第20話太陽が没した日
「燐火先輩……」
呆然と、優香は呟く。先ほどまで凄惨な戦いを繰り広げていた燐火は、優香の治癒魔法を受けても目を覚ますことはなかった。
その顔は、一見穏やかであるようだった。しかし、その口端には血が伝った後がある。腹部は血でいっぱいだ。正直なところ、死んでいないのが不思議なくらいの出血量だ。
「どうして、そんなになるまで戦うんですか」
血反吐を吐き、視界すら定まらない状態になっても彼女の闘志は幾分も揺らぐことがなかった。
「どうして、そんなに頑張れるんですか」
燐火の不屈の意思は、もはや敵が憎い、なんていう次元ではないように見えた。最後の時、彼女の体を動かしていたのはそれ以外の感情だった。
あえて言葉にするなら、恐れ、だろうか。おぞましいほどの恐れが、彼女の体を支えているように見えた。
「……知りたい」
もっと、知りたい。何が義姉の体を突き動かしていたのか。──いったい、何を恐れているのか。
◇
上級種が出現した戦いの翌日。未だに、燐火は目を覚まさなかった。彼女のことが心配だった優香だったが、ひとまず授業に集中することにした。
優香たち一年生は、通常の授業に加えて「戦乙女学」という座学がある。
戦乙女のそれぞれの武器の特徴や、確認されている『魔の者共』の特徴。今まで有効だった戦術など、『魔の者共』と戦う際に役立つ知識を教員がまとめ上げ、戦乙女たちに伝える授業だ。
しかしこの座学は、戦乙女の間でそれほど重要視されていない。
戦乙女と大人たちが話し合った結果、「実戦に慣れるのが一番の訓練だ」ということが確認されているからだ。
そもそも、戦乙女の力や『魔の者共』について分かっていることがあまりにも少ないのだ。
大穴の発現以来、その淵に近づけた人類は皆無。『魔の者共』の捕獲なども行われているが、その凶暴さゆえに研究は困難を極めている。
結局のところ、実戦で得た知識が一番の教師なのだ。
それでも、座学が全く役に立たないわけではない。優香はこの授業では、いつも真剣な表情でメモを取っていた。
「さて、これまでの授業で、戦乙女の力と『魔の者共』について、科学的に判明している部分については概ね説明し終わった。まあ、『ほとんど何も分かりません』という説明だったがな。不甲斐ない限りだ。私たち大人が君たちのような若者に頼るしかないような切羽詰まった状態だ、ということは伝わったと思う」
自嘲気な笑みを浮かべた教師の女は、少し表情を引き締めて続ける。
「しかし、私たちだからこそ伝えられることもある。君たちの先輩たちはあまり話したがらないことだ。──君たちは知っておく必要がある。この学校で最も多くの戦乙女が死んだ戦いについて、だ」
教師の言葉は淡々としてたが、思わず聞き入ってしまうような凄みがあった。
「半年前だ。あの冬の夜、かつてないほどの『魔の者共』が殺到して、淵上高校は混乱に陥った。地を埋め尽くさんばかりの奴らの影。精強な化け物共。何よりも恐ろしかったのは、それが統率の取れた軍隊だったことだ」
通常の『魔の者共』は、群れる程度の知性はあるが、基本的には人間を殺すこと以外頭にない。野生動物と大差ない、と言えよう。一部の強い個体は多少の賢さを見せることもあるが、同胞を指揮するほどのものではない。
「かつてない動きに翻弄された戦乙女たちは、順番に撃破されていった。当時の戦乙女は『義姉妹制度』を採用していて、二人から三人の少数グループで戦っていた。そのため、連携して動く相手に包囲され、一組、二組と撃破されていった──結果、現在の三年生、それとその上の学年の八割が死亡した」
「八割──!?」
驚愕を隠せない生徒たちから驚きの声が上がる。
それもそのはず、今年度の戦乙女の死者数は、未だにゼロだ。重傷者や、戦場に二度と立てなくなる者が出ることはあったが、死んだ戦乙女は一年生の記憶に一人もいない。
「群れを率いていたのは、人型の化け物だった。詳細は分からない。ただ恐ろしく強く、何人もの戦乙女が殺された。当時の中心人物、『
息を吞む。自分たちが戦っていた相手の恐ろしさを改めて突き付けられたような、そんな空気が教室を支配していた。
「今までにない侵攻だったので、当時の一年生は出撃を制限されたそうだ。未熟な者を犠牲にするわけにはいかない、とな。だから、犠牲者のほとんどは今の三年生とその上の学年だった。現在中心となっている黒崎夏美や、エースである天塚燐火が二年生なのはそういう事情もある」
「……」
一年生の間にも、漠然とした疑問はあった。どうして中心になっているのが二年生なのか。どうして三年生を見かけることが少ないのか。その答えが、今示された。
「もっとも、あの戦いに参加したから、黒崎夏美や天塚燐火は腕を上げたとも言えよう。奴らは死線を潜り抜けた数少ない生き残りだ」
「燐火先輩が……」
優香が呆然と呟く。己の義姉の強さの一端を盗み見てしまったような感覚に、彼女は少しだけ罪悪感を覚えた。
「とにかく、またああいったことがいつ起こるか分からない。現在はチーム制の整備などで死傷者は激減しているが、君たち戦乙女は常に死のリスクと共にあるということは心の片隅に置いておいてくれ。……これ以上、死者は見たくないからな」
そう言って、教師は授業を締めくくった。
チャイムが鳴る。授業が終わったというのに、教室は重苦しい雰囲気だった。
「優香、深刻な顔だね」
「果林ちゃんだって」
二人して黙り込む。いつも明るい果林も、今日ばかりは静かだ。嫌な沈黙。しかし、優香は静かに覚悟を決めていた。
「果林ちゃん。私、決めたよ」
「なに?」
「燐火先輩に、当時のこと聞いてみる」
決意の籠った優香の瞳に、果林は驚いた。
「その前に、話を聞くべき人がいる」
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