第11話 魔鏡・参


《いったろー。戸建ての二階なんて大概鍵なんて閉めてねーんだよ》


《桃花をどこにやった!》


《イってえっ! なんでいきなり腹痛いんだ?》


《こらこら。いきなり暴力はいかんよー。こうじっくりと怖さを教え込まないと、さ!》

 

 ガシャン、という何かがぶつかる音。


《ちょっ、なんで揺れてもないのに物が落ちるんだよ》


《まったく。いい歳して自立してない子供部屋おじさんだなー。物がごちゃごちゃだわ、せめーわ。ちゃんと家に金入れてんのか? 趣味に金を使うのはいいけど、欲望のために他人を巻き込むなよな》


《なんなんだよ。さっきから。! はっ、まさかこの鏡呪われてるのか!? だから変な怪奇現象……》


《そうだよーん。人の心に棲む鬼を斬るのが追儺師ついなしの仕事なのさン》


《うがっ! 痛てー、痛てーよ。身体、なんでか知らねぇけど痛てー》


《おいおい、ぎゃあぎゃあうるせーな。ほらハルボー、斬るんだったらちゃんと狙いをつけないと苦しむだけだぞ》


《こんなクズに情けをかけるのか?》


《かけねーよ。ゴミは綺麗に片づけないとまた湧いてくる。おめぇさんの初仕事だ。華々しく飾りたいだろ? 気合入れな。斬るのは首を真一文字だぜ》


《――誅伐ちゅうばついたす》


 ドン、と重い音が耳に届いた。

 それから怖いくらいに静かになる。


 いったいどうしたのだろう。

 おそるおそるの向こうを盗み見るが、布団に張りついてしまっているので何も見えない。


《ふーんなるほどね。この双眼鏡で覗いてたってわけね。ここから月白神社は丸見えじゃねぇか。じゃー毎日通い続けてたモモちゃんは、眼ぇつけられたのかもな》


《見た目も中身も気持ち悪い野郎だな。で、この鏡はどうすればいい? 桃花はいるのか?》


《魔鏡ね。本来は交渉用の呪具だったわけよ。呪う相手先の奥方や娘に送り付けるわけだわ。化粧するときに眼を合わせるだろ? そうすりゃ、勝手に魂が抜かれて意識不明になる。呪いを解きたければ条件を聞けとかね》


《呪いの道具なんて簡単に手に入るのか?》


《今時、呪いの藁人形なんてはした金で売ってるご時世だぜ。中古サイトだってパチモンで溢れてるだろうが。たまたまこいつは当たりを引いたってだけの話だ》


 不意に周囲が明るくなる。


「うわっ」


 覗き込んできたのは狐と鬼だ。

 一瞬驚いたが、落ち着いて観察すれば、白い狐面の方は小柄な体系で子供のように見える。

 一方、強面こわもての角と牙が立派な黒い鬼の面は白シャツ姿だ。

 怖いと思いながらもつい見惚れてしまうほどの魅力がそこにはあった。


**


《やっほー、モモちゃん。生きてる?》


《桃花っ! 無事なら返事しろっ!》


「え、えっと誰?」


 どうして名前を知っているのか。お面のせいでくぐもった声は聞き取りづらい。

 とりあえず、小太りの男よりかは信用できるのだろうか。


《あー魔鏡は本来、光に反射させて使用するんだ。凹と凸の仕組みで中の文様が映るんだよ。まあこれは、中身の確認だね》


 眼の前で狐火のような青白い光が灯り、ごちゃごちゃしている部屋に貼られているポスターをはぎ取り、ある程度のスペースを確保する。


 平たい壁にボンヤリとした人影が映った。

 桃花がおそるおそる動くと影も動く。

 

 確信するために、自分はここに居るぞ、と意志表明として腕を大きく振り、聞こえているか分からない外の世界の住人に呼びかける。


「あのー、私の声聞こえてますかー」


 桃花の声に狐と鬼が顔を見合わせる仕草をする。


《桃――》


 鬼が何か言いかけたが、すかさず狐が耳打ちする。

 

《えー聴こえなーい》


《――確かに。本当の桃花だったらここで、腕を伸ばしてウサギみたいにぴょんぴょん跳ねるはずだ》


「はあああ?」


 無表情の面のはずなのに明らかにニヤニヤと口角が上がっているように見える。


 一瞬でも、――ほんの一瞬でも鬼の方が陽斗かと思って助けに来てくれたのかも、なんて淡い期待をしてしまった。

 だが、そもそも陽斗はこんな荒々しい口調ではない。

 これはきっと、あまりにもリアルな夢だ。

 夢なら夢で、さっさと覚めて欲しい。


 しばらくどうしようか悩んだが、


「お願いです。助けてください」


 背に腹は代えられない。

 壁に映る影だけなら真っ赤になっている顔などわからないだろう。

 腕をあげウサギの耳っぽく伸ばして、飛び跳ねる。

 なにをやっているのだろうと我に返ると、


「恥ずかしいぃぃ」


 思わずしゃがみこんで顔をおおう。


 遠くでくすくすと笑い声が聞こえる。

 どう考えてもわざとなのだと察すると、腹がたつ。


「あの、助けてください! 私ちゃんと元に戻りたいんです!」


《ああ、もちろんだ。モモちゃん、今まで怖かったろう。よく頑張ったな》


《桃花、悪かったな》


(なんで?)


 疑問に思う前に視界が揺れる。

 そして二人は誰なのだろう、と。


《ツキネ、ヌイの所に持って行け》


《承知いたしましたー》


 また他の声にドキリとするが、一気に視界が映り変わる。

 瞬く星と三日月が桃花の鏡の世界を映し出し、宇宙空間の中に投げ出された。

 だが不思議と恐怖は覚えず、安堵の波に揺蕩たゆたうと、今までの緊張の糸が切れたのか桃花は数度の瞬きをしているうちに、目蓋が開くことなく深い眠りに落ちたのだった。



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