第12話 黒鬼面・弍


**


「がっはぁ! はぁ……はぁ……はぁ、はぁ」


 窒息寸前の肺は爆発しそうなほどに伸縮され空気を吸い込む。

 全身から汗が噴き出る。

 立っていられず地面に倒れ込んで夜空を見上げた。

 冷たい感触が火照った身体にはありがたがったが、泥のように重く、このままでは地面に沈んでいってしまいそうな感覚に襲われる。


「おーう、生きてるか?」


 頭上から逆さにお面を外した凪に覗き込まれたが、返事をしようにも、声が掠れる。

 首元の冷ややかな感触は幻だったのか、恐る恐る確かめるとどうやら首は繋がっている。

 

「僕、生きてます……?」

「うんうん。なかなか骨があるじゃねぇか」


 横に眼をやると黒鬼面が転がっていてドキリとする。

 凪は陽斗の首を斬ったのではなく、面の紐を解いたようだ。


「フツーのやつだったら、意識を取られて帰ってこれねぇんだけどな」


 よしよしと小さな手が陽斗の頭を撫でる。


「おめぇさんは、モモちゃんのために自制できたんだなぁ」


 桃花の名前を聞いて、ぼんやりとした意識がようやく我に返る。

 勢い良く起き上がりたかったが、身体が言うことをきかない。


「桃花さんは、無事に戻ってこれるんですよね?」

「ああ。ヌイは剣術の方はからっきしだったけど、呪術の方では一流だからよ」


「なら、良かった」

「おいおい、ここで寝転ぶなよ。俺は運んでやれねーぞ」


「わかってますよ。ちょっと休ませてください」

「なーなー、鬼になってどうだった?」


 休ませてといいながら、見た目の通りの子供だからか一人だけ元気で質問攻めにあう。


「どうって」


 今は少し静かにしてほしいと思いながらも、律義に答える。吐き出さないと、己の内でまた再発してしまうかもと思うと不安になる。


「怖かったですよ。自分が自分じゃなくなるみたいで。それより、あのこれおかしいですよね? 念がこもっているというか」


 触れるのも怖くて視線だけ黒鬼面に向けると、凪が拾い上げる。

 顔に近づけて身につけたらと思うと身構えたが、先に言っていた通り凪には大きくて全くサイズが合っていなかった。


「へへっ、バレた?」

「?」

 ――ヘヘッ。名演技ダッタロ。

「!?」


「俺がそんな素人にあぶねーもん渡すわけねーだろ。言ったろ、俺がちゃんと育てて自我を芽生えさせたんだ。いわば俺の分身だな♪」


 ――ナー♪


 開いた口が塞がらないとはこの事か。

 なんとく凪の気配を感じるとは思っていたが、まさか分身(?)だったとは。


**



 ――前ノ奴ハチョット脅シタラ、ビビッテ逃ゲテイキヤガッテヨォ。


「ホントに。最近の若い奴は根性なくてはいかんわー」

「いやいや、結構、精神持って行かれたんですけど」


「そりゃまぁ、少なくとも黒ちゃんの誘惑に負ける様じゃこの仕事は務まらんしなぁ」

「いつも、こんなことをしてるんですか?」


 人から生まれる鬼を斬る。

 今もまだ手に感触が残っている。人の感情を絶つ、そんな責任感を負いながらも、また味わいたい高揚感に見舞わされるのだ。


「あー、まーな。まぁこの辺の地域は平和だしそうそう厄介ごとはねーんだわ。基本的に火種になる前に処理してるからよー」


 チラッ。と黒鬼面越しに凪と眼が合う。


「でっもぉ、僕一人じゃあ、力不足なんだよねぇー。今日みたいに追っ払うことしかできないしぃ。そーゆー時は臨時で屈強な追儺師を派遣してもらうんだけどぉ、それってぇ、不甲斐ない僕の立場が弱くなるじゃない?」


 チラッ、チラッ。


「陽斗オニいちゃんがぁ、僕のお手伝いしてくれたらとぉーーーても助かるんだよねぇー」


 否、と言わせない雰囲気で、凪&黒鬼面と眼が合う。

 もともと桃花を助けてもらうためなら何でもする、と要件をのんだのだ。

 ようやく体力が戻ってきた。起き上がり、胡坐あぐらをかく。


「――はぁ、わかりました。僕でよければその手伝いをさせてください」


 その途端、にやぁとが口元をつり上げた。

 嫌な予感しかない。


「よっしゃ、これで借金の問題は片が付くな!」

 ――ヒュウウ! 俺ノメンテナンスモ、カスタマイズシマクリィ!


「…………」


 請け負ってしまった手前、陽斗はもう前言撤回出来る雰囲気ではなくなってしまっている。


「ほらよ、今日から相棒になるんだから、仲良くやんな」


 フリスビーのごとく気軽に渡されて、まじまじと黒鬼面を眺めると表情が生まれてくる。――気がする。


 ――オウ、ヨロシクナ、相棒!


「あ、はぁ。よろしくお願いします」


 生きているようだとは思っていたが本当に魂が宿っているとは。


「あなたのことはなんて呼べばいいですか?」


 凪が黒ちゃんと呼んでいたがそれは正式名ではないだろう。これから長い付き合いになるのなら敬意を表して知っておきたい。

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