消エ失セリ

桐山じゃろ

第1話

 どうしたら良いと思う? と訊かれたのは、二月十四日を二週間ほど過ぎた頃だ。

 幼馴染はとある女から、贈り物をされたらしい。

 この時期に男が女から貰うものといえば、アレだ。ベタすぎて口に出したくない。大体俺は甘いものが嫌いだ。

 食べたのかと聞けば、それどころではないと返ってきた。


 幼馴染は、小中高と同じ学校で、大学までも同じ学部に進んだ。

 俺もそいつも男だ。親友と呼べるかどうかは微妙なラインで、腐れ縁という呼称が一番近い。


 お前はその女をどう思っているのかと尋ねると、顔は可愛かったという。

 ならばお返しの一つでもして付き合えばいいじゃないかオメデトウと棒読みで言ってやると、幼馴染は微妙な顔になった。


 とにかくその女を見てくれ、と無理やり連れ出された。


 到着したのは、北館だ。大学の敷地の北東の一番端にある、老朽化のせいで立ち入り禁止になっている建物だ。用事がないから近寄ったこともなかった。

 幼馴染は入り口をゆるく封鎖している鎖をひょいと跨ぎ、扉のない入り口から中へ入っていく。止める間もなかった。

 周囲に人がいないことを確認してから、俺も後へ続いた。


 先を進む幼馴染に追いつき、腕を掴んで止める。

 こんなことをして大丈夫なのか、例の女は本当にここにいるのか。


 女は確かにここで待っている。

 幼馴染はそう言って、俺に腕を掴まれたまま先へ進もうとする。

 前に回り込んで改めて問いただす。幼馴染の顔は至って普通に真面目だ。

 この場所が立ち入り禁止でなければ、人を待たせているのに引き止めている俺のほうが悪い。そんな気分にすらなった。


 幼馴染は北館の内部を、いつもの校舎のように迷いなく歩いた。俺は仕方なく後をついていく。

 やがて、四階の端の部屋の前で立ち止まった。


 この中だ、と幼馴染が言ったかどうか。とにかく、俺に中を見せるように部屋の引き戸を開けた。



 そこには、誰も居なかった。

 からっぽの部屋は、廃墟らしく壁も床も朽ち果て、菓子類や空きペットボトルの残骸が散らばっていた。俺達よりも更に不届きな学生が、ここで過ごしたことがあるに違いない。

 誰も居ないじゃないか、と幼馴染の方を向くと、居なくなっていた。

 辺りを見回し、来た道を戻って曲がり角の向こうを確認しても、人っ子一人居ない。


 やられた。


 声を上げずに、出口を目指す。

 多分、俺が薄暗い場所に一人で残されて、慌てふためくのを面白がっているのだ。

 だからあえて何も言わずに、黙々と出口を目指した。




 方向感覚には自信があったし、初めての土地で迷子になったことはない。

 なのに、行けども行けども入ってきた場所へ辿り着けなかった。

 階段すら見つけられない。

 同じ場所を何度も何度も、何度も何度も通っている。

 廊下の端がずっと遠い。

 慌てないよう歩いていた足が、次第に早足になり、駆け足になり、全力疾走になった。

 出口がない。


 どうして幼馴染は俺をここへ残していった?

 今度あったら、ただじゃ済まさない。

 恨み言が口からも漏れ出る。

 アイツめ、アイツめ、アイツ……アイツ?

 アイツって、誰だっけ?




 俺は何をしにここへ来た?

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