翠遥か
はる
第1話 それはあまりに宿命的な
静かな雨が降っていた。俺はなんとはなしに、トップスが入っている箪笥の引き出しを開けた。そこには小人がおり、彼の等身大のオルゴールのようなものを一心不乱に回していた。声をかけてみる。
「おい」
小人は飛び上がって俺を見た。どうやら声をかけるまで気がつかなかったらしい。中々の間抜け野郎だ。
「なにやってんだよ」
「ひえぇっ、命だけは……!」
「別に取って食うつもりはない。場合によったらだけど」
「ひぃぃぃ。私はただ、天候の神の御意志に従っているだけです」
「ふぅん。じゃあ、この雨を降らしてんのはお前か?」
「そうなりますね……私一人ってわけじゃないですけど」
「ふうん。じゃあさ」
真正面から小人を見つめてやる。途端に、小人は肩をすくめて身を固くした。何を言われるか不安になっていそうだ。俺は笑った。
「明日デートだから、晴れさせてよ」
「……! 私一人の意向でそんなことはできません!」
「神って、祈れば願い叶えてくれんだっけ?」
「時と場合と人によります。あと人じゃないと」
「それじゃだめじゃねぇか」
「そうですね……どうしても晴れにしたいのなら、近くに木柱神社というのがありますから、そこでお願いをすればいいかと。余命を引き換えに、確実に願いを叶えてくれますよ。口利きしておきましょうか?」
「余命、ね。まぁいいや。そうしてくれよ」
小人は俺をじぃっと見つめた。棲みついて長そうだ。どうせ俺の身に起こったことも全部知っているにちがいない。
「あなたはこうなる必要のない人だった」
俺はカラカラと笑った。
「それは承知の上さ」
○
「龍くん!」
透き通るような少女の声が降ってきて、俺は顔に伏せていた本を脇によけた。
「ふぁ?……なんだ、可奈か」
「なんだじゃないよ! 三限なんで出なかったのよ」
「睡眠ほど豊かな経験はないぜ」
「変な言い方してもだめ。サボったら後々大変じゃない、うちの学科……」
真っ直ぐの黒髪に、気の強そうな吊り目、雪肌の少女は、俺の想い人だった。彼女は不治の病を抱えていて、たまにうずくまって咳をした。そういうとき、俺は決まって彼女の背中をさすりながら、病理の巣食う彼女の肺を自分のと取り替えたいと願っていた。だからこそ、大学の脇の神社で祈ったのだ。自分はどうなってもいいから、彼女の病をなくしてくださいと。
気がつけば、境内に大の字になって倒れていた。さわさわと鳴る木々の間から、『思い』のようなものが流れて、心に入ってきた。そう形容するしかない感覚体験だった。
『お前は神格化した』
「……は、神格化?」
『彼女の病は完治させた。その代わり、お前は半永久的に生き続ける身とした。私の臣として働きなさい』
「な……」
体を見れば、薄っすらと白い光に包まれていた。
「具体的に、何をすればいいんですか」
『人の暗い思いをその身に引き受けてほしい。それは痣として肌に刻印されていくだろう。お前の肌が真っ黒になったときが、お前の死期だ。引き受けるたびに、激痛が走るだろう。その痛みと痣を、今度は私が引き受けよう。辛くなれば、ここに来なさい。そうする限り、お前は死なない。丁度お前のような人間が欲しかったのだ』
不可視界の清掃業者みたいなものか。俺は頭を下げた。
「ありがとうございます」
『今どき珍しいくらい、真面目な人間が来てくれてよかった。よく働きなさい。そうすれば、お前の想い人のいる、人の世は救われる』
木々が一層鳴りだして、風が吹き上がった。確実に、何者かがこの身の側をすり抜けていった感覚がした。俺は俺の運命を受け入れた。
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