上の生徒に尊敬していた真央先輩と戦え、というのは酷というものだ。一年生にやらせるにしても、少々荷が重い。
人間そっくりに化けるなんて過去見たことのない能力を持った『魔の者共』だ。決して弱くはないだろう。
「おそらく、エルナに化けて傷害事件を起こしたのも同じ相手だろう。人に化けるなんて破格の能力を持つ『魔の者共』が複数いたのなら、淵上高校はとうの昔に内側から瓦解しているはずだからな」
今までの事件を整理して、俺たちは敵の今までの動きにある程度の仮説を立てた。
敵はむやみに人に化けることはせずに、こちらの最大戦力を戦わせないためだけに使っている。
まず狙われたのはエルナ。入学当初のイメージを利用して、彼女に決定的な事件を起こさせる。
いくら強いエルナと言えど、淵上高校全体から睨まれればもうまともに戦えない。敵の思惑通り、エルナは囚われの身となった。
そして次に狙われたのは、俺、天塚燐火だった。精神的な弱点ともいえる。真央先輩の死。それを知っていたあの悪魔は、真央先輩の偽物をしたためた。
効果は抜群だった。俺の動揺だけでなく、真央先輩を知る戦乙女たちの動揺までもさそった。正直なところ、優香ちゃんがいなければ俺たちはあのまま終わっていたのではないかとすら思える。
夏美が、気まずそうにエルナに話しかけた。
「……その、フェッセル。今更だったが、お前の無罪を信じれなくて悪かったな」
「ああ、別にいい。憤りがないとは言わないが、今はそれどころではないことくらい分かっている。それに、この怒りはすべて偽物にぶつけると決めた」
エルナの淡白な様子は、この話はここでおしまいだと言っているようだった。
けれども俺も、何か一言言わなければならないような気がした。
「私も、変わろうとしていたエルナを信じることができなかった。ごめん」
「いいと言っているだろう。しつこいぞ」
俺の言葉に、エルナが視線を逸らしながら答える。
少しだけ、夏美に謝罪された時とは反応が違う気がして、俺は少し彼女を観察する。
「……失望したっていう言葉は、取り消すよ。私が間違っていた」
その瞬間、大きく見開かれたエルナの目がまっすぐに俺を貫いた。
ああ、きっとエルナを蝕んでいたのは、俺の発したこの言葉だったのだ。
当初のエルナの様子、他人に暴力を振るい、最強の看板を奪い取らんとする姿は、誰もに承認され、慕われるような人間になりたいという焦りのようなものも感じられた。
『力なきものに権利などない。それが、私がこれまでの人生で得た教訓だ。力さえあれば、自由が許される。好きに戦える。……見下されない。だから私は、最強の戦乙女になる必要があった』
そう語るほどに力を求めていた彼女のうちにあったのは、誰かに認められたいという原始的な欲求だったのだ。だから、失望した、なんて言って欲しくなかった。
証拠はない。けれども、かつてこの体になる以前、両親の承認が欲しくてたまらなくて机にかじりつくように勉強していた俺には、なんとなく分かる気がしたのだ。
エルナが勝気に笑う。その体には、先ほどまでよりもさらに覇気が漲っているようだった。
「取り消す程度では足りないな。この戦いが終わったら、私はお前にもう一度決闘を挑んでやる。その時、お前に私は強いと言わせやる」
◇
そうこうしている内に、遠見の能力を持つ戦乙女から報告が上がった。
「敵影見えました! 昨夜のように列をなしてこちらにむかってくる『魔の者共』の軍勢! 先頭に立っているのは、例の片腕の悪魔、それと桜ヶ丘真央先輩の偽物です!」
「来たな……!」
「──みんな、準備はいいか?」
夏美がスマホ越しに呼びかける。普段、戦場をビリビリと震わせるような大声で指揮を取っている彼女らしからぬ小さな声。
すでに各所に散らばった戦乙女たちにその声は届いているのだろう。
普段みんなで固まって『魔の者共』を迎え撃つ淵上高校。しかし、今夜だけは事情が違った。
敵が戦略的に動くのなら、こちらが先に不意を突いて仕掛けて、敵の思惑どおりに動かないようにすればいい。
淵上高校の西側、すなわち大穴の方向には、『魔の者共』の侵攻によって廃墟となった東京の街並みがある。
瓦礫は片づけられることもなく、無秩序に散らばっている。少女たちが隠れるのには丁度いい。
『第三チーム、配置につきました』
『第二チーム、準備完了です』
緊張感に満ちた声が返ってくる。夏美はそれを確認すると、俺の方に向き直った。
「それじゃあ燐火、後は頼んだぞ」
「うん」
俺は意を決して、ゆっくりと敵の軍勢へと歩みを進めた。近づくたびに、威圧感が身を襲う。攻撃はされなかった。
俺でさえも、無防備に立っていたらあっさりと殺されそうな迫力。けれども、今の俺にはもはや恐れはなかった。
「……おやおやおや! 誰かと思えば、あの時死んだはずの木偶人形ではありませんか!? おや、これはいったいどんなマジックを使ったので? カツラでも被って仮装パーティーですか?」
「……」
俺が蘇ったことを知っても、喜悦の悪魔はそこまで動揺した様子を見せなかった。
俺を殺すことには失敗したが、自分さえいれば人類など簡単に滅ぼせるとでも言いたげな態度だ。
さあ、俺はどう出るのかと冷静に観察している。
しかし俺は、悪魔の目の前まで無防備に近づくと、降参するように両手を上げた。
「どうしましたか最強の戦乙女様。まさか奇跡の生還を果たしたというのにもう諦めたのですか?」
「……うん」
素直に答える。
「私はあの時死ねなかった。真央先輩を死なせてしまった罪を償うことができなかった。だから、ここで今罪を償うことにした」
「……なに?」
意外そうに、そして不服そうに、悪魔は首を傾げた。一瞬の沈黙。人類の敵である『魔の者共』の目が、無防備な俺に集中する。
次の瞬間、俺の体は悪魔の隻腕によって叩き伏せられていた。
「グッ……」
「なぜもっと無様にあがかないのです? 無様に抵抗する人間の死にざまを、私は楽しみにここに来たんですよ」
地面に押し付けられた顔に砂利が当たり、ひりひりと痛む。頭の上に乗っかった黒い腕は、痛いくらいに俺を押さえつけてきていた。
憎くてたまらない、最愛の人の仇に、押さえつけられている。
屈辱感に、体のうちから熱が湧き上がる。『特徴』の効果で、力が溢れ出してくる。
これを待っていた。喜悦の悪魔の性格からして、俺にさっさとトドメをさすことはないだろうと思っていた。俺を真央先輩の偽物に鉢合わせた時の嗜虐的な笑みから、それくらいは分かる。
「……」
地面に伏せたまま静かに力を籠め、密かに小太刀を握る。悪魔の体を眺める。人間の1.5倍はあるかという巨大な体。
──まだ、足りない。この程度の昂ぶりでは、この敵に傷を与えることすらできない。
そうだ、昨日の夜のことを思い出せばいい。近づいてきた優香ちゃんの顔。唇の感触。……彼女の口から出た『お仕置き』の言葉。
「……お、おおおおおおお!」
「なっ、馬鹿な!?」
うおおお、興奮してきた! 今ならなんでもできそうだ!
力のままに立ち上がると、悪魔の腕がはじかれたように上に向く。
体勢を崩した悪魔に向き直り、二振りの小太刀を振りかぶる。
振り下ろした刃は、稲妻の如き速さで黒い体に叩き込まれた。
「ぐっ……ああああああ!」
吹き飛ぶ悪魔を追って、俺はその場から駆け出した。
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