第3話 名取柚李は猫を飼っているはずである。
名取柚李は猫を飼っている。はずである。
そう、九ヶ月前になんと無料で我が家に招き入れた、普通に買えば三十万以上の価格がつくスコティッシュフォールドだ。
帰宅して、アイスでも食べよう。そう思って玄関のドアを開けた。
たしか、あと二、三本アイスバーが残っていはずだ。
ルカが留守番している部屋に向かって、ただいまー、と呼びかける。
いつもなら、ご飯かおやつが欲しいと鳴いて近づいてくるのだが、その日は違った。ガタガタッという音がキッチンから聞こえ、また悪戯したのかも、と駆けつけると——。
冷蔵庫の前で全裸の男がしゃがんでアイスを食べていたのだ。
「は?」
「にゃ?」
「誰……? 裸……? とりあえず警察だな……」
なぜか冷静だった。流れる動作でスマホを取り出し通報する準備をする。目を見開いてもなお、彼の顔立ちは端正で、外国人のように綺麗な銀髪に緑色の目。まさにテライケメン。
「待って! 俺だよ、ルカ!」
「ルカ? ルカは猫じゃ…………ん?」
全裸の男の頭に対照的な立ち耳、加えて尻尾も付いている。だが体は人間だ。
「ほんとに頭痛くなってくるんだけど……」
柚李は頭を抱える。この部屋に猫の気配がないということは、本当にこの男がルカなのか。だが、基本的に猫は人間に進化しないし、日本語だって話すはずない。あの顔に日本語はおかしい。せめて英語を喋って。
「……とりあえず、服着てくれない?」
柚李は自分の服をルカと名乗る男に貸したが、思ったより身長が高く、柚李の服は小さすぎた。
「きみ何歳?」
「二十歳くらい?」
「なぜ疑問形……。なんでアイス食べてたの?」
「ユーリが食べてんの見て美味そうだなぁって思ってたんだよ」
名前も生活もバレている。ストーカーじゃないだろうな。
不信感を抑えきれず、スマホを握りしめたまま、男がアイスを食べ終わるのを待つ。
「ルカはどこにいる?」
「? 目の前にいるじゃん」
「猫のルカだよ」
「ああ、それなら……」
アイスの棒を綺麗に舐めて、ボンッという音がした直後、今朝までのルカがそこにいた。小さくて、白い毛に緑色の瞳。
「ルカだ……。ルカだーー」
頭を撫でてやると、再びボンと人間に戻った。
「俺もルカだけどね。ってかそもそも、動物もどきをタダでもらったからこういうことになったんだよ」
ルカはアイスをペロリと舐める。
「俺以外にも、人間に変身できる動物は数多くいる。大体は曰く付きの売れ残ったやつとか野良に多いがそういうやつらをまとめて動物もどきって呼んでんだよ」
「え、いっぱいいるの?!」
「まあ、二十歳にならないと変身はできないけど」
「きみ本当に二十歳?」
「俺が二十歳だと思ったから変身しようかな〜ってやったら出来たんだから二十歳だろ」
「なにその思いつき」
男二人で同じ部屋に住むのはさすがに無理がある。ペットならまだしも、一人暮らしのために借りた小さな部屋なのだ。
「ずっと猫のままでいられないの?」
「やだ。せっかく人になれるし、俺美味しいもの食うって決めてるから」
「アイス?」
「それはユーリが毎日食ってるから美味しいのかなと思って食べてみただけ」
「おいしかった?」
「美味だった!」
細身で不思議と大人っぽさがあっただが、子供っぽいところもあるようだ。
「人間はずるいよなぁ、こんなに美味しいものをたくさん食えるんだから」
「お前も人間なんでしょ、一応」
「そうだよ、そうじゃん。俺も食えるじゃん! ユーリの金でこの世界の食べ物食い尽くす!」
「そんな盛大な夢持たないで」
ルカに訊きたいことは山ほどあるがあいにくこちらも空腹だ。とりあえず、沙優にご飯を奢ってもらうことにする。
「もしもしー」
もしもーし、と機嫌の良さそうな声がきこえてくる。これはイケる。
「今からお友達と飯行くんだけど、姉ちゃんも一緒にどう?」
『え〜〜嬉し〜〜い!! 柚李のお友達紹介されるなんて初めてじゃない? 絶対行く! どこで食べるの?』
「それがまだ店は決まってなくて、焼肉にしようってことは決まったんだけど、姉ちゃん良い店予約してくれないかな」
『まかせてよ! 我が愛しき弟の頼み、完遂して見せましょう! じゃあ、わたし六時ごろ仕事終わるからそのくらいにお店で! 予約した店あとで送るね』
「ありがとう姉ちゃん」
よし、これで姉ちゃんの金でうまい肉が食える。
「なに? ご飯?」
「ああ、今日はルカにとびきりうまい肉を食わせてやる」
彼の瞳がきらきらと輝き、みるみるうちに彼の顔は喜びでいっぱいになった。
「まじで!? 肉? 楽しみ! 俺食べたことねえんだよな。一回ネズミ捕まえたけど不味かったし……」
ネズミ……?
「モグラも大したことなかったんだよね」
モグラ…………?
「スズメはうまいかと思えばあいつらちっこいくせに全然捕まえられねぇんだよ。小賢しくてうざい」
引くわ。
「まあ、俺らが食べるものより、お前ら人間の食べ物のほうが百倍美味いんだよ」
そりゃそうだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいけどさ、今友達って言ったんだから、友達風に接してよ?」
「まかせろ! 余裕」
本当かよ……。
柚李は不安でいっぱいのまま、ルカを連れて沙優の指定したレストランに向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます