勇者の剣

鯛焼きいかが

第1話 これがボクの戦い方

 勇者パーティーは怒涛の勢いで進撃し、勇者ラル、戦士ロラン、将軍リナルド、シスターのオリヴィアのたった四人で、魔王直属の四天王の一人ディアボロスを追いつめていた。


「くっ……まさか、我々魔族に対抗できる力を持つ者がいようとはな」


 人間の攻撃では決して死なない魔王軍にとって、魔物を倒すことができる者――勇者の存在は致命的な誤算であった。その一撃を食らったディアボロスの鎧は砕け、露出した皮膚には大きな傷が残っている。


「……だが民より選ばれし戦士どもよ、貴様らは間違っている。そんなやり方で世界の平和を取り戻そうとは思うまいな? たとえ魔王を倒したとて、民は理解せんぞ」


 ディアボロスが勇者たちと言葉を交わしたのは、彼らの力を認めたのではなく、その異様な戦いぶりを、脳が受け入れる時間がほしかったからだ。

 答えたのは、オリヴィアだった。


「魔の者のささやきになど、耳を貸すつもりはありません」

「いや少し話を……」

「問答無用ッ! 勇者スマッシュ!」

「ぐおおっ!?」


 オリヴィアの攻撃をもろに食らって、ディアボロスは光とともにぶっ飛ばされた。

 そう、彼女が棍棒のように振るった、勇者ラルがクリーンヒットして。


「これこそ勇者さまの力!」

「戦い方に疑問を持てと言っているのだ!」


 オリヴィアは武器――恐らく自分より体重が軽いであろう華奢な勇者ラル――をすっと地面に投げ出す。「ぐえ」とカエルの潰れたような声がした。

 ディアボロスは戦慄した。それは今まで感じたことのない死の恐怖からではなく、勇者のとんでもない扱いに対してだ。


「確かに我々のような魔物は、勇者からのダメージ以外では決して死なない……だが、これはそのような勇者の使い方を想定した仕様ではない」

「こちらの策が一枚上手だったというわけね」

「紙一重とかそういうレベルじゃない馬鹿だな……今貴様がぞんざいにほうった勇者の姿を見ろ。いたたまれないレベルでボロボロではないか」


 確かに、勇者ラルは全身が打撲だらけで見るに堪えない。


「癒しの光」


 オリヴィアの魔法によって、勇者の体力は全回復した。


「ボロボロなら、回復すれば良いだけのこと」

「勇者に剣を持たせるとか、常識的な戦い方を考えろ鬼畜ども! 絵面えづらが酷すぎるだろうがッ!」

「常識を超えなければ、魔王を倒す道は……うっ」


 なぜかうずくまるオリヴィア。これは好機とディアボロスが巨大な腕を振り上げる。


「ちっ、世話が焼ける……」


 間に飛び込んだロランが、勇者ラルを盾のようにして攻撃を防いだ。ディアボロスは勇者の悲痛な顔つきに、攻撃を繰り出したのが申し訳なくなって、すぐに腕を引っ込めてしまう。

 ロランはその隙を見逃さず、勇者ラルを大剣のように持ち替えて、ディアボロスの腹に叩き込んだ。強烈な光で、ディアボロスの下半身は消し飛んだ。


「く……クク」


 致命傷を与えたかと思われたが、ディアボロスはしぶとく生き残っていた。不気味に笑うと、生々しい音とともに姿が変貌していく。千切れた下半身から龍のような尻尾が生え、背中から現れた巨大な翼が勇者たちを覆った。


「……もういい、認めよう。このディアボロスを最終形態まで追い込んだ以上、勇者にはそういった使い方があることを認める。だが勇者よ、貴様はこの戦い方に納得しているのか? 味方にボロ雑巾のようにされて、おかしいと思わないのか?」

「それでみんなが守れるなら、ボクは……耐えてみせる……ッ!」


 もはや自分で立つことすらままならないであろう勇者の目は、パーティーの誰よりも輝いていた。それは決意の表れとか高尚な理由ではなく、単に痛くて涙ぐんでいるからだ。

 ディアボロス、ドン引きである。


「フン、こんなアホらしい戦い、我が武勇伝の汚点にしかなるまい。貴様らの珍妙極まる戦い方は、歴史ごと永遠に葬られるがいい」


 空が血のように赤い雲で覆われ、巨大な魔法陣が浮かび上がった。空中へと逃げたディアボロスが呪文を唱えると、魔法陣は邪悪に輝き始める。


「……アレが、一夜にして街を跡形なく消し去ったという巨大魔法!? 相手は空の上にいやがるし、いったいどうしたら……」

「私にお任せを!」


 手を挙げたのは、密かに戦線を離脱していたリナルドだった。自信に満ちた表情のすぐ隣には、部下の兵士たちに用意させた、立派な大砲が鎮座している。

 その名も『勇者砲』。文字通り、勇者を発射するために特注された大砲である。


「これで撃墜してみせましょう! さあ勇者どの、こちらへ!」

「ちょ……ちょちょちょちょっと、ちょっと待ってくださいっ!」


 これまでも散々な目に遭ってきた勇者ラルも、さすがに青い顔をする。


「ふつうに木っ端微塵になっちゃいますよ!」

「大丈夫です。歴史的に勇者の身体は常人より丈夫にできている可能性があるという研究があったようななかったような」

「百歩譲ってそうだとして、あんなに高いところ! 百メートルはある! そんな高さから地面に叩きつけられたら……」

「ははは、百メートルあるように見えるのは勇者どのの錯覚、目測するに七十五メートルほどですから、問題ないでしょう」

「そういう問題じゃなーいっ! もっと安全な策を提案してくださいッ!」


 その頃、空の様子を注視していたロラン。


「オイ、どうするにしたって、もうほとんど時間はなさそうだぞ」

「いかん、早く勇者どのを砲筒へ!」


 リナルドは強引に勇者ラルを詰め込もうとするが、腕をつっかえさせて抵抗し、なかなか入ろうとしない。


「やだやだボクまだ死にたくない!」

「このままでは全員死ぬのです!」

「そっちをすぐ諦めないでよ! 逃げればまだ助か」

「勇者さま」


 リナルドも勇者ラルも、不意に聞こえた声に動きを止めた。

 うずくまっていたはずのオリヴィアが、いつの間にか大砲のそばまで来ていた。彼女は優しく勇者ラルの頬に触れた。


「今は勇者さまだけが頼りなのです」

「何と言ったって、ボクは絶対に……!」

「私は、好きですよ」

「え……?」

「私たちのために命がけで戦ってくれる、勇者さまが好きです」

「……」


 勇者ラルは顔を赤くしてロランの方を見た。ロランはニヒルに親指を立てていた。

 観念して砲筒に潜った。


「……もし、この戦いが終わってもボクが生きていたら……」

「ではいってらっしゃいませ勇者さま」

「えちょっと待」


 爆発と同時に極超音速で発射されてしまった勇者ラルは、神々しい蒼翠あおみどりの光に包まれながら真っ直ぐディアボロスへと飛んでいく。大地に残った三人は、激突の瞬間に花火のように広がった光が、分厚い暗雲を切り裂いていくのを見た。魔法陣は力を失い、散り散りになった雲はやがて完全に消えた。

 世界に澄みきった青空が広がった。

 なお勇者ラルは戦闘不能にこそなったが、オリヴィアの魔法で回復して、すぐに元通りである。

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