第39話培った絆

 片腕の悪魔を発見した。その報告は燐火と夏美の心を激しく昂らせた。

 他のあの日を知る他の戦乙女たちは、わずかに体を固くした。


「それで、被害は!?」

「安心してちょうだい。夏美の警告通りに撤退したので誰も死んでないわ。でも、あのまま挑みかかっていたら誰かが死んでいたと思う。それだけの迫力だった」


 報告に来た第二チームの隊長は、黒崎夏美にそう報告した。

 夏美はその言葉に少し顔を緩めたが、すぐに引き締まった表情を作った。

 

「報告助かる。そして、よく帰ってきてくれた。――みんな、再度周知するが、隻腕の悪魔は私と燐火、そして光井の三人で対処する! 隻腕の悪魔を倒せばこの手強い軍勢は瓦解するだろう。私たちは今日この日、人類で初めての破滅級の撃破を成す!」


 手強い敵に少し士気が下がっていた戦乙女たちが、再び顔を上げた。

 夏美の力強い言葉は、淵上高校の戦乙女たちにとって何よりの希望だった。『切り込み隊長ブレイブキャプテン』の名前は、彼女の人望を表した二つ名だ。


 先ほどまで防戦一方だった戦乙女たちは、反撃のために準備を整え始めた。特に経験豊富な二年生、三年生が多いチームが前に。一年生たちは防衛線を縮小し、絶対に守り切れる範囲だけを守る構えだ。

 

「ここからが本番だ! 行くぞっ!」



 

 

「第一チームは私に続け! 斬り込むぞ!」

「「はいっ!」」


 行く手を遮る「魔の者共」を前に最初に前に出たのは、戦乙女のリーダー、黒崎夏美が直々に率いる第一チームだ。


「小野寺っ!」

「はいっ!」


 夏美の声に応えたのは、優香の幼馴染み、小野寺果林だ。身の丈を超える大きな槍を体の前に構えた彼女は、身をかがめて突貫すると、真正面にいたゴブリンに向けて鋭い突きを放った。


「ハッ!」

「グギャ……」


 汚い悲鳴を上げて倒れ込むゴブリン。しかし、果林の目の前には攻撃後の無防備な彼女を狙おうとするケンタウロスが突進してきていた。


「斎藤!」

「はい!」


 ボウガンを持った少女が引き金を引く。矢は綺麗な弾道を描き、ケンタウロスの胴体に直撃した。

 それを分かっていたかのように、果林はひるんだケンタウロスに槍を突き出し仕留めきった。

 

 チームメイトが奮戦するうちに、リーダーの黒崎夏美はサーベルを手に鋭い切り込みを試みていた。

 

「おおおおおお!」


 彼女の動きは、他のどの仲間よりも洗練されていていた。果林たちの動きに目を奪われている『魔の者共』に地を這うように接近。真っ先に最も大きな体躯を誇る巨人の腹を搔っ捌いた。


「ぐおおお……」


 それに反応して夏美に襲い掛かったのは、小さな虫の群れだった。一つ一つが拳ほどの大きさのそれは、巨大化した蜂だった。不気味な羽音をまき散らす軍隊は、剣一本しか持たない夏美に容赦なく襲い掛かった。

 蜂たちの針に充填されるのは、戦乙女すら死に追い込む猛毒。針が皮膚を貫通すれば最後、優香が治療に来る前に死に至るだろう。

 

 しかし、夏美はそれを一瞥のみすると、サーベルをただ一度のみ振るった。

 

「……!」


 竜巻のような暴風が、宙を飛ぶ羽虫を襲った。信じられない速度で振るわれた夏美のサーベルが突風を巻き起こし、その場にいた大型の『魔の者共』すらたたらを踏ませた。

 怯みをみせた『魔の者共』を前に、夏美は仲間たちに指示を出した。

 

「第一チーム、パターンベータ! 斎藤は私の援護につけ!」


 声に応え、第一チームは素早く動きを見せた。果林は夏美の作った隙に切り込むように槍を構え突貫し、斎藤はボウガンを立て続けに発射し、夏美の道を切り開いた。

 そして夏美は、さらに一歩切り込んだ。飛来した鳥形の化け物を一撃で切り伏せ、屈強な狼の体を一刀両断し、後衛に襲い掛かろうとしたカエルを蹴り飛ばした。


 

「……燐火先輩、黒崎先輩たちって凄いんですね」


 呆然と、優香が呟く。彼女は常に最前線にいる燐火の下で戦っていたので、後ろにいる戦乙女たちの戦いをきちんと見たことがなかったのだ。

 少しだけ微笑んで、燐火が言葉を返した。

 

「夏美が強いのは、本人の強さはもちろんのこと、集団での戦い方がうまいことだね。全体を俯瞰するのはもちろんのこと、チームのほかの四人の強みを最大限活かす戦い方をしている」

 

 真央先輩が死んでからの夏美の努力は凄まじいものだった。上の学年が一気にいなくなって、みんなを束ねる存在が消えた。戦力のダウンと結束力の低下から、次の死者が出るのは時間の問題ですらあった。


 その状況をどうにかしようと奮起したのが、当時一年生の黒崎夏美だった。大量に戦乙女がいなくなった淵上高校において、チーム制を整備して戦乙女を束ねた。上級生が多く消えた当時、義姉妹制度は崩壊寸前だったのだ。


「夏美が『太陽が没した日』から淵上高校を立て直していなかったら、優香ちゃんが来る前に東京は陥落していたと思う。……さて、夏美が奮闘しているんだから、私も頑張らないとね」

「そうですね。負けてられないです」


 優香ちゃんと軽く顔を合わせ、少し笑う。彼女らの雄姿に、少し感化されたのだ。


 

 

 

 先陣を切り刀を振るう。体は軽い。硬い敵も簡単に切り裂ける。これならば、届くかもしれない。真央先輩でも敵わなかった化け物。喜悦の悪魔に。

 

 いつもより手強い『魔の者共』を相手にして前に進めるのかは正直不安だったが、俺たちは群れの奥深くまで侵入することができた。

 敵陣のど真ん中。退路は、ついてきてくれたみんなが死ぬ気で作ってくれている。しかしいつまで保つかは分からない。どちらにせよ、俺が喜悦の悪魔を倒せなければみんなここで死ぬことになる。


 途中から『魔の者共』の動きがおかしいことには気づいていた。自ら道を譲り、まるで俺たちをどこかに誘導しているようだったのだ。罠か、とも疑ったがしかし俺の直感はこう告げていた。

 この先、あいつがいる。


 やがて見つけた影は、俺がずっと殺したくてしかたないものの姿だった。

 

「半年ぶり、クソ悪魔」


 黒い影がこちらを見る。まるで地を這う蟻でも見るような目だった。

 

「おお、今回は勢揃いでのおいでですね! ようこそようこそ、あなたたちの破滅の地へ! 盛大におもてなししましょう。絶望と絶叫のプレゼントを以って!」


 それ――喜悦の悪魔は、恭しい態度で礼をした。

 それを見た夏美が静かに手を上げると、私と夏美、優香ちゃんを残して、みんなが後ろに下がった。彼女らの役目は、こちらに他の『魔の者共』が来れないように援護だ。

 

 改めて、喜悦の悪魔の様子を観察する。ツヤツヤとした黒肌。仰々しい翼。こちらを見下す冷たい目。

 

 半年以上かかっての再会に、胸のうちに炎が湧き上がる。憎悪が、復讐心が、燃え上がる。

 唇がめくれ上がりそうになるのを必死に抑えながら、俺は努めて冷静そうに言葉を告げた。


「片腕なくしたわりに元気だね。虚勢張ってるの?」


 薄ら笑いを浮かべていた悪魔が少し真顔になる。しかしすぐに、軽薄な笑みを浮かべ直した。

 

「……ハッハ! あの時後ろでブルブル震えていることしかできなかった貴様が大口を叩くな。 貴様がいなければ、桜ヶ丘真央は死ななかった。そうだろう?」

「ッ……!」

 

 その言葉に、俺の体は過剰反応した。自分の歯がギリギリと音を立てているのがわかる。脳内で熱がグングンと上がっていくのがわかる。

 そうだ。俺のせいだ。でも、お前にだけは言われたくない。


「おい燐火、落ち着け。お前らしくもない」


 夏美に肩を叩かれ、ハッとする。戦いの前に怒りで我を失うなんて、今までなかった。

 これではいけない、と俺は幾ばくか冷静さを取り戻す。


「それにしても、『魔の者共』っていうのは話すとそんな感じなんだね。ここらで一つ、君たちがどうして地球に現れたのか話してみる気はない?」


『魔の者共』、およびそれを生み出す大穴はいまだにそれが何なのか分かっていない。危険すぎてまともに調査が進んでいないのだ。


「ふむふむ。どうせ死ぬのに教えるのも手間ですが――強いて言えば人類の自業自得ですね」

「……は?」


 なんだそれは、と問うまでもなく悪魔は片腕を大きく振り上げた。


「さて。さあ決戦! と意気込む皆様方に、一つサプライズプレゼントがあります」


 芝居がかった様子で悪魔が片腕を上げると、後ろに控える『魔の者共』が道を開けた。

 

 あの余裕綽々という態度、まさかもう一体破滅級が出てくるってことはないよな。内心戦々恐々としながら、俺は何が出てくるのかと慎重に観察した。


 しかし俺の最悪の予想は、さらに最悪の形で裏切られることになった。


「真央、先輩……?」


 明るい人柄を示すような茶髪のサイドテール。淵上高校の制服。ほころぶような笑み。

『魔の者共』の中から悠然と出てきたのは、俺の最愛の人だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る